第20話「ミラクル☆メルヘンワールド、聖剣レベルアップ!?」


 ピンク色の世界でたたずむ俺と、俺に抱えられる井野口いのぐち


「なんで井野口まで連れてきた! 俺だけ連れてこればよかっただろう!」


 姿の見えない敵に問いかける。


<だって、その方が面白いでしょ?>


 ネットリとした女の声は、どこから聞こえているのか判然はんぜんとしない。

 かなりまずい。

 俺は、『傀儡』の姿を視認することすらできていない。

 視認できない敵のステータスは見れない。

 正しい状況把握ができないんだ。


 状況は最悪だ。

 当然だが、この『傀儡くぐつ』にはまともな倫理観がない。

 井野口を守ろうとして身動きが取りづらい俺を、なぶり殺しにしてやろうとでも思っているのだろう。

 ラフィーもリアンもいない状況で戦うのは初めてだし。


 とにかく、井野口を守らなければ。


「『聖剣ハルバッハ』!」



<状況が分からんには、落ち着いとるな>


(それなりに)


<チカちゃんがおるからやな?>


(え?)


<男っちゅうんは、そういう生きもんや>


(はあ)


<とにかく、やることはひとつや。『傀儡くぐつ』倒して、こっから出る!>


(おう!)



「悪い。このままじゃ戦えないから、背負っていいか?」


「え? 戦う?」


 戸惑う井野口を下ろして、両肩を掴む。


「俺が、必ず守るから」


「……うん」


「よし」


 俺はジャージの上を脱いでから、井野口を背負った。

 二人の身体を、ジャージで縛る。

 気休めだが、ないよりはましだろう。




<それじゃあ、始めようかしら?>


「隠れてないで、来るなら来いよ」


<あら? あなたの相手をするのは私じゃないわよ?>


「は?」


 リアンは『傀儡くぐつ』が3体来てるって言ってた。

 まさか、こっちに2体来ているのか?


<あなたの相手は、彼よ>


 ──ボフンッ!


 女の声を合図に、俺たちの10メートルほど向こうで爆発が起こった。

 漫画みたいな可愛らしい爆発。

 綿飴わたあめみたいなピンク色の煙と、飴玉みたいなピンク色の星がハジけて……。


 そこに立っていたのは、俺のよく知る人だった。



「え……?」



 頭に巻いたタオルと、立派なビール腹。


「大将……?」


 俺のバイト先、『ラーメン・未来紅琉みらくる』の大将。

 この人が、なんでここに……?



 ──ピコン!


----------


モゴルゴル:魔王の傀儡くぐつ


 魔力:289

 物力:395


 幸運:0


----------



<ミラクルな私のメルヘンワールドに、とってもお似合いの人でしょう?>


<みら・くる!!!!>


 大将が……。

 いや。

 大将の姿をした『傀儡くぐつ』が叫ぶと、その姿が形を変え始めた。


 ──バキッ! バキッ!!


 全身が毒々しいピンク色に染まり、背中から腕が生えた。

 合計4本になった腕の先は包丁の形になって。

 口からはみ出す牙も、ご丁寧にピンク色。

 極め付けは、頭に生えたツノに結んだピンクのリボン。

 

<がんばってね>


 女の方の気配が消えた。



「くそっ!」


(なんで、こんな!)


<落ち着け。『魔力』を斬ったら元に戻るんや。もうわかっとるやろ?>


(……そうだな)


<よし。そしたら、ちょっと落ち込んどるあるじさんに、一つええこと教えたるわ>


(いいこと?)


<ワシ、もうすぐレベルアップや>


(レベルアップ……?)


<ワシのステータス開いてみ>



 ──ピコン!


----------


聖剣ハルバッハ


 対魔攻撃:■■■□□

 対物攻撃:■■□□□


 幸運:825


----------



 いつも通りだ。


<スクロールや!>


(は? スクロール?)


 スクロールと考えると、画面が下向きに動いた。



----------


 対物攻撃:■■□□□


 幸運:825


 Lv :1

 EXP:583(13)

 

----------



 おお!

 Lvレベルって項目があったのか!


(この、経験値EXPの後のカッコの中の数字は?)


<次のレベルまでに必要な経験値EXPや>


(じゃあ、あと13で『聖剣ハルバッハ』がレベルアップするってことか)


<せや!>


(レベルアップしたら?)


<ワシのスキルが解放される!>


(マジか! どんなスキル?)


<それは、レベルアップしてからのお楽しみやな>


(もったいぶるなぁ。で、経験値EXP:13って、どれくらい?)


<あいつに攻撃を一発入れるくらいやな>


(わかった)



<ミラ・クル!>


 大将の声を合図に、楽しそうに街を行き交っていたぬいぐるみ・・・・・たちが、一斉にこっちを見た。

 ガラス玉のような無数の瞳が、剣呑けんのんな光を帯びてこちらに向けられる。


「キャー!」


 井野口の悲鳴。

 そら、こわいわ。


<ミラ・クル!>


 二度目の声を合図で、ぬいぐるみ・・・・・が襲いかかってきた。

 30体はいると思う。

 クマやウサギのぬいぐるみ・・・・・が、俺たちに飛び掛かってきたのだ。

 かわいいけど、ものすごい圧だ。こわっ!


 ──バス! バシュ!


 とりあえず、片っ端から斬っていく。

 すると布がはじけて、中から綿が飛び出した。

 飛び出した綿が周囲に飛び散り、視界が埋め尽くされる。


<うしろや!>


 『聖剣ハルバッハ』の声と前後して、背後からは殺気が迫っていた。


 ──シュパッ!


 綿に紛れて俺に肉薄してきたのは、もちろん大将で。

 4本の包丁が、連続して俺たちに襲い掛かる。


 ──シュパッ! シュパッ! シュパッ!


 なんとか避ける。


<チカちゃんおるんや。後ろの警戒、おこたったらあかんで>


(お前に任せらんないのかよ)


<ワシはただの剣やで。あるじさんが知覚できんもんは、ワシにも感じ取れへん>


(そういうもんか)


 ぐぬぬ。

 前に抱いた方が安全だが、それじゃあ俺が戦えない。

 どこかに隠して、一人で戦うか?


 井野口が俺の首にぎゅっとしがみつく。

 その腕が、震えている。


(だめだ。やっぱり、こんな状況で一人になんかできない)


「井野口……」


<このヘタレ!>


 うっ。否定できない。


「……チカちゃん」


「ユウくん」


「大丈夫だから。しっかり捕まって、目をつむっててくれ」


「うん」



<ミラ・クル!>


 再び、ぬいぐるみ・・・・・の群れが俺たちを襲う。

 今度は斬らずに、避けた。


 が。


 避けた先には、大将の包丁が待ち構えていた。


「うわっ!」


 ──キン! キン! シュパパ!


 『聖剣ハルバッハ』で2本を捌いて、残り2本はギリギリで避ける。

 そのまま大将と距離をとる。


「くそっ」


 あのぬいぐるみ・・・・・をなんとかしないと、いいように動かされてしまう。

 このままじゃ、袋叩きだ。



あるじさん!>


 『聖剣ハルバッハ』の声が弾んでいる。

 まさか……!


<今の回避と剣戟けんげきで、経験値EXP15獲得や!>


(ということは?)


<レベルアップや!!>


 『聖剣ハルバッハ』が、白い光を放つ。

 白い光がほとばしって、そして消えると……。


「形が!?」


 『聖剣ハルバッハ』の形状が変わっていた。

 以前の形よりも洗練されていて、さらにシュッとした感じになっている。

 俺の語彙ボキャブラリーの無さよ……!


 とにかく、『聖剣ハルバッハ』はレベルアップした!


 ──ピコン!


----------


聖剣ハルバッハ


 Lv :2

 EXP:2(794)


----------


<ほんなら、スキル解放や!>


 ゴクリ。

 息を飲んだ。

 『こんな状況だからもったいぶるな』とは言えない。

 なぜなら、俺もドキドキしているからだ。




<その名も、【神足剣レスベルグ】や!>




 なにそれ、めっちゃカッコいいじゃん……!!

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