第33話「ずっと俺を守ってくれていたもの、それは……」


≪ふむ。『幸運』がなくなっておるな≫


 織田信長と名乗った人は、口髭くちひげが印象的なおじさんだった。

 穏やかな瞳で、俺を見ている。


「織田信長って、どういうことですか。魔王、じゃないんですか?」


≪ははは。聞きたいことが多いだろう? 座って話そう≫


「でも、そんな時間……」


≪大丈夫じゃ。ここは現実とは違う。時間は気にせんでもいい≫


「でも……」


≪話をしようぞ。わしも、そう長くはとどまれそうにない≫


(『聖剣ハルバッハ』、どう思う?)


 返事が、ない。


(『聖剣ハルバッハ』?)


≪聖剣なら、ここにはおらん。ここには、わしと貴様だけじゃ≫


 嘘を言っているようには見えない。

 それに。


(悪い人には見えないんだよな)


「わかりました」


 とりあえず、話を聞こう。

 たぶん、そうすべきだ。


 俺たちがいるのは、どこまでも真っ白の空間で。

 立っているのか座っているのかも曖昧あいまいで、ふわふわしている。

 とりあえず、信長さんの前に正座で座ってみる。


 すると、信長さんはどこからともなく茶碗を取り出した。


「それ」


曜変天目ようへんてんもくじゃな。これはただの想像に過ぎんが、貴様は実物を見たのであろう?≫


「はい」


 ──ポン、ポン。


 さらに、どこからともなく色々な道具が現れる。


 ──シャカシャカ。


 ああ、お茶を立ててるんだな。

 ……なんで?


≪茶はいい。心が落ち着く≫


「はあ」


≪ほれ≫


「あ、ありがとうございます」


 俺の前に茶碗を置かれたが、作法がわからない。


≪好きに飲め≫


「はい」


 とりあえず、できるだけ丁寧に茶碗を持ち上げて、飲んでみた。


「にが……」


≪ははは! 子供じゃな!≫


 なんだか、嬉しそうだ。

 この人が、魔王?


≪まず、わしは『魔王』ではない≫


「え?」


≪わしは確かに『魔王』に取りかれた。そして、人としてやってはならぬことをした≫


 晩年ばんねんの行いについて言っているんだろう。

 比叡山ひえいざんの焼き討ちが一番有名だけど、それ以外にも残酷なことをたくさんしたらしい。


≪あの頃のわしは、青黒い膜のようなものに覆われていてなぁ。何かに操られているようじゃった≫


 『傀儡くぐつ』になった時と同じような感覚かな?


≪わしの魂がまんまるだとすれば、外側から『魔力』に侵食されたような感じじゃな。わし自身も残ってはいた、ということじゃ≫


 『魔王』に侵食された自分が何をするのかを、閉じ込められた内側から見ていたんだ。『傀儡くぐつ』にされた時の俺と同じように。

 それなら……。


「……さっき俺がやったみたいに、『魔力』を押し返すことはできなかったんですか」


≪痛いところを突くのぉ≫


「すみません」


≪いや、いい。……やろうと思えばできたかもしれん≫


 信長さんが、そっと茶を飲んだ。

 ほっと息を吐いてから、再び俺を見つめる。


≪それがわしの弱さじゃ。『魔王』の強さを自分の強さと勘違いした。世界を手に入れられると思ってしまったんじゃな≫


 『弱さ』。

 それは目の前のこの人には、とてつもなく似合わない言葉だと思った。

 強さを具現化したような、そんな人なのに。


≪どれだけ強く見えても、弱さを抱えている。それが人間じゃ≫


 それは、わかる。

 性悪で強気で、実際に強いと思ってたラフィー。

 だけど、心の中に『弱さ』を抱えていた。


≪だから憎い≫


 『弱さ』ゆえに人を傷つけ、『弱さ』ゆえに人を憎む。

 それが人間。


≪……だから愛おしいんじゃ≫


 自分の弱さや不運な境遇に打ちのめされそうになっても。

 それでも、生きる。

 それが、ラフィーが言ってた『生きとし生けるものの輝きの素晴らしさ』だ。


≪だから、あやつ・・・はわしを救ってくれたんじゃ≫


 この人の中に『弱さ』があることを知り、だから愛おしいと思ってくれる人がいたんだ。


「その人って……」


明智あけち光秀みつひでじゃ≫


 俺の、ご先祖様。


≪光秀はわしを裏切った大罪人。後世にはそのように伝えられているであろう?≫


「はい」


≪逆じゃ、逆。……光秀は、わしを救い出してくれたんじゃ≫


 信長さんの魂に侵食した『魔王』を斬った。

 そして、それを聖女が封印したんだ。


≪……泣いておった≫


「え?」


≪わしの身体を斬る時な。泣いておったよ、光秀は≫


 信長さんが、俺を見つめる。


(ああ、この人は。……俺の中に明智光秀の面影を見ているんだ)


≪すまんかったなぁ。辛い役目を追わせて≫


 声が、震えていた。


(ずっとずっと伝えたかったんだ、この人は。光秀に、ごめんって言いたかったんだ)


 だから永い時を超えて、ここにいる。


 だけど……。


「謝罪は、必要ないと思います」


≪……どうしてそう思う?≫


「光秀さんは確かに辛かったと思います」


 辛かっただろうな。

 尊敬し愛した人を、その手で殺した。


「だけど、自分がやるべきだって思ってた。義務感とかじゃなくて」


 義務なんかじゃない。

 きっと、自分で決めたんだ。


「だって『魔王』を倒すための力を身につけるのって、生半可な覚悟じゃできませんよ」


 体験している俺が言うんだから間違いない。

 これは、義務感だけでできることじゃない。


「自分がやるべきだと思ったから。だから、あなたを殺したんです」


 それは、きっと……。




「憎くても、愛おしかったから」




 憎いけど愛しい。


 ああ、ようやくわかった。


 ──これが、バランス。


 『神』が言ってるバランスって、そういうことなんだ。


 幸せも不幸も、嬉しいも悲しいも、愛しいも憎いも。

 ぜんぶぜんぶ、ひっくるめて。

 それが、人間。


 それが、世界……!




≪そうか≫


「はい」


≪そうか……!≫




 だから、俺もやらなきゃならない。


 『魔王』を倒す。

 たとえ、それでチカちゃんを殺すことになったとしても。




「俺、行きます」


≪そうじゃな。貴様は強い。大丈夫じゃ≫


「はい」


 立ち上がると、信長さんの手が俺の背中に触れた。


「最後に、聞いてもいいですか?」


≪ん?≫


「どうやって、俺の中に住み着いたんですか?」


 信長さんが俺の中にいた理由はわかった。

 明智光秀への贖罪しょくざいのため。

 そのために、俺の中で俺を守ってくれていた。

 だから、俺は『幸運:27』でも死ななかったんだ。


≪わからんな。気がついたら、貴様の中にいた≫


「気がついたら?」


≪ははは。深く考えるな。『神』の気まぐれだろう、どうせ≫


「はあ」


≪細かいことはどうでもいい。……わしは貴様と共に過ごせたこと、幸せであったぞ≫


「俺もです」


 ずっと、俺を守ってくれた。

 助けてくれた。


 そして今。


 俺の背中を押してくれる。



≪行ってこい!≫



「はい!」






 次に目を開けた時、俺の目の前には巨大な黒いかたまり──魔王がいた。

 背後ではリアンが駆け出す気配。



 ──ピコン!


----------


聖剣ハルバッハ


 対魔攻撃:■■■□□

 対物攻撃:■■□□□


 幸運:307


----------



 『聖剣ハルバッハ』の『幸運』が回復している。

 つまり、無事にラフィーを『ロード戻す』ことができたらしい。


(よかった)


<よかったなあ。けど、あるじさんが死んでしまったら元も子もないで>


(わかってる)


<二人が戻ってくるまで、やれるだけやったるんや!>


(おう)


<一人やけど、やれるで! あるじさんなら!>




 たった一人で、『魔王これ』に立ち向かわなければならない。


 世界のために。

 チカちゃんのために。

 リアンのために。




 そして、ラフィーのために──。





「やるぞ、『聖剣ハルバッハ』!」


<よっしゃ! 見せたれ、『光の勇者』の覚悟っちゅうやつを!>


「おう!」

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