第32話「起死回生!大聖女を取り戻せ!」


「ああ! 魔王様!!」


 チカちゃんが叫ぶと、青黒い塊から腕が伸びてきて。

 その小さな体を掴んだ。


「チカちゃん!」


「魔王様、魔王様! ありがとうございます!」


 チカちゃんがうっとりと微笑んでいる。


「嬉しい。魔王様と一緒になれるなんて……」


 ──ズズズズズ。


 小さな体が、徐々じょじょに見えなくなっていく。


「先に行って待ってるね、ユウくん」


「どこに……」


「真っ暗闇の向こう。誰もが幸せ・・でもなく不幸・・でもない、本当の理想郷だよ?」


「そんな」


「大好きだよ、ユウくん」


 いつもも通りの、ほがらかな笑顔で告げられた言葉。

 その余韻よいんだけを残して、チカちゃんの姿は見えなくなった。


 黒いかたまりは、次には『傀儡スタボの店員』の方に手を伸ばした。

 そっちも取り込んで、魔力を回収するのかもしれない。


<今のうちや!>


 『聖剣ハルバッハ』に言われて、ハッとする。

 魔王の様子を眺めている場合じゃない。


「リアン!」


 ラフィーを抱えたまま呆然ぼうぜんとしているリアンに駆け寄った。


「しっかりしろ、リアン!」


「ラフィーさん……ラフィーさん……」


 ただひたすら、名前を呼び続けている。

 それでも、ラフィーの体は動かない。


「リアン!」


 肩を揺すると、真っ赤な瞳が俺を見た。

 いつもは強気でキリッとした瞳が。

 今は、力をなくして色を失っている。


「守れなかった」


 震える声に続いて、赤い瞳から涙が溢れる。

 俺にできることは、その肩を抱き締めることだけだ。


「僕が、抱えてたのに。ちゃんと守れなかった」


「リアンのせいじゃない。俺のせいだ。リアンが俺の援護をしてくれたから」


 その隙を、チカちゃんに突かれた。

 今ならわかる。

 四天王の怒涛どとうの攻撃は、その隙をつくるためだったんだ。


「僕のせいだ。守るって、ラフィーさんのために戦うって、決めたのに……」


 ラフィーの身体に触れる。

 まだ、温かい。

 だけど、死んでいる。

 それだけは、俺にもわかった。




 ラフィーは、死んだ。




(それは変えられない。だったら……!)


「リアン!」


 その肩を揺すった。


「それでも、俺たちはやらなきゃならない」


「できないよ」


「できなくても、俺たちで魔王を倒さないと!」


「無理だよ。大聖女なしで、どうやって戦うんだ」


「なんとでもなる!」


「無理だ。お前の『聖剣ハルバッハ』も、ラフィーさんがいなきゃ『幸運』はゼロだろ」


ねえさんの言う通りや。ワシの『幸運』はゼロ。仮にワシの刃が魔王に届いたとしても、ワシではあの魔力を斬ることはできひん>


 『聖剣ハルバッハ』の『幸運』がゼロなら、スキルは使えないし対魔攻撃もできないのだ。


「そんな……」


「だから、無理なんだよ。……もう、終わりだ」


「だけど、リアンの蒼い炎で燃やせば!」


「魔力を削って弱体化させることはできる。だけど、封印ができない」


「封印?」


「『魔王』を消滅させることは、どんな力をもってしても不可能。だから、ラフィーさんのスキル【封印シール】で再び封印するはずだったんだ」


「封印できなくても、とりあえず倒せば!」


「封印できなければ、『魔王』はこの場から逃げるだけだ。またすぐに復活する」


「それじゃあ、もう……」


「……僕たちにできることは、ない」




 なんて、無力なんだ。




 失いたくなくて強さを手にしたと思ったのに。

 結局、俺は何も守れなかった。


 ラフィーも。世界も。




 全身から力が抜ける。

 ガクンと、膝から体が崩れ落ちた。


(終わり、なのか……?)


 絶望がおおいかぶさってくるのがわかる。


(これで、終わり……)






≪バカモン!!!!≫






 頭の中にこだまする声。

 『傀儡くぐつ』にされた俺を、引き戻してくれた『あの人』の声だ。


≪大聖女が貴様に与えたのは『聖剣』だけだったか?≫


(聖剣だけ……じゃない!)


≪そうだ。落ち着け、よく考えろ≫


 そうだ。

 俺には、ラフィーからもらったスキル・・・がある。


≪絶対は、絶対にない! 諦めるな!≫


(はい!)






 右手の甲を見る。

 そこに浮かび上がる文字は『482』。

 四天王を3人倒して、ここまで増えたらしい。


(これなら、足りるか……?)


 わからない。

 だけど、この可能性に賭けてみるしかない。


「リアン」


「……」


 返事はなかったが、構わず続ける。


「【セーブ】を使う」


 リアンが、ハッとして俺の顔を見た。

 スキル【セーブ】は、『ロード』することによって【セーブ】した時点まで対象の状態を戻すスキルだ。

 前提として事前に【セーブ】をしておかなければならないが……。


「覚えてるだろ? 俺たちが出会った次の日、部室でラフィーを【セーブ】したこと」


 スキルがちゃんと使えるかを確かめるために。

 【セーブ】の後に髪を切ってしまったラフィーの姿は、『ロード』によって元通りに戻った。


「あの日のラフィーさんに『ロード戻す』のか!?」


「そうだ」


「できるのか? 1ヶ月以上前のことだぞ?」


「変化している情報量が多いから、かなりの『幸運』が必要だけど。……やってみる価値はあると思う」


「……せっかく取り戻した『幸運』、なくなるぞ」


「そんなの、別にいいよ」




『……私もリアンも、自分の幸せ、犠牲にして戦ってるのよ』




 あの日、ラフィーがボソリと溢した言葉を思い出す。

 ラフィーもリアンも、ずっとずっと自分の幸せを犠牲にしてきたんだ。

 『幸運』がなくなることなんて、いまさら俺が躊躇ちゅうちょする理由になんかならない。


「『ロード』したら、たぶんラフィーの身体は学校の部室に戻る」


 『ロード』すれば、体の位置も元に戻るからだ。


「俺が『魔王』を引きつけるから、その間に迎えに行ってくれ」


 ここから学校までは、約5km。

 近くはないが、遠くもない。

 リアンなら、間に合うだろう。


「……でも、いいのか?」


「何が?」


「あの状態の『魔王』を封印すれば、あの子がどうなるか分からないぞ」


 あの子、つまりチカちゃんのことだ。

 すでにチカちゃんの気配は消え失せている。

 『魔王』に取り込まれて、一つになっているんだ。

 かつて『織田信長』が『魔王』と完全に同化したように。


「わかってる、よ」


「……ならいい」


 今は、そのことは考えない。

 考えたら止まってしまうから。

 ラフィーを元に戻すことが先決だ。


「……リアン」


 改めて、リアンの顔を見た。

 真っ赤な瞳の中に、俺がいる。


「ありがとう」


「なんだよ、急に」


「一緒に戦えて、よかった。けっこう楽しかったよ」


「……今言うことじゃないだろ」


「今、言いたかったんだ」


 戦いはまだ終わっていない。

 だけど、これが今生の別れになるかもしれない。


 俺たち二人が話している間にも、黒いかたまりはどんどん大きくなっている。

 曜変天目ようへんてんもくに封印されていた『魔力』が、少しずつ外へあふれているんだ。


 到底、俺に太刀打たちうちできる相手じゃない。


 リアンを見送った後、それを一人で相手にする。

 リアンがラフィーが合流できるまで。

 それまで、持ちこたえればいいんだ。俺は。


「……ラフィーさんには、自分で伝えろよ」


 返事はできなかった。


「……やるぞ」


「おう」


 リアンがラフィーを寝かせて、その手を離した。

 岐阜駅の駅舎の屋根の上。

 冷たいだろう。


(すぐに、戻してやるからな!)



 思い出せ、あの日のラフィーを。

 ちょっと悪そうな顔で『ちょっと使ってみなさいよ』って言っていた顔を。

 

(あの時は、ムカつく女だって思ってたのにな)





「『ラフィー』『ロード』!!」





 目の前が、真っ白に染まった──。








≪ははははは! ようやった!≫


 白い世界。

 そこに、『あの人』がいた。


「あんた、誰?」


≪わしか? わしは、第六天魔王・織田信長じゃ!≫





 は?

 織田信長って、魔王じゃないの?

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