第13話「昼休み、二人きり、手作り弁当……これは!って期待した俺が馬鹿でした」


 ──ガヤガヤ。


 4限の体育後の昼休み。

 着替えを済ませて教室に戻る。女子の方が早く終わったらしく、教室はすでにザワザワガヤガヤとにぎわしい。


「ねえねえ、昨日の7時だゼット見た?」

「見た見た!」

「ゾニーズの新ユニット、気になるよね!」

「来週発表だよね?」

「推しの一生がかかってる……!」

「大げさー」

「はははは」


「斉藤、今日の飯どうする?」

「学食。でも5限の日本史の準備頼まれてるから、そっち先にやるわ」

「じゃあ、先行ってる。悪いな、クラス委員様」

「悪いと思うなら手伝えよー」

「やだよ」

「えー」


「やっば。6限、英語じゃん」

「和訳やった?」

「やってない」

「やっば」

「ノート見せて」

「えー」

「いちごオレ1本!」

「もう一声!」

「じゃあ、2本だ!」

「よろしい」

「助かるわー」


 騒がしい教室のあちこちで、いろんな会話が飛び交っている。

 俺も混じりたいところだが、あの二人を放っておくと後が怖い。


(あれ? 二人とも、いない)


「ラフィーさんなら、調子悪いからって、保健室に行ったよ?」


 首を傾げる俺に声をかけてくれたのは、幼馴染の井野口いのぐちだ。


「そっか。リアンもついて行った?」


「うん」


 そういえば、【保護プロテクト】を使ってるから『幸運』の消耗しょうもうが激しいって言ってたな。

 保健室で仮眠をとるんだろう。

 少しの睡眠でも、けっこう回復するらしいからな。



「……あのさ、ユウくん」


 う……。

 その呼び方、こないだの帰り道限定じゃなかったのか。

 俺も、呼んだ方がいいのか?


<そらあ、呼ぶべきやな>


「ち……。なに?」


 無理だー!

 俺たち二人の方を、クラスの男子がチラチラ見てる。

 この状況で、名前を呼ぶなんて……。


<ヘタレやなぁ。呼んだれや、『チカちゃん』って>


ハルバッハお前は黙っとれ!)


<ラフィーねえさんとリアンねえさんのことは、名前で呼んでるやん>


 あの二人は例外だ。

 あいつらの苗字、知らないんだもん。


<さよか>


「お昼ご飯、一緒にどうかな?」


 ……。


 マジか。

 これは、続きなんだ。

 こないだの帰り道の、その続き!


「うん」





「二人きりで食べるのは、初めてだよね」


 井野口いのぐちが俺を連れてきたのは、体育館裏。

 ここなら誰にも邪魔されないだろうって。


 ふ、二人きりで食べたかったってことだよな?

 そういうことでいいんだよな?


「そうだな」


「ふふ。嬉しい」


 日に焼けた頬が、桃色に染まる。

 目尻がふにゃりと緩んで、ちょっとだけ俺から目を逸らす。


<かわええなあ、この子! あるじさん、ええ感じやん!>


(頼むから、昼休みが終わるまで黙っててくれ!)


<えー。なんで?>


(なんでじゃねえ! 雰囲気ぶち壊すな!)


<チカちゃんには聞こえへんよ?>


(お前がチカちゃんって呼ぶなし! 俺の雰囲気ふんいきの問題だよ!)


<ふーん。ま、ええわ。ほんなら、黙って聞いとるわ>


 聞きはするんだな。

 まあ、それは仕方がない。


「ユウくん?」


 黙りこんだ(ように見えた)俺を心配したのか、井野口いのぐちが俺の顔をのぞき込む。


 近い近い近い近い!


「大丈夫?」


「だいじょうぶ、だいじょーぶ!」


「そお?」


「おう。飯食おう!」


「そうだね」


 それぞれ昼食を準備する。

 俺はコンビニで買ってきた焼きそばパンとメロンパン、そして牛乳。

 井野口いのぐちは手作り弁当だ。


「ユウくん、相変わらずだね」


「何が?」


「ちゃんとしたもの、食べてない」


 そう言って井野口いのぐちが指差したのは、俺の昼食。

 確かに、ひどいラインナップという自覚は、ある。


「弁当作るの、面倒でさ」


 時間がないわけでもないが、面倒なのだ。

 弁当を作れば弁当箱も洗わなきゃならないし。

 コンビニに寄れば買えてしまうので、ついついサボってしまう。


「炭水化物ばっかりじゃん」


 そして、ついつい自分の好きなものばかり買ってしまうのだ。


「……交換しよ」


「え?」


「私のお弁当と、交換!」


 そう言って井野口いのぐちが差し出したのは、女子にしては少々大きめの弁当箱。

 運動部だからな。


「悪いよ」


「私が焼きそばパン食べたいの」


 なんという気遣い……!

 どっかの性悪にも見習ってもらいたいところだ。


「じゃあ、交換な」


「うん!」


 井野口から受け取った弁当を開ける。

 彩り鮮やかなおかずと、桜でんぶで色づいた可愛らしいおにぎり。

 栄養バランスも味も申し分なさそうだ。


「本当にいいのか? やっぱり、井野口いのぐちのお母さんに申し訳ないよ」


「大丈夫! 私が作ったから!」


「え?」


 これ、井野口が作ったのか!?


「すごいじゃん! こんな美味うまそうな弁当!」


「えへへへ」


 井野口いのぐちは照れながらも、さっさと焼きそばパンを頬張ほおばり始めた。

 俺に交換を撤回させないためだろう。

 この、気遣いよ……!


「おいしいね、焼きそばパン」


「だろ?」


 しばらくは、無言で食べた。

 この弁当、マジで美味い。


「……あのさ、ユウくん」


 井野口いのぐちが、メロンパンの袋を開けながら言った。


「最近、ラフィーさんとリアンさんと、ずっと一緒にいるね」


「ゴホッ! ゴホッ!」


 思わずむせてしまった。


「大丈夫?」


「大丈夫」


 そこを突っ込まれると、なぜ予想しなかったんだ、俺!

 外国からの転校生と転校初日から仲良く一緒にいる俺のことを、きっとみんなが不思議がってる。当たり前だ。

 正面切って突っ込まれたのは、これががはじめて。


 ……みんな、聞きたくても聞けないんだろうな。


 男一人に女二人。

 この三人の事情なんか、俺だって怖くて聞けねえよ。


「仲良いの?」


「うん」


「一緒に住んでるって噂あるけど」


「……俺の、遠い、親戚、なんだ……」


 嘘だけど。

 いや。

 俺の先祖に『聖女』がいるんだ。

 ラフィーとも血が繋がってるかもしれないから、嘘とも言い切れない。


「そうなんだ」


「うん。女子二人で暮らすのは危ないだろ?」


「そうだね」


「それで、俺が一緒に住むことになったんだ」


「ユウくんの部屋って、1LDKじゃなかったっけ?」


「……今、新しい部屋探してるんだ」


「……そうなんだ」


「寝室は別々だし」


 やましいことなんか、何一つないんだてば!


「お風呂は?」


「え?」


「お風呂は、別々?」


 ……。


 これは、どういう意図の質問だ?

 別々に入ってるのか?

 もちろん、そうだ。

 別々のお風呂に入っているのか?

 それは、ちがう。入る風呂は同じだ。


 え。

 

 俺、今まで気なしだったけど。

 ラフィーやリアンが入った後の風呂に普通に入ってたけど。

 それって、もしかして、まずい、のか……?

 こないだのも、俺が悪いのか!?



『サイテー!』



 いや、俺は悪くないよな?




「……なんで黙るの?」


「いや。ちょっと、考えごと」


「……ラフィーさんのこと?」


 ドキッ。

 なんでわかったんだ?


「ユウくん、ラフィーさんとばっかりしゃべってるし。仲良いんだね」


 確かに。

 ラフィーとリアンだと、ラフィーの方がよくしゃべる。

 必然的に、俺はラフィーとよく話す。

 家でも学校でも訓練中でも。


 そうか。

 俺はラフィーと仲良し、っていう風に見えてるんだな。




『……あんたは、私にとっての「特別」なのよ』



 

 ……違う違う!

 あれは、そういう意味じゃない!

 断じて違う!



「ラフィーは友達っていうか、仲間っていうか。仲はいいけど、それだけだ」


「それだけ?」


「うん」


「そっか」


 井野口いのぐちが、安心したように笑った。

 これは、つまり、そういうことなんだよな?


(俺の自惚じゃないよな?)


 ……。


 なんで肝心な時に返事しないんだよ、聖剣ハルバッハさんよお!


<……>


 こいつ、ヘソ曲げてやがるな。

 音声ガイドのくせに……!


「ユウくんはさ、好きな人、いる?」


 井野口いのぐちが、上目遣いでそっと俺の方を見ている。

 相変わらず、頬が赤い。

 たぶん、俺もだ。

 俺の情けない顔も、井野口いのぐちには丸見えだろう。



 たぶん、そういうことなんだと思う。

 だけど、俺はそれに応えてもいいのか……?


 俺は不幸だ。

 俺の不幸に巻き込んでしまう。

 俺は、大切な人なんか作っちゃいけない。


 いけないんだ。


 だけど……。

 この気持ちに、俺はどうやって抗えばいいんだ!


 

「……いる」


「それって……」




「ユーキーーー!!!!!!!!!!」




 甘い空気を断ち切ったのは、あの女の声だった。

 デッカい声だな。

 

 しかし、なんで、このタイミング……!!

 恨むぞ!


 だけど、これは尋常じんじょうじゃない。


「今の声、ラフィーさん?」


「たぶん」


「ユウくんを探してるのかな?」


「何かあったんだ」


 慌てて、弁当の残りをかき込んだ。


「美味かった。ありがとう」


「うん」


「悪い」


「また一緒に食べようね!」


「おう」


 続きは次の機会に、だ。

 俺はあわただしく駆け出した。





 ラフィーとリアンとは、すぐに合流できた。


「誰かの【保護プロテクト】が解かれた」


「え!」


 『傀儡くぐつ』からクラスメイトたちを守るためにかけていた【保護プロテクト】が解かれたってことは、誰かが『幸運』を吸われるってことだ。


「誰のだ?」


「わからない。私のスキルが破られた気配だけが分かるの。心当たりない?」


「……!」


 さっき、誰かが話してた。




『5限の日本史の準備頼まれてるから、そっち先にやるわ』




 『傀儡くぐつ』にされている担任教師、溝尾先生は日本史の教科担任だ!


「斉藤だ!」


「クラス委員の?」


「歴史準備室!」


 授業の準備なら、そこへ行ったはずだ。

 溝尾先生も、基本的には歴史準備室で過ごしている。


「急がなきゃ! 【保護プロテクト】を破れるなら、あっちには待つ理由がない」


 三人で駆け出した。

 保健室から歴史準備室は、けっこう距離がある。


「でも、なんで急に!」


「きっと『魔王』から、追加で『魔力』をもらったのよ」


「その『魔力』を使って、強引に【保護プロテクト】を破ったんだ」


 リアンがグンとスピードを上げた。


「急がないと、学校中のヒトの『幸運』が吸われてしまう! 急げ!」




聖剣ハルバッハ


 心の中で呼びかける。


<なんや? 昼休み、まだ終わってへんのと違うか?>


(ふざけてる場合か!)


<へいへい。ま、準備不足は否めへんけど、来たもんはしゃあないな>


(勝てるかな)


<アホ! 主さんらが勝てへんかったら、お友達もチカちゃんも、『幸運』ゼロのどん底人生まっしぐらやで!>


 そういうことだ。

 俺たちが負けたら、そうなる。


 ──ゾッ。


 背中を、冷たいものが伝った。


<気張りや!>


(……おう!)

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