第28話「四天王登場!これってかなりピンチじゃない!?」


 ──ふわり。


 甘い匂いが漂ってきて、とっさに鼻を塞いだ。


「【MODモッド】『リアン/ステータス/嗅覚/Lv0』」


 急いで嗅覚を遮断しゃだんする。


「ラフィーさん!」


 声をかけたが間に合わなかった。

 ラフィーさんの体が倒れるのを、すんでのところで受け止めた。


「ラフィーさん! ラフィーさん!」


 呼びかけるが、うんともすんとも反応がない。

 だけど、呼吸も表情も穏やかで。


「眠ってる?」


 しかも、笑っているように見える。

 良い夢でも見ているよう。


「何が起こってるんだ?」


 周囲を見回すと、ラフィーさんと同じようにバタバタと人が倒れていく。


 ──ガシャーン!


 走っていたバスが、バス停に突っ込んで止まった。

 だというのに、中の人も周囲の人も誰も反応しない。


 眠ってしまったのだ。

 駅の周辺にいた人々、すべてが眠っている。


「何が起こってるんだ」


 間違いなく、これは敵のスキルだ。


「どうして、こんな……!」


 週末の駅前。

 北口周辺には飲み屋街もあって、この時間は人で溢れている。

 こんな風に多くの人を巻き込むようにして仕掛けられたのは初めてだ。


<んふふふふ。だってぇ、今までは準備がととのってなかったからぁ>


 あの『傀儡』の声!


「準備?」


<儀式の準備よぉ>


「儀式?」


<わかってるでしょ? ……今夜、『あの方』がお目覚めになるのよ!>


 『傀儡』の気配が、一際ひときわ強くなった。

 

(考えろ!)


 このままでは、ここに眠っている人々を巻き込むことになる。

 おそらく、彼らの『幸運』をにえに『魔王』を復活させるつもりだ。


(なら、どうして僕たちがいる時に……?)


 むしろ僕たちは邪魔者だ。

 多くの人間をにえにする儀式なら、僕たちがいない場でやるべき。


<んふふふふふ。考えてるわね。でもでもぉ、それって無駄なのよねぇ!>


 ネットリとした声が、体にまとわりつくようだ。


<さあ、いらっしゃい!>


 ──ゾクッ!


 強い魔力の気配に、背中に冷たいものが走った。

 近づいてくる3つの気配。


(『傀儡くぐつ』だ!)


 甘い匂いを漂わせる壮年の女性──甘味屋で行列に頭を下げていた女性。

 陽気な性格が滲み出る中年の男性──若い二人を揶揄からかっていた映画館の常連客。

 メガネが理知的な印象の若い男性──親切な図書館の司書。


 全てのヒトが眠り込んでしまったこの場所で、たった3人だけが軽やかな足取りで歩いている。なんという、異様な光景。


(この匂いは、やっぱり『傀儡くぐつ』のスキルか!)


 『傀儡甘味屋の女性』から、同じ匂いがする。


<うふふ。そちらのお嬢さんは、私の夢に夢中みたいね>


 夢か。

 匂いで夢に誘い、さらに幸せな夢で縛りつけて対象の睡眠状態を維持するスキルってところだな。


<でもおかしいわね。どうしてあなたは眠っていないのかしら?>


「匂いが原因だと分かっていれば、なんとでも対応できる」


<あなたのスキルね。すごいわね! えらいのね!>


 はしゃいでいる女性は無視だ。

 これだけの人数をスキルで眠らせているってことは、それ以上は何もできないはず。



<……わたしが、なにもできないって思ってるでしょ?>



 まばたきをした、一瞬の出来事だった。

 僕の目の前に『傀儡甘味屋の女性』の顔。


「くっ」


 ラフィーさんを抱えて距離をとる。

 間髪入れずに、『傀儡図書館の司書』が巨大な爪を振り上げながらこちらに迫る。


「『炎帝の剣エウリリス』!」


 ──ガキンッ!


 爪を受けると、『傀儡図書館の司書』が舌打ちした。


<なんという野蛮な。もっと文学的に戦えないものか>


(爪で斬りかかっておいて、文学的もなにもないだろうが!)


 間髪かんぱつ入れずに、『傀儡甘味屋の女性』がラフィーさんに腕を伸ばす。


 ──ザシュッ!


 『傀儡甘味屋の女性』の腕を斬って距離をとった。


(やっぱり、狙いはラフィーさん!)


 儀式の正体はわからないが、そのにえにラフィーさんも必要なんだ。

 だから、僕らが居合わせたこのタイミングで事を起こした。


(ラフィーさんを守りながら、明智の到着を待つか……)


 どこにいるのかは分からないが、異変には気づいているはず。

 ただし、ラフィーさんと同様に夢を見ている可能性もある。


(待ってられない。このままだと『魔王』の復活を防げない)


 まずは、この3体を片付けなければ。

 ラフィーさんの身体をぎゅっと抱きしめる。

 同じてつは踏まない。


(絶対に、手を離さない!)


 近距離では戦えない。

 だったら。


「焼き尽くしてやる」


 周囲には眠ったままのヒトが溢れているが、問題ない。

 『炎帝の剣エウリリス』の蒼い炎は、悪意・・だけを焼くスキルだ。



「【蒼炎煌々ミゼリット・ウォレイヴ】」



 蒼い炎がほとばしる。


 だが。


あるじ……>


「わかってる」


 一人も燃えていない。


「避けたのか?」


 違う。

 何か、幕のようなものが炎をさえぎったんだ。


<【映写幕スクリーン】だよ>


 『傀儡映画館の常連客』のスキルだ。

 彼の前に展開された四角い幕。


<映画館のスクリーンは消防法により、防炎加工ぼうえんかこうされたものを使用することが義務付けられている。知らなかったのか?>


 あの幕は、炎を防ぐのに特化してるってことだ。

 蒼い炎にも有効らしい。


(あれを破るのは難儀なんぎだな)


<それじゃ、次は僕の番だね>


 一歩進み出たのは『傀儡図書館の司書』。


<文学的に死ね!>


 その指がクイと動くと、どこからともなく何かが飛んできた。


 ──バサバサバサバサッ!


(紙!?)


 あちこちから飛来した紙が、鋭い刃になって俺たちに向かって飛んでくる。


 ──シュパパパ!


 捌けなくはないが、数が多い。

 なら。


「【燃焼エルサフィ】!」


 【燃焼エルサフィ】は斬りつけたものを燃やすスキル。

 相手が紙なら、これで連鎖的に燃えるはず。


 ──ボゥ! ボゥ!


 狙い通り、紙が次へ次へと燃え移っていく。


<『焚書ふんしょ』に手を染めたな!!>


 飛来していた紙が、【燃焼エルサフィ】の炎を飲み込むように黒く燃え上がっていく。

 すぐに全ての炎が真っ黒に染まった。


反撃カウンターか!」


 ──ゴォォォォォ!


 燃え上がった黒い炎が塊になって襲ってくる。

 それを避けると、そこには『傀儡甘味屋の女性』。


「くそっ!」


 その腕をすり抜けて、なんとか距離をとる。


弱点ラフィーさんの無力化に、炎に特化した防御、炎で発動する反撃 カウンター……。対処されている)


 スキルには、特定の攻撃を受けた時に反撃カウンターを発動するものがある。

 『傀儡図書館の司書』のスキルは『焚書ふんしょ』、つまり本を燃やすことで反撃カウンターを発動させるらしい。




<んんふふふふふ。その三人をめちゃダメよぉ?>


 ネットリとした声。

 次いで、その女がついに姿を現した。


<いらっしゃいませぇ>


 見慣れた緑のエプロンの若い女性。


「学校の、カフェの?」


 ラフィーさんが理事長に誘致ゆうちさせた校内のスタボ。

 その店員だ。


<『悪魔の子』は強敵だからぁ>


 いつもなら爽やかだと感じるその笑顔が、いっそ不気味で。


<私たち四天王がお相手させていただくわぁ>


 これまで相手にしてきた『傀儡くぐつ』とは桁違いに強い魔力を感じる。


(この4体は、強い……!)



<さぁて。それじゃあ、頑張ってちょうだいね>


 『傀儡スタボの店員』が一歩踏み出そうとしたその時。

 今度は、空から何かが降ってきた・・・・・


 ──ドォン!


 その何かが着地した衝撃で割れたコンクリートと砂埃が舞う。


「今度はなんだ!?」


 砂埃が晴れると、そこにいたのは……。


「明智! 遅い!」


 見慣れた顔が、振り返る。



「……」



 ──ゾクリ。


 その瞳を見た瞬間、全身の皮膚が粟立あわだった。


(これは、明智じゃない!)


「……お前、誰だ」




 ──ニタリ。



 見慣れた顔が、不気味に歪んだ──。

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