第31話「ぜんぶぜんぶ、ユウくんのためなの」


「チカちゃん?」


「なあに? ユウくん」


「いや、なあにじゃなくて……」


「ああ、コレ?」


 チカちゃんが、黒い刀を引き抜いた。


 ──ゴポ。


 同時に、ラフィーの胸から真っ赤な血があふれ出す。


「ラフィーさん?」


 リアンの顔が真っ青に染まってて。


「ラフィーさん? ラフィーさん?」


 抱いたままの肩を揺すっているが、反応はない。


「無駄だよ? もう死んでる」


 チカちゃんがリアンに優しく語りかける。

 その表情があまりにも状況に合ってなくて。


「チカちゃんも、『傀儡くぐつ』にされたのか?」


(そうだよ。そうじゃなきゃ、こんなこと……)


 いや、そんなことよりもラフィーを助けなきゃ。

 だけど、あんなに血があふれていて。

 目は開いているのに、その青い瞳には何も映っていない。


「違うよ、ユウくん。私を『傀儡くぐつ』なんかと一緒にしないで?」


 チカちゃんが可愛らしく首を傾げると、『傀儡スタボの店員』がその場にひざまずいた。


<お手数をおかけして、申し訳ありません……!>


 それを聞いたチカちゃんが、軽やかに歩く。

 いつも通りのチカちゃんだ。

 なのに、違う。


(これは、なんだ)


「本当にね。『四天王我々だけで十分です。必ずや大聖女の首を』とか言っていたのにね?」


 『傀儡スタボの店員』のそばまで移動したチカちゃんが、黒い刀を振り上げた。


 ──ザシュッ!


<ぐぅ!!>


 肉の裂ける音と同時に『傀儡スタボの店員』のうめき声。


 ──グチョ、グチャッ。


 次いで、刺した刃がさらに肉をえぐる音が響いた。


「情けないよね。そんなことで、あの方に顔向けできるの?」


<申し訳、ございません……>


「謝れば許してもらえるの? ねえ? ねえ!」


 ──ドンッ。


 今度は、『傀儡スタボの店員』の体が蹴飛けとばされて転がった。


「まあ、いいよ。あなたたち四天王雑魚のおかげで、大聖女を殺すことができたしね?」


 足の震えが止まらない。


「それじゃあ、儀式を始めましょうか?」


「……待ってくれよ」


「ユウくん?」


「なんなんだよ、これは!?」


 ラフィーが死んだ。

 殺したのはチカちゃん。

 そのチカちゃんが『魔王』のことを『あの方』なんて呼んで、四天王を足蹴あしげにした。


(いったい、どうなっているんだ?)


「ふふふ。いいよ? 教えてあげる」


 ──ふわり。


 どこからともなく現れた黒い茶碗。

 そして黒い刀が、チカちゃんの掌の上でふわふわと浮いた。


「私の家には、代々伝わってきた宝物があったの。この二つよ」


 展望室で、俺に見せてくれた茶碗。

 あれを見た瞬間から、リアンに斬りかかるまでの記憶がない。


「どっちも本能寺の変で消失されたって伝えられているけど。本当は私の家で厳重に保管されていたの」


<あれはアカン。『魔王』の魔力をビンビンに感じるで>


 『聖剣ハルバッハ』の声が震えている。


(怯えてるのか?)


<せや。……あれは、マジモンや>


曜変天目ようへんてんもくの茶碗。そして薬研やげん藤四郎とうしろう。どっちも、織田信長公の持ち物だったの」


 本能寺の変で消失したはずの、織田信長の持ち物。



『「魔王」が封印されてる「何かアイテム」を持ち歩いている奴がいるんだ。そいつが織田信長ゆかりの地を歩き回って、そこに残された「魔力」を回収している』



 リアンが言っていた。

 それは、つまり……。


「あの方はね、ここに封印されているのよ」


 チカちゃんが指差したのは曜変天目ようへんてんもくの茶碗。

 つまり、彼女だったということだ。

 『魔王』の封印を解くのを手助けしていたのは。


薬研やげん藤四郎とうしろうの方は苦労したわ。どんな『傀儡くぐつ』でも封印を解くことができなかったの。本当に強情な刀。でも、ユウくんなら大丈夫だと思ったんだ。そうだったでしょ?」


 『傀儡くぐつ』になった俺は、黒い刀を持っていた。

 あれが、この刀。


薬研やげん藤四郎とうしろうは真に強い武士もののふにだけ従う。その通りだったね」


 だから、俺を『傀儡くぐつ』にしたんだ。

 薬研やげん藤四郎とうしろうの封印を解くために。


「大聖女を殺すことができるのはね、この刀だけなの。あの方が生涯をかけて魔力を注ぎ込んだ、魔刀・・だよ。すごいでしょ?」


「……だけど、どうしてラフィーを?」


「あの方の復活のためにはね、にえが必要なの」


にえ?」


それ・・は、あらゆる世界の中で最も多くの『幸運』を授かって生まれてきた。つまり、あらゆる世界の中で最も特別な命」


 チカちゃんが、ニコリと笑った。


「『神』の大好きな、バランスだよ。あの方の復活と引き換えにするなら、それくらい特別な命じゃなきゃね」


「そんな……」


 ラフィーは動かない。

 リアンも、その顔を見つめたまま、呆然としている。


「悲しまないで、ユウくん」


 ──ふわり。


 チカちゃんの体が浮いて、俺の前に降り立った。


「ぜんぶ、ユウくんのためなの」


「俺の、ため?」


「あの方は、明智あけち光秀みつひでの血筋をたいそう恨んでいるわ」


 かつて織田おだ信長のぶながを倒した明智あけち光秀みつひで

 俺には、その血が流れている。


「だからね、ユウくんがあの方に『幸運』を吸われていたのは仕方がないことなんだよ?」


 チカちゃんの両手が、俺のほほを包み込んだ。


「だけど、大聖女を殺すことができたら。あの方が復活することさえできたら、許してくれるって。そうおっしゃったの」


 優しい手つきで俺の頬を撫でるチカちゃんの手が、暖かくて。


「それにね、ユウくんも手伝ってくれたから。きっと喜んでいただけるわ」


 こんなのおかしい。

 おかしいのに……。


「ユウくんがずっと不幸だったのは、『神』が作った世界バランスのせい。だから、私が解放してあげる。そんな世界バランスなんか、壊しちゃえばいいの」


 チカちゃんは、本当に俺のためを思って話している。

 心から、俺を心配して。

 俺のために。


「私が、ユウくんを幸せにしてあげるね?」


 俺の幸せのために。

 それがチカちゃんの願い。

 その願いのために。


 そのために、ラフィーを殺した。




 優しい瞳に見つめられて、何も言えない。

 否定も肯定もできない。


 俺だって、俺の願いのために強くなることを望んだんだから。


「それじゃあ、儀式をはじめましょ」


 ラフィーの体から、白いモヤが立ち上る。


「ふふふ。綺麗ね。真っ白で、綺麗な『幸運』……でも、綺麗なだけ」


 白いモヤがうずを巻きながら空に登っていく。


「こんなものがあるからユウくんが苦しいの。不幸なの」


 差し出されたチカちゃんの両手。

 そこには曜変天目ようへんてんもくの茶碗。


 そこから溢れ出した青黒いモヤが、白いモヤを飲み込んだ。





「さあ、お目覚めください魔王様!!!!」





 青黒い宇宙から。

 黒くてドロドロしていて。

 そして禍々しい巨大な何かが、あふれ出した──。

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