第14話「大聖女モードの性悪聖女、いつもそうしてればいいじゃん!」


 ──ガラッ!


 歴史準備室のドアを開けると、カーテンを閉め切った薄暗い部屋の中に二つ分の人影が見えた。


「斉藤!」


 溝尾みぞお先生……じゃない。


 姿形が、すっかり変わってしまっている。

 体全部が黒いうろこのようなものでおおわれていて、両手の先には大きな爪。

 ニヤリと笑う口元には、2本の大きなきば

 頭には、立派な角が一本生えている。


 なにかの漫画で見た、悪魔の姿そのものだ。


 これが、『傀儡くぐつ』……!


 『傀儡くぐつ』が、斉藤の首を掴んで持ち上げている。

 首、締まってるって!


<来たか>


 さらに斉藤の首を掴んでいた腕を振った。

 斉藤の体が勢いをつけて、吹っ飛ばされる。

 天井近くまでを描く軌道きどう。このままだと床に叩きつけられてしまう。


「ダメ!」


 いち早く反応したのは、ラフィーだった。


 ──ドタン!


「うっ!」


 ラフィーが斉藤の体の下敷きになって、衝撃を受け止めた。


「ラフィーさん!」


「大丈夫か!」


 リアンが『炎帝の剣エウリリス』を呼び出して『傀儡くぐつ』を牽制けんせいする間に、俺は二人に駆け寄った。

 ラフィーがモゾモゾと斉藤の体の下から這い出てくる。

 身長150cm未満のラフィーが、身長180cmオーバーの斉藤を受け止めたのだ。

 無事なのか?


「怪我は!?」


 俺の問いかけに、ラフィーは答えなかった。


「斉藤くんは!?」


 斉藤の顔を確認して、そのまま腕や足も確認していく。


 らしくない。

 性悪聖女いつものラフィーなら、斉藤が吹っ飛ばされたところで、放っておくかスキルで適当に助けるところだ。


 ラフィーが斉藤の手の甲に触れる。


「『幸運』が……」


 浮かび上がった数字は『3』


「『3』!?」


「床に叩きつけられたら、打ちどころが悪くて死んでたかも」


「じゃあ、スキルを使えばよかったんじゃ」


 なんか、白く光るクッションのやつ。

 そういいえば、あのスキルの名前は知らないや。


「……体が勝手に動いたのよ!」



<そいつは死ぬ。助からない>


 リアンの肩越しに、『傀儡くぐつ』がこちらを睨みつけている。


「死なせないわよ、絶対に!」


 ラフィーも『傀儡くぐつ』を睨み返す。


<たかが、一人のヒトだ>


「たかが?」


<『神』の言うところのバランスを構成する、ちっぽけな一つの存在でしかない>


「違うわ。そうじゃない」


<では何だと言うんだ>


「生きてる、ヒトよ」


<大した価値のないものだ>


「それを決めるのはあんたじゃない」


<ほう。では、誰が決める? 『大聖女お前』か?>


「いいえ。ヒトの価値なんて、誰にも決められない」


詭弁きべんだな>


「生きとし生けるものの輝きの素晴らしさは、あんたには永遠に分からないでしょうね!」


 青い瞳が、鋭い光を放つ。




 その横顔に、一瞬見惚みとれた。




 こいつ、本当に『大聖女』なんだな。





「ユーキ。あいつが持ってる『袋』が見える?」


 袋?


<ほれ! 白く光っとる袋や!>


 よく目を凝らすと、確かに『傀儡くぐつ』が白く光る袋を持っている。


「あれか!」


「あれは斉藤くんの『幸運』よ。『魔王』に届けられる前に奪い返せば、斉藤くんに戻すことができるわ」


<『幸運』を『魔力』に変換できるのは、『魔王』だけなんや>


 『聖剣ハルバッハ』の補足で納得。

 今、あいつを倒すことができれば斉藤は助かるんだ。


「わかった」


「グラウンドに【結界サンクチュアリ】を張るわ。リアン!」


「わかりました!」


 リアンが、狭い教室の中で器用に『炎帝の剣エウリリス』を振りかぶる。

 ……あとで狭いところでの戦い方も教えてもらわないとな。


 ──ガッシャーン!


 『傀儡くぐつ』が窓ガラスを割って外に飛び出した。

 それをリアンが追いかける。


「ラフィー!」


 今日は俺がラフィーを抱え上げた。


「……あら。ちゃんと筋肉ついてるじゃない」


 そう。

 今の俺は、お姫様抱っこだって軽々だ。


「ちょっと前まで、ヒョロヒョロだったくせにね」


「舌むぞ」


「はーい」


 いつの間にか、いつもの調子に戻っている。

 ……いつも、『大聖女モードさっきのラフィー』ならいいのにな。


 そんなことを思いながら、俺も窓から飛び降りた。

 もう、躊躇ためらう必要はない。


 ──シュタッ!


 見事な着地だ。


 これ!

 俺も出来るようになったんだ!


「【結界サンクチュアリ】」


 ラフィーの声を合図に、グラウンド全体が反円球状の白い光に包まれた。

 この状態なら、外からは許可されないモノは入ってこれない。さらに外からは何の変哲もないグラウンドだけが見えていて、音も聞こえなくなる。


「【結界サンクチュアリ】は、閉じ込めることはできないわ。逃がさないでよ」


 外から入るものは拒否できるが、中から出るものを防ぐ力はないということだ。

 そういえば、そういう仕様だったな。


「わかった」


 ラフィーを下ろして、俺も『聖剣ハルバッハ』を顕現けんげんさせる。

 呼ぶと出てくるし、必要なくなると消える、便利な機能つきだ。


 ──ピコン!


----------


アルピエル:魔王の傀儡くぐつ


 魔力:375

 物力:489


 幸運:0


----------


「アルピエル?」


<あの『傀儡くぐつ』の名前や!>


「『傀儡くぐつ』に名前なんかあるのか!」


<そらそうや>


 いや、だから常識みたいに言われても。

 ん? ちょっと待てよ。


「名前がわかるってことは……」


<主さんのスキル【セーブ】が使えるやん>


「だからって、使い道がわからんのだが」


<とりあえず、【セーブ】しときいや>


「うーん。……そうだな」


 基本的に『ロード』しなければ『幸運』は消費しない。


「『アルピエル』【セーブ】!」


 ちょうど、リアンの剣を避けて横っ飛びをした瞬間。

 そこを【セーブ】した。

 使い所は、戦いながら考えよう。


あるじさんに主攻撃メインアタッカーはできひん。【結界サンクチュアリ】と敵の間に位置どって、逃亡できんように牽制けんせいするんや>


「わかった!」


 俺が移動するとその意図がわかったのだろう、リアンが俺と二人で敵を挟むように位置を調整していく。さすがだ。


 ──キンッ! キンッ! キンッ!


 リアンの攻撃を、敵が爪で弾いている。


「くそっ!」


 リアンが、いったん距離をとる。


「お前、硬いな」


 リアンの額に汗が滲んでいる。

 俺との訓練で、あんな顔は見たことがない。

 あの『傀儡くぐつ』は、本当に強いんだ。


「しょうがない。『リアン/ステータス/腕力/Lv32・・』」


 でた。リアンのスキルだ。


「【MODモッド】『腕力/Lv77・・!』


 ──ピコン!


----------


リアン:悪魔の子


 魔力:978

 物力:587


 幸運:510


----------


 うわ!

 リアンの700以上あった『幸運』が一気に減っている。


(でも、何で敵に【MODモッド】を使わないんだ?)


<自分以外のステータスを下げる【MODモッド】は、洒落にならんほど『幸運』を消費してまうんや>


 そういえば、先生の『猜疑心』を下げた時も、かなり消費したって言ってたな。


 ──ガギンッ!


 腕力をレベルアップしたリアンの重たい斬撃。

 それでも爪で防がれた。

 防御が硬い。

 けど!


 ──ピコン!


----------


アルピエル:魔王の傀儡くぐつ


 魔力:375

 物力:324


 幸運:0


----------


 ちゃんと物力は減ってる。

 さすがリアンだ。


「リアン! 敵の物力は、確実に削れてる!」


「よし。このまま削り切る!」


 作戦が決まった。

 その瞬間だった。




<甘いな>




 目の前に、敵がいた。


「え?」


<アカン! けろ!>





 ──ザシュッ!





 斬られた!?





 ……え?

 痛く、ない?





「リアン!」


 ラフィーの悲鳴。

 次いで、赤いものがおれの視界いっぱいに広がった。

 鉄の匂いがムワリと立ち込める。


 斬られたのは、俺じゃない。


「リアン!」




 俺を庇って、リアンが斬られたんだ!





「馬鹿、気を抜くな!」


 倒れながらも、リアンが『炎帝の剣エウリリス』を振った。

 敵は後ずさってそれを避ける。

 そのまま回れ右して、走り出した。


「逃がすな! 追え!」


 リアンが、ついに地面に倒れた。

 血溜ちだまりが広がる。


 グラウンドの向こうから、ラフィーが駆け寄ってくるのが見える。


(追いかけなきゃ)


 わかっているのに、足が動かない。


 足も手も震えている。




 ──怖い。




 また、俺のせい・・・・で大切な人を失うのか……?


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