Ⅱ 目覚めよ、光の勇者!

第9話「日本最大の歴史ミステリー、その真実とは!?」


 3人で並んで登校するのにも慣れてきた。

 徒歩とバスで約30分。

 今はバス停から学校に向かって歩いているところだ。


 最初は目立つから別々に登校していたが、俺はある日気づいた。

 ラフィーと一緒に歩いていると、不運が起こらないということに……!

 これが、『大聖女』の力かぁ……。


 というわけで。

 背に腹は変えられないので、今はこうして3人で並んで歩くことを甘んじて受け入れている。




 ラフィーは今朝のことをまだ怒っている。

 仕方がないので、言われた通りに校内のスタボでカフェラテを買ってやった。

 おなじみの緑のエプロンをつけたお姉さんの『ありがとうございます』の笑顔が、疲れた俺の目には眩しかった。


「本当に信じられない!」


 だから、俺は悪くないよな!?

 詫びのカフェラテも買ったんだから、もうほじくりかえさないでほしい。


「まあまあ。ラフィーさんも明智の裸を見たんだから、おあいこですよ」


 そうか?


「女の私が、裸を見られたのよ!」


「おまっ! 声を抑えろよ!」


 ラフィーの爆弾発言に、周囲が反応する。

 男子はチラチラ、女子はヒソヒソだ。


「事実じゃない」


「事故だろ!」


「でも、見たでしょ!?」


「み……! た、けど……!」


「じゃあ、私が被害者よ」


「俺は殴られて気絶したんだぞ?」


「その後、ちゃんと【回復ヒール】してあげたでしょ?」


「そうだけど」


「やっぱり、私が被害者よ」


「……納得できん」


 正直、好きでもなんでもない女子の裸を見てもな。


「ふんっ。お詫びに、今日の夕飯はギョーザにしてちょうだい!」

 

 詫びなら既にカフェラテを買ったが。

 それを言うと、さらに何か言われそうなので、グッと堪えた。

 ラフィーは、どうやらギョーザが気に入ったらしい。

 まあ、それくらいなら。


「わかった。今日はバイトないし、帰りに買い物行くか」


「バイトないの?」


「ああ」


 週に2日は休みがある。

 そうでもないと、流石に身が持たなかったのだ。

 先週までの俺は。


「じゃあ、今日は部活動・・・できるわね」


 そんなのもあったな。

 『郷土歴史研究部』

 何をするのかさっぱりだが、ラフィーのことだから『魔王』関係の何かがあるんだろう。 


「バイトなんかやめちゃいなさいよ。お金なら、私がなんとかするわよ」


「……それはいい。大学は自分の金で行きたいんだ」


 高校までは、学費も生活費も遠い親戚が出してくれている。

 大学の費用も出すと言ってくれたけど、それは違うと思ってる。

 勉強したいと思ってるのは、俺の我儘だからな。


「そう。ま、私は別に構わないけど」


「……ラフィーさん。忙しそうで心配、って素直に言えばいいじゃないですか」


「はぁ!?」


 リアンの小さな呟きに、ラフィーの顔が歪んだ。

 すごい顔。

 性悪丸出しだ。


「心配なんかしてないわよ! 私が心配してるのは、こいつがバイトだなんだで魔王退治に身が入らないことなんだからね!」


 ラフィーはプンプンと肩を怒らせながら、先に行ってしまった。

 後に残ったのは俺とリアン。

 思わず二人で吹き出してから、慌ててラフィーを追いかけた。

 一人にすると、それはそれで面倒なのだ。





「明智くん!」


 もうすぐ教室、ということろで声をかけてきたのは俺の幼馴染でクラスメイト。


 井野口いのぐち千佳子ちかこ


 テニス部の朝練を終えたばかりなんだな。

 額に汗を浮かべながら、こちらに走り寄ってくる。


「おはよう!」


「おう」


「数学の小テスト、勉強してきた?」


「うん。井野口は?」


「ちょっと心配なんだ」


「……ちょうどいいや。俺も心配だから、ホームルーム始まるまで勉強しようぜ」


「いいの?」


「うん」


「ありがとう!」


 言ってから、井野口は慌てて教室に駆けて行った。

 テニスラケットとスポーツバッグを、急いでロッカーに片付けるのだろう。

 そんなに慌てなくてもいいのに。

 

 かわいいな。


 うん。それはそれとして……。


「……頼む。その顔やめてくれ」


 ニンマリ。

 ラフィーとリアンの顔は、そういう擬音がぴったりの顔だ。


「二人で勉強しようぜ」


「俺が手取り足取り腰取り教えてやるぜ」


「言ってねえ!!」


「わかりやすいわね、あんた」


「うるさい」


「別に巨乳好きってわけじゃなかったんだな、お前」


「ノーコメントだ」


「好きなの?」


「……」


「嫌いなの?」


「ノーコメントだ!」


 ニマニマ笑う二人を置き去りに、俺もさっさと教室に入ったのだった。

 




 ──放課後、郷土歴史研究部の部室。


「この一週間でわかったことは、『魔王』は位置を変え続けてるってことだ」


 リアンが地図を指さした。

 岐阜市の観光マップだ。駅でもらえるやつ。


「最初は、この辺だったと思う」


 岐阜城。

 言わずと知れた、織田おだ信長のぶながゆかりの城だ。

 そのふもとには、最近になって居館きょかん跡の石垣が発見されている。


「その次は、ここ」


 崇福寺そうふくじ

 織田信長が菩提所ぼだいじょとして保護した寺。

 信長の死後、側室がこの寺に遺品を埋葬まいそうしたとされている。信長親子の墓があることで有名だ。

 ちなみに、『織田信長の墓』は日本全国に30ヶ所もある。そのうちの一つだ。


「ここでも気配を感じた」


 円徳時えんとくじ

 織田信長が、かの有名な楽市・楽座令の制札せいさつを立てた場所。

 今でもその制札が残されている。


「なあなあ。ちょっと確認したいんだけど」


 だって、おかしいよ。


「なんで、織田信長のゆかりの地ばっかりなんだよ」


 『魔王』と何の関係があるんだよ。


「だって、『魔王』って織田信長のことだし?」


「はぁ!?」


 初耳なんだけど!


「織田信長は、自分のことを『第六天魔王だいろくてんまおう』って名乗ってたでしょ?」


「あれって、売り言葉に買い言葉の冗談だったって話だけど!?」


「うん。でも、あれが『魔王』だったのは事実よ。正確には、織田信長に『魔王』が憑依ひょういしたのよね」


「なんで?」


「この世界をわざわいで満たすため。そうやって『バランス』を壊そうとしたの」


「『魔王』も『神』と同じで実体はない。そのままだと世界に干渉できないから、人間に取りいたんだ」


「強い野望と欲望を持っていた信長は、『魔王』と同化してしまった」


「なるほど?」


「で、それに気づいた『明智あけち光秀みつひで』が、これを封印したわけ」


 えー。俺、日本史最大のミステリーの真実知っちゃった感じ?


「あれ? じゃあ、もしかして俺が狙われてるのって……」


「あんたが『明智光秀』の子孫だからよ」


「いやいやいやいやいやいやいやいや!」


 そんな馬鹿な!


「俺んちは、そんな大層な家じゃないよ! 明智なんて苗字、珍しくないだろ!」


「家とか関係ないわよ。明智光秀って500年近く前の人でしょ? その子孫がどこにいるかなんて、全部を辿ることなんかできないわよ」


「そりゃ、そうだけど」


「実際、あんたはアイツに狙われてる。これが現実よ」


「いやいやいやいや」


「この一週間のこと、忘れちゃったの?」


「うっ……」


 それを言われると、返す言葉がない。

 俺は狙われている。

 それは、事実だ。


「多分だけど、あんたは『聖女』の血も引いているわね」


「え?」


「明智光秀のそばには『聖女』がいたのよ。スキルを付与したってだけの関係じゃなかったのね」


 それは、つまり……。

 ラフィーがほほを染めている。うっとりという表現が正しいほどの表情だ。

 歴史の裏で、そんな世紀のラブロマンスが展開されていたとは。


「だから【付与能力グランティド・スキル】の負荷にも耐えられたのね」


「負荷?」


「普通の人間なら、スキルを付与された時に生じる負荷で死んじゃうもん」



 ……。


 …………。



「はぁ!?!?!?!?!?」


「あれ、言ってなかったっけ?」


「聞いてない!」


「俺、お前に殺されるところだったってことか!?」


「人聞き悪いわね。たぶん大丈夫だと思ったからやったのよ」


「なんだよ、たぶんって!」


「まあまあ、落ち着けって」


 リアンが俺の肩を叩いた。

 可哀想なものを見る目で俺を見ている。


「諦めろ。こういう人だ」


 リアンの目が死んでいる。

 ……散々やられてきたんだな。この性悪聖女に。


 当の本人は椅子に座って組んだ足をプラプラさせながら、爪の手入れなんぞを始めやがった。

 腹立つなあ。


「……じゃあ、俺が『幸運:27』でも死ななかったのは、明智光秀と聖女の子孫だから?」


「それは、また別だと思う。明智光秀も聖女も『幸運』を使って『魔王』を倒したのよ? あんたに加護を与えているものは、『幸運』に依存していない何か。全然違うものだわ」


「はあ」


 複雑すぎて、頭がパンクしそうだ。


「さ。無駄口はこのくらいにしましょ。対策を練らないと」


「対策?」


「そろそろ、『土塊つちくれ』では私たちに対抗できないって学習したでしょ。……他の方法で攻撃してくるわよ」


「他の方法?」


「たとえば?」


 俺とリアンの問いかけに、ラフィーがニヤリと笑った。


「私なら……。人間を使うわね」


「人間?」





 ──コンコンコン。




 ノック音。

 その瞬間、リアンの髪が逆立った。

 文字通り、ブワリと逆立ったのだ。

 真っ赤な瞳が、部室のドアを睨み付ける。


「来た」


 一週間の訓練と襲撃を経て、俺にも何となくわかるようになった。

 あの気配。


 それと同じだけど違う、もっと禍々しいモノ。

 それが今、このドアの向こうにいる──!

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