第18話「訓練の成果と修羅場、俺は優柔不断じゃねえ!」


「落ち着け」


「は? 落ち着いてるけど」


 『炎帝の剣エウリリス』から立ちのぼる炎が、ゆらゆらと揺らめいている。

 怒っている。

 とてつもなく、怒っているのだ。


「違うんだ。泣かせたくて泣かせたわけじゃなくて」


「泣かせたんだろう?」


「そう、だけど。そうじゃなくて。これは、その……」


 全身の汗腺かんせんから脂汗あぶらあせが吹き出しているのがわかる。

 これは、マジでヤバい。




「……死ね」




 ガチトーン!

 俺、死んだかも。


<アホ! はよう、ワシを呼び出さんかい!>


(でも!)


<ラフィーねえさんが落ち着いたら、ちゃんと止めてくれはるわ。コレはチャンスやと思え>


(チャンス?)


<ガチギレのリアンねえさんとやり合えるんや。特訓の成果、確認しとこ!>


 『しとこ!』ってノリじゃねえだろ!


(マジで死ぬって!)


<ほれ! 急がんと、来るで!>


 ──ヒュンッ! ザッ!


 再び風切り音。

 けたが、間に合わなかった。


 左肩が焼けるように熱い。


(軽くかすっただけでこれかよ!?)


<そら、天下の『炎帝の剣エウリリス』パイセンやからな!>


(俺、やっぱり死んだんじゃ……)


<とにかく、ワシを呼び出せ! 話はそれからや!>


(死んだら元も子もないもんな!)



「『聖剣ハルバッハ』!」



 俺が呼ぶと、右手に白く光る剣が現れる。


<今日は、音声ガイドはなしや! 思う存分、やってみい!>


(死にそうになったら、なんとかしてくれよ!)


<そら、ワシには無理やなぁ。ただの剣やもん。気張りぃ!>


(くっそぉ!)



「死ね! 死ね! 死ね!」


 ──ビュン! ビュン! ビュン!


 怨嗟えんさの声とともに繰り出される鋭い斬撃を、とにかく避ける。

 そもそも『聖剣ハルバッハ』よりも『炎帝の剣エウリリス』の方が攻撃力が高いのだ。それに、『炎帝の剣エウリリス』にはスキル【燃焼エルサフィ】がある。

 安易に受ければ、『聖剣ハルバッハ』が燃えてしまう。

 多少は耐えられるが、スキルによる攻撃を防ぐためには『幸運』を消費してしまう。


 ──ピコン!


----------


リアン:悪魔の子


 魔力:965

 物力:603


 幸運:732



炎帝の剣エウリリス


 魔力:0

 物力:520


 幸運:819


----------


 このコンビを、今の俺たちが倒すことは不可能だ。

 だけど、攻撃を無効化することなら。

 それだけに集中すれば。

 なんとかなるかもしれない。


 ──ヒュン! ヒュン! ヒュン!


 この1ヶ月、俺は避けることに関してはかなり得意になっている。

 なぜなら、痛いのは嫌だからだ!


 とにかく攻撃を避けて、避けて避けまくる!

 そうやって、チャンスを待つんだ。


 ──ビュン!


 リアンの斬撃が、大振りになった。

 攻撃が当たらないことに焦れたんだ。

 いつものリアンならありえないが、今のリアンは冷静さを欠いている。


「ここ!」


(対物攻撃マックス!)



 ──ピコン!


----------


聖剣ハルバッハ


 対魔攻撃:□□□□□

 対物攻撃:■■■■■


 幸運:983

----------



 (『炎帝の剣エウリリス』先輩、頼むから空気読んでくれよ!)


 ──ガキィーン!


 剣を大振りしたために伸び切った腕。

 その瞬間の『炎帝の剣エウリリス』に『聖剣ハルバッハ』を叩き込んだ。

 俺の渾身こんしんの力を込めて。


「くぅ!」


 まともに受けた剣身から伝わったしびれが、リアンの腕に伝わったのだろう。

 リアンの腕は剣の重みに耐えきれずに、体ごと前のめりになる。


 まともに『炎帝の剣エウリリス』に当たったが、『聖剣ハルバッハ』は燃えていない。


(ありがとう、『炎帝の剣エウリリス』先輩!)


 ──ドッ!


 俺は、そのままの勢いでリアンに体当たり。

 しびれているであろうリアンの手首を、剣のつかで打ちえた。


 ──ガラン!


 ついに、リアンが『炎帝の剣エウリリス』を取り落とした!


 ──ドサッ!


 その勢いのまま、二人して倒れ込んだ。


「ハァ、ハァ!」


 息が切れる。

 なんとか、乗り切った、か?



<ようやった! けど、これは『炎帝の剣エウリリス』パイセンのお陰やな!>


(それな)


<ほんでも、回避能力はリアンねえさんのレベルにも通用するんや。自信持ってええで!>


(おう)



「リアン!」


 ラフィーが駆け寄って来て、リアンの顔を覗き込む。


「ラフィーさん」


「落ち着いた?」


「はい」


「もう。私がちょっと泣かされたくらいで、毎度これじゃあ困っちゃうわよ」


 毎度なんだ。

 ……まあ、二人の出会いのエピソードを思えば、仕方ないかもな。


「すみません」


「いいのよ」


「ユーキは大丈夫なの?」


「無傷だよ」


「ふんっ。訓練の成果、出てるってことね!」


 なんで、素直に安心してくれないんだよ。心配してくれたくせに。



<ツンデレってやつちゃうんか?>


(ツンデレってのは、総合的には可愛いものなの!)


<ほんなら、ツンデレってことでええやん>


(なんで)


<やって、あるじさんはラフィーねえさんのこと可愛い思てるやん>


(……は?)


<気づいてへんのか? 毎度毎度、憎まれ口叩かれるたんびに『でも可愛い』て思てるやん>


(……やめてくれ)


<なんで>


(とにかく、やめてくれ)






「ユウくん?」






「え?」


 この声は。


 振り返った先にいたのは、井野口千佳子俺の好きな子



「これは、どういう状況?」



 リアンの身体に覆いかぶさる俺。

 俺に押し倒されるリアン。

 そして、二人の顔を覗き込むラフィー。


 ちなみに、二本の剣はすでに姿を消している。


<こらあ、あかんな。修羅場しゅらばや>


 『聖剣ハルバッハ』の呑気な声とは対照的に、俺の体が一気に冷える。

 今夜2回目の滝汗だ。


「これは、その……」


 何か言い訳を、と思うのに舌が上手く回らない。


「とりあえず、どけよ明智」


 リアンが俺の体をグイッと押した。

 されるがままにリアンの上から退く。


「井野口さん、これには色々と事情があるのよ」


 すかさずラフィーのフォロー。

 ナイスだ!



「ユーキが私を泣かせちゃって、それに怒ったリアンをユーキが押し倒したのよ」



 全くフォローになってない!

 おおむね事実だが!

 

「ユウくん?」


 鋭い視線が、俺に突き刺さる。

 言い訳、なんか言い訳……。



<こら無理やな。何言っても、修羅場や修羅場>


(面白がるんじゃねえ!)


<やって、あるじさん>


(なんだよ)


<揺れてるやん>


(揺れてる?)


<チカちゃんのことが好きやけど、ラフィーねえさんも可愛いし、リアンねえさんのこともほっとけへん>


(は?)


<優柔不断は、身を滅ぼすんやで?>




 いやいやいやいや!




 俺に限って、そんなことはないはずだ。

 優柔不断なんて、パリピのための言葉であって、俺に当てはまるはずがない。

 第一、これは事故だ!

 事故の結果、修羅場しゅらばになりかけてるってだけのことだ!


 俺のせいじゃねえ!




「ユウくん。ちゃんと、説明して?」




「はい」


 俺たちは4人でアパートに帰ることになった。

 井野口は高校生3人で暮らす俺たちを心配して、夕飯のおかずを届けてくれるところだったらしい。

 彼女が持って来てくれた差し入れが、カラアゲで。

 俺が賄いの代わりに貰って帰って来たのも、カラアゲで。

 おかずはカラアゲのみで。


 とてつもなく気まずい空気のまま、地獄の夕飯が始まった──。



 誰か助けて。

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