第29話「魔王の傀儡にされた俺、それはまずいって!」


 目が覚めると、そこは見慣れた場所だった。

 岐阜駅・北口前広場。

 黄金の信長像が建つ、岐阜の顔だ。


 だけど、視界が青黒いモヤみたいなものにおおわれていて。

 よく見えない。

 耳も同じだ。何かに塞がれているみたいで。

 よく聞こえない。


(どうなってるんだ?)


 意識がぼんやりしている。

 まだ、目が覚めていないんだ。


(リアン?)


 リアンが俺の方を見て、目を見開いている。


(驚いてる。なんでだ?)


 俺の右腕が持ち上がる。

 その先には。


(あれ? 『聖剣ハルバッハ』じゃない)


 黒い刃。

 両刃の剣じゃない。これは『刀』だ。


 ──ヒュンッ!


 振り上げた『刀』が、振り下ろされた。

 リアンの、その腕の中にいるラフィーに向かって。


「……めろ! 明智!」


 薄い膜の向こうで、リアンが叫んでいる。

 攻撃を避けたまま、俺から距離をとる。


(なんでだ。なんで、俺が二人に斬りかかってるんだ?)


 ──ヒュンッ! ヒュンッ!!


 『俺』の攻撃は止まらない。

 ラフィーを抱えたままで動きづらいであろうリアンに、次々と斬撃を繰り出す。

 その合間に他の『傀儡くぐつ』の攻撃も加わって、リアンを追い立てていく。


(やめろ! やめろよ!)


 どうして、こんなことに……?

 徐々に覚醒していく意識の中で、懸命に考える。


(誰かに、操られている?)


 そうだ。

 糸で吊られているような。

 そんな感覚。


 これは……。


(俺は、『傀儡くぐつ』にされたのか!?)


 きっとそうだ。

 俺の身体を、『魔王』の魔力が支配している。


(考えろ。どうすればいい!?)


 一番手っ取り早いのは、リアンの【蒼炎煌々ミゼリット・ウォレイヴ】だ。

 悪意だけを燃やす蒼い炎に焼かれれば、俺の中の『魔力』だけが消える。


(この状況じゃ無理か)


 周囲には4体の『傀儡くぐつ』、そして俺。

 計5体の『傀儡くぐつ』を、ラフィーを守りながら一人で相手にしている。

 今も無事なのが不思議なくらいだ。


(ほら、もうやばい!)


 飛来した紙の刃が、ついにリアンを捉えた。

 別の『傀儡くぐつ』の腕が、ラフィーに掴みかかる。


「離せ!」


 それを振り解いて隙ができた。

 その首を、『俺』の黒い刃が狙う。


(避けろ!)


 ──ヒュン!


 避けた。

 だけど、ギリギリだ。

 赤い血が舞う。


(考えろ、考えろ、考えろ!)


 この状況を打破する方法があるはずだ。




≪バカモンが。しっかりせんか!≫




(え?)


 誰だ。


≪『魔力』に押し負けるな! 押し返せ!!≫


 聞き慣れない声。

 だけど、敵じゃないと直感でわかる。


(押し返す?)


≪貴様は『光の勇者』であろうが! 己の内なる光で押し返せぇ!!!!≫


(内なる、光……?)


≪胸に手を当てろ。思い出せ。貴様を強くしたものが、なんだったのかを!≫



 イメージの中で心臓に手を当てる。


(俺を強くしたもの)


 いなくなった母親。

 死んでしまった父親。

 不幸だった幼少期。

 失うことに怯え続けた、俺。

 運命が引き合わせた、仲間。

 仲間を失いたくないと思った、俺。

 強くなりたいと願った、俺。


(俺を強くしたものは、『俺』だ)



≪『魔力』などに支配されても、決して消えぬ。それが己。それが強さよ!≫


(はい!)


≪よぉし! 攻撃を一点に集約せよ! やれぇ!!≫




 一点に集中して、押し返すイメージだ。


(俺の光で、『魔力』を押し返す!!)



 ──パァン!!



 その瞬間、光が弾けて俺の体も後に吹き飛んだ。

 反対に、俺の前に真っ黒のかたまりが飛び出す。


(あれが、『魔力』!)



「『聖剣ハルバッハ』!!」


<かーっ! 戻って来んかと思ったわ、あるじさん!>


「すまん!」


<ええねん、ええねん。とにかく、あいつをるんや!>


 わかっている。


(まずは、あの『魔力』を斬る!)


「『対魔攻撃』マックス!」


 ──ザシュッ!!


<ギャー!!!!>


 『聖剣ハルバッハ』を振り抜くと、黒い塊がみにくい叫びを上げながら弾け飛んだ。


 ──ガラン!


 そこには、黒い刀だけが残される。



<あらあら。予定よりも早かったわねぇ>



 ネットリとした声。

 あの『傀儡』だ。


「リアン……」


「馬鹿野郎。説教は後だ」


「すまん。状況は?」


「あの4体は四天王だと名乗ってる」


「マジか」


 ゲームとか漫画とかでよく聞く、あの四天王!?

 つまり、ボスキャラだ。


「儀式をするとか言っているが、そのためにラフィーさんが必要らしい」


「ラフィーは?」


 リアンの腕の中で微動だにしない。


「眠らされている。おばさんの方のスキルだ」


<おばさんだって! 失礼な子だね!>


 あれか。

 かき氷の店のおばさんだ。


<お仕置きが必要かぁ?>


 ニヤリと笑ったのは、中年の男性。

 映画館で見かけた人だ。


「あいつのスキルで、炎は全て防がれる」


<まったく、文学的ではありませんね>


 メガネをクイっと持ち上げたのは、確か図書館の司書。


「あいつの操る紙を燃やすと、反撃カウンターをくらう」


「完全にリアン対策じゃん」


「そうだ。僕は完全に対応されている」


「どうする?」


「僕が援護する。お前が斬れ」


「……了解」


<あらあら。できるのかしら? そこの新人勇者くんにぃ?>


 ネットリとした声。

 聞き覚えがある。

 そして、その姿は。


「学校のスタボのお姉さんじゃん」


「そうだ」


 俺たちの関わりのかる人ばかりが『傀儡くぐつ』にされている。

 これも敵の狙いなんだろう。

 俺たちの攻撃をにぶらせるための。


卑怯ひきょうだ)


<ほんま、そう思うわ。こんな策に踊らされるんやないで!>


(わかってる)



 俺が、四天王を斬る……!



<んふふふふふふふ。慌てない慌てない。これは余興よきょうよ?>


「余興?」


<魔王様復活の儀式の、その前座>


「ふざけるな! そんなことのために、こんなに大勢の人を巻き込んだのか!」


<ああ、このゴミクズたち?>


「ゴミクズ?」


<そうよぉ。『神』のバランスとやらを調整するためだけに存在する、ゴミクズ>


「やめろ」


<図星ねぇ? だってさぁ、あなたも思ってるんでしょぉ?>


 『傀儡スタボの店員』が両腕を広げた。


<『神』のてのひらの上で踊らされているだけの、私たちは下民げみんなのよぉ!>


 ──ニッコリ。


 そう。

 ニッコリと笑って。


<だからぁ、あなたたちも魔王様を受け入れましょぉ? 今と大して変わんないわよぉ>




(そんなわけないだろ)




「俺だって『神』の言うバランスってやつは気に食わない。だけど、それと『魔王』を受け入れることは別問題だ」


<あらぁ。一丁前いっちょまえに反論?>


「少なくとも『神』はヒトをゴミクズとは呼ばない。それに……」


 不幸だった俺は、仲間に出会って変わった。

 『幸運』があるとかないとかは、本当は関係ないんだ。

 自分の中に確かな『願い』と、それに向かっていく『強さ』さえあれば。


「『神』の世界には、生きる価値がある」


<ふぅん。若いくせに、しっかりしてんのねぇ?>


「苦労してるんだよ、俺は!」


<なるほどねぇ。それじゃあ、やってみなさいよぉ!>


 『傀儡スタボの店員』の台詞が終わらない内に、あの感覚に襲われた。


<【並行世界パラレルワールド】!>


 感覚を支配される空間に閉じ込められる、あのスキルだ。


 一瞬の浮遊感の後、目の前に広がるのはピンク色の世界。


「また、これか」


「悪趣味だ」


 リアンに同意。

 まったく悪趣味な世界だ。


<かわいいでしょぉ? 私、ピンクが大好きなのぉ>


 『傀儡スタボの店員』が、おもむろにそのエプロンを脱いだ。

 お馴染みの、緑色のエプロン。


<私ぃ、このエプロンが大嫌いなのぉ!!!>


 緑のエプロンが、無惨に引き裂かれる。

 その向こうに見える不気味な笑み。




<こいつ、やばい奴やん……>




 『聖剣ハルバッハ』の呟きに、俺もそっと頷いたのだった。

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