第6話「『幸運』は減りすぎると不運で死ぬらしい、マジかよ!?」


「あんた、『魔王』を倒さないと死ぬわよ」




「は?」 




 話している内容と話している本人の表情のギャップに、気が遠くなる。

 俺、死ぬのか?


「あんたの『幸運』、もうなくなりかけてるからね」


「なんだよ、それ。確かに不幸体質だけど。『幸運』がなくなったら死ぬのか?」


「そうよ。『幸運』がゼロに近づけば近づくほど、悪いことが起こる。病気、怪我、交通事故……。道を歩いていて看板が落ちてきて死ぬこともある。生き物っていうのはね、運がいいから生きてるのよ」


 こわ。

 言ってることは正しいんだろうけど、こわいわ。


「でもさ、『幸運』って目には見えないじゃん。なんでなくなりかけてるってわかるんだよ」


「見えるようにできるのよ」


「マジか」


「手を出して」


「おう」


 ラフィーに言われた通り、手を差し出した。

 白くて細い指が、俺の手の甲に触れる。

 すると、俺の手の甲がわずかに光った。


「お?」


 白い光はすぐに消えて、そこには薄っすらと白い文字が残った。

 数字だ。


「27」


 リアンが頭を抱えた。

 え?

 なんか、マズいの?


「ラフィーさん、これギリギリですよ。こいつ、なんで生きてるんですか?」


「不思議ねぇ」


「は? どういうことだよ!? 100・・・の内の27だろ? そんなに悪くないよな?」


 ギリ赤点だけども!


「『幸運』は最小が0、最大が999・・・の数字で表されるの」


「最大が、999・・・?」


「そう」


「……27って、ほとんどゼロじゃん!」


 やばいじゃん!

 そりゃあ、俺って不幸になるはずだよ!


「さっきからそう言ってるじゃない。あんた、なんで生きてるのか不思議なくらいなのよ」


 なんでそんなに呑気なんだよ!


「その俺の『幸運』を、さっきスキルを使って消費させたの、お前だろ!?」


「うん。まさか、こんなに少ないとは思わなくて」


「お前らはいくつなんだ!?」


「私は、今は265ね」


「僕は、178」


「……それって、少ないの?」


 もはや、どれだけあれば十分なのかもわからない。


「ちょっと少ないわね。普通は200を切ると病気になったり事故にあったり、まあまあ不運な目に遭うから、200以下にならないように気をつけてるの」


「だから、さっきは能力を使わなかったんだな?」


「そうよ。減らしすぎると、不運で負けちゃうこともあるしね」


「それって、回復するんだよな?」


「時間が経てば回復するわ。私は『大聖女』様だから、一晩も寝れば最大値まで回復する。リアンは『炎帝』の加護があるから、1週間もあれば元通りね」


「『炎帝』の『加護』?」


「僕に剣を授けてくれた『大精霊』、『炎帝』だ。僕は『炎帝』とは『炎帝の剣エウリリス』を通じて繋がってるから、『幸運』を受け取ることができるんだ」


 サッパリだ。

 頼むから、誰にでも通じると思ってファンタジー用語を連発するのはやめてほしい。

 その、『こんなことも知らないのか』って顔もやめてください。



「問題は、お前だ」



 リアンの指が俺の眉間に突きつけられた。


「お、俺?」


「お前は『神』から直接『幸運』を受け取ることはできないし、『精霊』の『加護』もない。このままじゃ、回復しないってことだ」


「ええ!? マジかよ!?」


 回復できるって言ったじゃん!


「回復する方法はあるのよ。……それが、私たちに協力すること」


「は?」


 それとこれと、どう繋がるんだよ。


「さっきも言ったでしょ? 『魔王』は『幸運』を吸い取って『魔力』に換える」


 生き物から吸い取った『幸運』を『魔力』に変換して、その力を使って『魔物』を生み出すって言ってたな。

 ってことは。


「その逆か!」


「その通りよ。察しがいいわね」


「『魔王』が差し向けてくる『魔物』を倒せば、俺は『幸運』を回復させることができる?」


「できるわ」


「じゃあ、さっきリアンは『魔物』を倒したから『幸運』は回復したのか?」


「した。だいたい、50くらい」


「たったの50?」


 あんなにおっかない『魔物』を倒しても、回復できる『幸運』は、たったの50……。


「で、50回復して170ちょい?」


 リアンも、もともと『幸運』がかなり減ってたってことだ。


「お前に見せるために【MODモッド】を大奮発だいふんぱつしたからな」


「あれで?」


 ちょっと脚力のレベルを上げただけなのに?


「【MODモッド】は、もともと『幸運』の消費が大きいスキルだ」


「プログラムの改変だもんな。確かに、ちょっと強力すぎるスキルだから、そういうもんか」


「その通り。強力なスキルほど『幸運』を消費する」


 ゲームみたいだな。

 『幸運』はMPみたいに消費したり回復したりする。

 ただし、『幸運』を減らしすぎると不運が襲ってくる。

 俺が『幸運』を回復する方法は『魔物』を倒すことだけ。


「……ちなみに、この『幸運:27』のままでいたら?」


「死ぬわね。小石につまずいて転んで頭を打って死ぬ。そういうレベルの不運で死ぬわ」


「やめてくれー!!!!!!」


「今にも天井が落ちてきて、潰れて死んでもおかしくないのよ?」


「やめろって! そんな俺の貴重な『幸運』を消費させるなよ!」


「あの時使った【セーブ】なら、消費したのは20くらいだと思うわよ? 【セーブ】から『ロード』まで、大した時間も経ってなかったし、更新された情報もさして多くなかった」


 つまり、スキル【セーブ】を使って消費する『幸運』の量は、『経過時間』と『更新された情報量』で決まるってことか。

 あのくらいの時間経過と情報量で、20くらいを消費か……。


「って、俺の『幸運』は、元々50くらいだったってことか?」


「そうよ。だから不思議なの。あんた、なんで生きてるの?」


「こっちが聞きたい……」


 なんだって、俺がこんな目に……。


「……『幸運』に依存しない、他の何かからの『加護』を受けているのかもしれないわ」


「他の何か?」


「心当たりは?」


「あるわけないだろ!」


「ふむ。そっちも探らないとね。『魔王』を倒すヒントになるかもしれないわ」


「そうなのか?」


「うん」


 ん、待てよ?

 つまり、俺は二人に協力して『魔物』を退治しなくても、『正体不明の何かの加護』があるから死なないんじゃないか?

 やったー!

 俺、死なないじゃん!


 『幸運:27』だから、これからも不幸体質のままなんだけど。



「さてと。それじゃあ、今後の作戦会議に移りましょう!」


「……俺は協力するとは言ってないぞ」


「「は?」」


 こわ。

 二人とも、曲がりなりにも女子だろ!?

 そんな顔するなよ。

 マジでヤバいからな、その顔!


「お前らに協力しなくても、少なくとも死ぬことはないってわかった。だから、俺は協力しない」


「27のままだと、ずっと不幸よ?」


「『ずっと不幸』か『魔物に踏み潰されて死ぬ』かなら、『ずっと不幸』を選ぶ」


「「……」」


 何も言い返せまい。

 俺が二人に協力する、決定的な理由はないのだ!


 ない、のだ……。



 ──なんで、そんな顔するんだよ。



「仲間、見つけたと思ったのに」


 小さな声だった。

 青色の瞳は、今にも涙が溢れそうなほどに潤んでいる。


「リアンがいるだろ?」


「そうだけど。ずっと二人だもん」


 『だもん?』

 ラフィーの顔をよく見ると、唇が尖っている。

 目を潤ませながら、唇を尖らせて、『だもん』!?


 ……。


 …………。


 落ち着け、俺。

 ほだされちゃだめだ。

 確かに可愛いけど。ちょっとだけ助けてあげたいって思ったけど。

 だからって、危険に身を投じるのはダメだ!


 それに、これ以上はダメだ。

 これ以上、この二人が俺に近づいたら……。




 二人を、俺の不幸・・・・に巻き込んでしまう。




「ラフィーさん」


 リアンの方も、強気そうだった眉を八の字に下げている。


「僕らずっと二人で旅してきたから。女二人だし。……心細かったんだよ」


 ……そりゃあ、そうだろうな。

 女の子二人で世界から世界へ渡り歩きながら『魔王』を探してきたんだもんな。


「何年くらい、旅してるんだ?」


「僕が10歳の時にラフィーさんに助けられてすぐに旅立ったから、6年くらい」


「10歳? そんな子供の頃から?」


「しょうがないよ。『神』がそうしろって言ったんだから」


「……なんでだよ。なんでそんな子供が『神』にやれって言われたからって、命をかけて魔王退治なんかするんだよ」


 おかしいだろ?

 やっぱり、『神』なんか好きになれない。


「私は『大聖女』様よ。世界を救う義務があるわ」


「僕はラフィーさんを助けたいから」


 なんで、子どもが世界を救うなんて義務を背負わされるんだよ。


 俺なんか、不幸体質とはいえ普通の高校生やってただけなのに。

 ……この二人は俺が普通の高校生やってる間も、世界を救うために戦ってきたんだな。



 いや、だめだ。

 俺は危険は嫌だし死にたくないし、二人を俺の不幸に巻き込みたくない。



 しばしの沈黙。

 俺が何も言わないからだろう。

 ラフィーも黙って立ち上がった。


「……仕方ないわ。別に『神』の啓示けいじを受けたわけじゃないもんね」


「そうですね」


「魔王退治、危ないもんね。普通に考えて断るわよね」


「仕方ないです」


明智くん・・・・に協力を頼むのは、筋違いだったわね」


 あ。

 距離を、置かれた。


 ……当たり前だ。

 二人の頼みを聞かない、協力しないって言ってるのは俺なんだから。


「お邪魔しました」


 リアンも立ち上がって、玄関に向かう。

 

 いいんだ。

 これで、いいんだ。





 ……よくないだろ。





「手伝う」



 


「「え?」」


 二人の女の子が、こっちを振り返った。


「協力する」


 思いのほか、絞り出すみたいな声になってしまった。

 もっとカッコいい感じで言えればいいんだろうけど、俺だって断腸だんちょうの思いなんだから仕方ない。


「本当に?」


 ラフィーが言った。

 こいつは性悪聖女だけど、本当は悪いやつじゃない。


「いいのか?」


 リアンが言った。

 悪魔の子だけど、心は人間。

 ラフィーに命を救われたって言ってたし。複雑な事情を経て、なんかいろんな思いがあるんだろう。


「おう」


 ほかっとけないだろ。

 『神』なんていうワケわかんないものに、一方的に世界を背負わされてる女の子を、さ。


 それに……。





「それじゃあ、ここに住まわせてね」





 俺の思考を遮ったのは、ラフィーのかわいらしい声。

 いや。

 かわいらしい、じゃない。

 わざとらしい、だ。


「は?」


「ありがと、ユーキ!」


 キャピッ。


 じゃねぇよ!

 さっきまでのしおらしい態度は、どこに行ったんだよ!?






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