第27話「甘い匂いと甘い夢」


 敵の狙いはわからない。

 だけど、私たち三人は離れ離れになっちゃいけない。


「だから、仕方がなしに後をつけてたって言うのに!」


「ラフィーさんの気遣いを無碍むげにするとは!」


「あの浮かれポンチ!」


 この1週間、お付き合いを始めたばかりの二人ができるだけ一緒に過ごす時間が確保できるように、最大限の気遣いをしてきた。

 魔王退治に巻き込んだ挙句、普通の高校生としてのウキウキを取り上げるのは気が引けたから。


(それを、こんなまだし討ちみたいな手で逃げるだなんて!)


 ……私たちがきちんと事情を説明しないのも悪いんだけど。


(あの二人の動向が気になるから後をつけていた、ってわけじゃないんだからね!)


 そういう側面がないこともないってこと、たぶんリアンには気づかれてるけど。

 だって、高校生がお付き合いを始めて1週間でデートなんて!

 早すぎるわ!

 さらにここで、キキキキキ、キスでもしようもんなら!


(ハレンチだわ!)


「追いかけましょう」


「そうね。……どうやって?」


「……」


「……」


 ──チリン、チリン。


 私とリアンの前を、自転車が通り過ぎて行った。

 その自転車には『レンタサイクル』の文字。


「「あれだ!」」


 市内にいくつか設置されているレンタサイクルポートで自転車を借りることができるって、そういえばユーキが言ってたわ。


「駅の方ね。急ぎましょう!」


「はい!」


 バスの向かった方向は分かるとはいえ、二人がどこで降車するのかはわからない。

 とにかく、足を使って探すしかない。

 最悪だわ。





「見つからない……」


「どこ行ったんでしょうね」


 あっちへこっちへ駆けずり回る内に、とうとう日が沈んでしまい。

 自転車は時間切れで返却。

 今は岐阜駅・北口前広場で途方に暮れている。


「どうしますか? アパートで明智の帰宅を待った方が確実な気もしますけど」


「それもありね。……結局何も起こってないから、私たちの取り越し苦労だったのかもね」


「備えておくに越したことはありませんよ」


 そう。

 何かが起こるという確信があるわけじゃない。


 だけど。


 何かが胸にひっかかるのよね。

 指先にできたささくれみたいな、ちっちゃな何か。


(嫌な予感が、消えない)


「ところでラフィーさん」


「なに?」


「この、悪趣味な像はなんなんでしょうか?」


 リアンが指差した先には、金ピカに光る像。

 マントを羽織り、右手にかぶと、左手には銃を持っている。

 台座には『織田信長おだのぶなが公』の文字。


「黄金の信長像?」


「なんか、すごいですね」


「うん。すごいね」


 かつて『魔王』だった人物が、こんな立派な像になって駅前に建立こんりゅうされているとは。

 ここに暮らす人にとっては街を発展させた偉人ということらしい。


「……信長は、どうして『魔王』なんかに取りかれてしまったのかしらね?」


「『魔王』に、その強い欲望をかぎつけられたから、ですよね?」


「そうなんだけどね。でも、信長をしたっていた人もたくさんいたのよね?」


 私たちは郷土歴史研究部。

 織田信長についても、まあまあちゃんと勉強しているのだ。


「そうでしたね。むしろ信長を討った明智側の方が少数派だった、と。」


 だから、本能寺の変の後すぐに明智光秀あけちみつひでは殺された。


「うん。なんだか、チグハグな気がして」


「確かに」


 二人して、黄金の信長像を見上げた。


 考えたところで、この人は過去の人だ。

 ただ、その『魂』の残滓ざんしだけが『魔王』に縛られている。

 そうして、現代に復活しようとしている。


「……帰りましょう」


「ですね」


「ユーキには、後でお説教ね」


「はい」


 私たちを無駄に走らせたことに、ちゃんとおきゅうを据えなければ。

 大聖女様を振り回すなんて!





 ──ふわり。


 甘い、匂い?


「ねえ、リアン。なんか……」


 おかしい、と続くはずだった言葉は、体が浮き上がるような感覚に遮られた。

 




 ──フワッ。





 次の瞬間、私はかき氷を食べていた・・・・・・・・・


「どうした? ラフィー」


「ユーキ?」


 隣には私の顔を覗き込むユーキ。


「美味しくなかった?」


「え」


「かき氷」


 指さされ先には、山盛りのかき氷。

 大きくカットされたフルーツが美味しそう。


(何が、起こってるの?)


 さっきまで、リアンと一緒に黄金の信長像の前にいたはずなのに。

 ここは、ユーキと井野口さんがデートしてた甘味屋じゃない。


(これは、敵のスキル?)


 頭ではわかってる。

 わかっているのに、私の心が震えてる。



 ──ふわり。


 甘い匂いが、鼻の奥から広がっていく。



「ううん。美味しいよ」


「よかった」


 ユーキが微笑んでいる。


「ついてるぞ」


 ユーキの指が伸びてきて、私の頬に触れた。


「ん。取れた」


 ──ペロ。


 その指が、ユーキ自身の舌で舐めとられる。


「うまいな。そっちも一口ちょうだい」


「うん」


 ガラス器をユーキの方に差し出すと、ユーキがムッとした顔を向ける。


「食べないの?」


「食べさせてくれないの?」


「え?」


「ほら、早く」


 ユーキがアーンと口を開く。

 形の良い薄い唇の向こうに、赤い舌がチラリと見えた。


「うん」


 スプーンでかき氷をすくって、その唇に……。



(ダメダメダメダメ!!)



 誘惑ゆうわくを振り切って、首を横に振った。


「どうした、ラフィー?」


 黒い瞳が、私の顔を覗き込む。

 心配そうな顔。


(でも、これは現実じゃない。現実なんかじゃない!)


「ごめん」


「ラフィー!?」


 ユーキの声を振り切って、店の外に出た。

 そこは昼間の学校・・・・・体育館の裏・・・・・だった。


「どうしたんだ、ラフィー?」


 ユーキの手には、手作りの弁当。

 私もユーキも制服を着ている。


「せっかくラフィーが作ってくれたんだから、ゆっくり食べたいんだけど」


(何が起こってるの? あの『傀儡』のスキル?)


 違う。

 あの『傀儡』のスキルは、指定した空間の中にいるモノの感覚をコントロールするスキル。

 これは、感覚コントロールどころじゃない。



 ──ふわり。


 甘い匂いがする。



「そう、だね」


「この卵焼き、美味いな」


「うん」


「俺、甘いのが好きなんだ」


「よかった……」


「ラフィー?」


「なあに?」


「なんか、元気ない?」


「そうかしら?」


「うん」


 ユーキの手が、私の頬にそえられる。


「何か、あった?」


「……なにも」


「本当に?」


「うん」


 だって、何も心配事なんかない。


 私たちは遠い親戚で。

 急に転校することになった私とリアンをユーキが心配してくれて、一緒に暮らすことになった。

 一緒に過ごすようになって、私はユーキを好きになった。

 ユーキも私のことが好きだよって。


 私たちは両思いで。

 付き合い始めて1週間で……。


 ユーキが、目をつむった。

 釣られて私も……。


(だから! ダメだってば!!!!)



 もう一度、ユーキの手を振り解いた。

 走って走って、逃げた。



(これは、私の願望だわ)



 なんてみにくい。

 心の中では、こんなことを望んでたんだ。私は。


 涙が止まらない。


(こんなの、知りたくなかった!)



「ラフィー!」


 夜の公園・・・・

 汗だくのユーキが、私の方に駆けてくる。


「疲れた〜」


「お疲れ様」


「【回復ヒール】頼むわ」


「ん」


 ユーキの頬に口付ける。


「ありがと」


 ユーキが、嬉しそうにニコリと笑った。



 ニコリと、笑った……。




(……違う)




 ユーキは【回復ヒール】をした後、そんな顔しない。

 申し訳なさそうに、眉を下げるのよ。


 頬への口づけに照れてるだけだと思ってた。

 最初の頃は、確かにそうだったんだと思う。

 だけど、慣れてきても同じ表情で。


 ある時、気づいたの。


(申し訳ないと思ってるんだわ)


 私の『幸運』を減らして【回復ヒール】してるってことが。

 それを申し訳なく思ってて、だからあんな顔をしてた。


(そんなの気にしなくていいのに)


 寝たら回復するんだから。

 それはユーキもわかってて。

 それでも、私の『幸運』が減ってしまうことに心を痛めてた。


 それが、ユーキ。


 私の、特別な人。


「あんたはユーキじゃない」


 ずっとずっと不幸な人生だった。

 だからこそ、本当の優しさを知っている人。

 それが、私の『光の勇者』なんだから。


「『傀儡くぐつ』ごときが私のユーキ好きな人を騙るだなんて、百万年早いのよ!」


 これは私の願望が見せた夢。

 現実じゃない。


胸糞むなくそ悪い夢、見せてんじゃないわよ!!)




「【涙天円環クライシス・レイ】!」




 甘い匂いが霧散むさんした。





<うーん。破られちゃったか>


 目を開けると同時に聞こえてくる。

 ネットリとした、あの声。


<でも、ちょーっと遅かったわね>


 ──じわり。


<大聖女ちゃん、もう死んじゃうしぃ?>


 私の胸に、黒い何かが突き刺さっている。

 胸が、焼けるように熱くなって。


<さよなら、大聖女ちゃん>






 私の意識は、真っ暗闇の中に落ちていった。

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