第19話「地獄の食卓、カラアゲのことも忘れないであげて!」


「それで?」


 井野口の冷たい視線が俺を刺す。

 そら、そうだ。


<思わせぶりな態度をとったまま、気まずくて数週間放置。そしたら、他の女を押し倒している現場を目撃。しかも複数の女性と修羅場しゅらば様相ようそう。……ワシがチカちゃんやったら、とっくにキレて帰っとるな!>


(解説どうもありがとう)


 そう。

 体育館裏で二人で弁当を食べたあの日以来、なんとなく気まずくて避けていたのだ。

 その結果が、今のこの状況だ。

 俺の馬鹿!


「それでっていうか、ほんとに大したことじゃなくて」


「大したことじゃない?」


 今度はリアンの視線が俺を刺す。


「ラフィーさんを泣かせておいて、大したことじゃない?」


「ごめんなさい」


 謝るしかないじゃないか。


「ユウくんは、なんでラフィーさんを泣かせたの?」


「泣かせたくて泣かせたわけじゃないよ。俺はただ、自分を大切にしてもらいたくて……」


 ラフィーの方をチラッと見る。

 ここは、ラフィーにフォローしてもらうしか道はないんだ!

 念を送っているが、ちゃんと伝わっているだろうか?

 さっきみたいな、フォローになってないフォローはいらないからな!


「うん。ユーキは私のことを思って、私のために言ってくれたの」


 微妙に誤解を招く言い方をするな!


「ラフィーさんのことを思って?」


 井野口の声が、さらにワントーン下がる。


「友達! 友達としてってこと!」


 慌てて言いつくろうが、これはこれでまずい気もする。


<ははは。諦めや。もう、どう転んでもドツボや>


(やめてくれ!)


「友達として、何を言ったの?」


 井野口がうつむいていて、その唇がちょっと尖っているのが見えた。


「何って……」


「言えないことなの?」


「……言え、ない」


 まさか『魔王退治なんかやめちゃえよって言ったら泣かれた』とは説明できない。


「周りには言えないような話で、ラフィーさんを泣かせたってこと?」


「いや、それは、その……」


 ……。


 沈黙。

 これ以上、何も説明することができない。


 だからなんだよな。

 今の俺には、井野口に話せないことが多すぎる。

 だから、しばらくは距離を置こうって思ってたのに。


「私、ユウくんとちゃんと話したくて」


 井野口が、俯いたまま言った。


「好きな人、いるって言ってたの。ちゃんと聞こうと思って」


 俯いたまま、箸でカラアゲをつついている。

 そういえば忘れていたが、今は夕飯を食べている真っ最中だ。


「だから、差し入れっていうか。……言い訳作って、バイト終わる時間に合わせて来たんだけど」


<いじらしいなあ! なあ!!>


(頼む、黙っててくれ)


「私、やっぱり、邪魔だったのかな?」


「そんなことない!」


 思わず、大きな声を出してしまった。

 井野口が目を丸くしている。

 今は夜中と言ってもいい時間だが、大丈夫。

 なぜなら、この部屋はラフィーの【結界サンクチュアリ】の中だから。

 ありがとう、ラフィー!

 今日ほど彼女に感謝したことはない。


「嬉しいよ。カラアゲも、会いに来てくれたことも」


「ほんと?」


「うん」


「なら、よかった」


 見つめ合う俺たちの横で二人が居心地悪そうにしているが、それは見なかったことにする。

 俺は、優柔不断なんかじゃない!


 ラフィーの青い瞳が伏せられて、その表情が見えなくなった。

 ……それも、見なかったことにするしかないじゃないか。





「……来る」


 沈黙を破ったのは、リアンの低い声。


「え?」


「井野口さんを!」


「は?」


「『炎帝の剣エウリリス』!」


 リアンが叫ぶと同時に、床が揺れた。


「地震!?」


 井野口が俺の肩につかまる。


 ──バキ! バキバキ! バキィ!!!!


 天井が割れた。


「キャー!」


 井野口の悲鳴を聞きながら、慌てて彼女を抱き上げて。

 同じくラフィーを抱え上げたリアンと一緒に、窓から外へ飛び出した。


「【結界サンクチュアリ】張ってあったんだろ!?」


 ラフィーに向かって叫ぶと、彼女の方は憎々しげに空中をにらみつけていた。


「破られたのよ!」


「なんで!」


「私のスキルよりも強いスキルで攻撃された。それだけの話よ」


 アパートの他の住民たちは……。

 といっても全4戸の小さなアパート。

 他の3軒は留守だったらしい。なんという幸運。

 ……これはラフィーのおかげだな。




<場所を変えましょ?>




 聞こえて来たのは、おどろおどろしい声。

 先生のときとは違う。

 ネットリとした、女の声だ。


<ここじゃあ、思う存分できないでしょ?>


 姿は見えない。

 だが、確かに居る。


<殺し合いがさあ!>


 このままじゃだめだ。

 井野口を巻き込んでしまう。


<さあて。どこがいいかしらねえ〜>


「井野口、逃げろ!」


「そんなの無理だよぉ」


 井野口を下ろして立たせようとするが、腰が抜けているのか座り込んでしまった。


「ユウくん!」


 そのまま、井野口が俺にすがり付く。

 当たり前だ。

 こんな状況で、一人になんかできるわけない。


 だけど……!


「【保護プロテクト】!」


 ラフィーの声と同時に、井野口の体が白い光に包まれた。


「【保護プロテクト】は物理攻撃は防げない。ちゃんと守るのよ。保険に【セーブ】もしておきなさい」


 【保護プロテクト】は『幸運』を守るためのスキル。

 と同時に、『魔力』による攻撃からも守ってくれる。

 だけど、それだけだ。物理で殴られたら守れない。


「わかった」


 俺は、再び井野口を抱き上げた。


「『井野口千佳子』【セーブ】」


 これで俺が死なない限り、井野口を今の状態に『ロード戻す』ことができる。


「こわいよぉ」


 井野口が、俺の首にぎゅっとしがみついた。


(タイミングをみてどこか安全なところに送り届けないと)


「まずいです」


 リアンの表情が歪んで、額に汗が浮かんでいる。


「1体じゃありません。3体、来てます」


「3体!? それって……」


「『傀儡くぐつ』が3体だ」


 やばいじゃん。

 先生に取りいた『傀儡くぐつ』1体でもあんなに苦戦したのに、あのレベルが3体!?


<ふふふふふふふ。きーめた!>


 ネットリとした女の声で、井野口がビクリと震えた。


<大聖女と悪魔の子は、離れ離れにしたら可哀想よね?>


 リアンがラフィーの腕を掴んで背の後ろに隠す。


<こっちの二人も、一緒にいたいわよね?>


 俺も、井野口を抱きしめる腕に力を込めて、ジリジリとリアンとの距離を詰める。

 リアンも慎重に動いて、俺の方に近づいてくる。

 離れ離れにされたら、最悪だ。


<私は優しいからぁ!>


 リアンと肩と肩が触れる。

 そう思った瞬間だった。


<仲良しの二人は一緒に連れてって、あ・げ・る!>


 身体全体がドロリとした何かに包まれた。



<【並行世界パラレルワールド】!>



「ユーキ!」


「明智!」


 二人の声が分厚い膜の向こうに消えていく。


「ラフィー! リアン!」

 

 二人と離された。

 最悪だ。

 しかも井野口を巻き込んでしまった。


 ──ギュッ!


 井野口を抱きしめる手に、さらに力をこめる。

 俺たちの体は、ドロリとした何かに包まれたまま、真っ逆さまに落ちていった。





<ようこそ、私のメルヘンタウンへ!>



 次に目を開けた時、俺たちは別世界にいた。

 

 あちこちが鮮やかなピンク色で彩られた街並み。

 どこもかしこもピンク色だ。目が痛い。

 しかも、そこにいるのは人じゃない。

 ぬいぐるみ・・・・・の姿をした妙な生き物たちが、にこやかに笑いながら街を行き交っている。


<かわいいでしょ? 私ね、ピンク色が大好きなの>




 確かに可愛いのかもしれないが、ここまでくるとさすがに気持ち悪いよ?

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