第5話「『異世界』ってやつは、本当に存在するらしい」


「まずは、この世界の成り立ちから説明しなきゃね」


「世界の成り立ち?」


「見えているものが全てじゃないってこと」


 リアンが電気を消した。

 カーテンを閉めたままだった室内が暗くなる。


 ラフィーが、人差し指を立てた。


 その指先から、ポツポツと光があふれ出す。

 赤や緑、青、黄……色とりどりの光の粒が、俺の部屋に広がっていった。まるでプラネタリウムだ。


「この世界には終わりがない。どこまでも世界が続いている」


「地球以外にも、人が住んでいる星があるってことか?」


「違う。この世界と他の世界は、続いているけど違う世界」


「よくわからん」


「分からなくてもいいわ。他にもたくさんの世界が存在していて、それぞれの法則で存在している。それらは繋がってはいるけれど、本来は干渉かんしょうし合わない世界だってこと」


「うーん。……わかった」


 わからんけど、それじゃあ話が続かない。

 無理やり納得するしかない。

 『異世界』ってやつは、本当に存在するってことを。


「そして、これら全ての世界を作ったのが『神』よ」


 一際大きな白い光が、天井近くに輝いている。

 ラフィーがそれを指差して言った。


「『神』は創造主でしかなく、それぞれの世界に干渉することはしない。……でも、時に干渉しなければならない時がある」


「干渉しなければならない時?」


「『バランス』が崩れた時よ」


「『バランス』……。スキルの説明の時にも言ってたよな」


「そう。世界は『バランス』で成り立っているの」


 ラフィーが指を振ると、光の粒が集まって天秤の形になった。

 彼女の指を中心に、二つの皿が揺れている。


「良いこと、悪いこと。楽しいこと、苦しいこと。幸せなこと、不幸せなこと。全ては均等になる」


「全て?」


「そう。一人一人の人生においても。世界全体においても」


「俺、ずっと不幸だけど」


 15年間、いいことなんか一つもなかった。


「運も悪いし」


 道を歩けば犬のふんを踏み、カラスにふんをかけられ。

 電車に乗れば遅延、遅延、遅延。

 カードゲームは常にノーマルカードしか引けない。


「本当は帳尻ちょうじりが合うようになってるの」


「帳尻?」


「悪いことの後には良いこと、良いことの後には悪いこと。そうやってバランスがとられるはずなのよ」


「じゃあ、なんで俺はずっと不幸なわけ?」


「『バランス』が崩れてるからよ」


「だから、それはなんで?」


「要因は色々と考えられるけど、あんたの場合はハッキリしてるわ。『魔王』のせいよ」


「『魔王』?」


「アレだ」


 リアンが見上げた先に、黒くて禍々まがまがしい光を放つ粒があった。

 黒い光を吐き出しながら移動して、いくつかの光を飲み込んでしまった


「邪悪なるものの王、大いなる災いをもたらすモノ──『魔王』。いろんな世界でいろんな呼び方をされている存在。これは『神』が創造した『バランス』の外に在る」


 リアンの赤い瞳が、黒い光の粒を睨みつけている。


「『魔王』は生きとし生けるものから『幸運』を吸い取って『魔力』にえる。そして『魔力』で生み出した『魔物』を使って、また『幸運』を集める。そうやって、世界を飲み込んでいくのよ」


 ラフィーの説明通りだとすれば、俺は『魔王』に『幸運』を吸われたから、こんなに不幸だということになる。

 だとしても、だ。


「わかんないな。だって、他にも理不尽に不幸な人はいっぱいいるだろう?」


「いるわね。他の生き物に『幸運』を吸われてしまうこともあるのよ。ただし、これは『神』が想定した『バランス』の内よ」


「えー。神様って、けっこう冷たいな。世界全体のバランスがよければ、一人一人のバランスは多少崩れても気にしないってことだろう?」


「ま、そういうことね。だとしても、その生き物には『次の生』で帳尻合わせが行われるわ」


「生まれ変わったら、幸せになれるってことか?」


「そういうこと」


「うーん。それでも理不尽だな。俺は、その『神』ってのは好きになれない」


「好き嫌いの問題じゃないわ」


「まあ、そうだけど」


 俺は、好きにはなれそうにない。

 その『神』ってのも『バランス』って考え方も。


「とにかく、私たちは『バランス』を崩してしまう『魔王』を倒すか封印しなきゃならない」


「そのために来たってことか」


「そうよ」


「でもなんで? 『神』が『魔王』を退治すればいいじゃん。『神』なんだから」


「さっきも言ったけど『神』は世界に干渉しない、というか出来ないのよ。『神』は世界を創造した後は、ただそこに在るだけ。概念みたいなものだから」


「はあ」


 ぜんぜんわからん。

 わからんが、『神』は世界に干渉できない。ってことは理解。


「だから『神』に代わって、その意志を代行する者が必要になる」


「それが『聖女』か」


「そう」


「それも聞きたいんだよ。『大聖女』とか『悪魔の子』ってなんだよ」


「そうね。そっちも説明しなきゃいけないわね」


 ラフィーが次に指差したのは、部屋の端に浮かぶ小さな粒。

 エメラルド色に光る、綺麗な粒だ。


「私とリアンが生まれた世界は、『神』との結びつきが強い世界だった」


「結びつき?」


「『神』の意志を受け取ることができる『聖女』がありふれている世界よ」


「ラフィー以外にも、『聖女』がたくさんいるってことか」


「そう。その中でも、私は膨大な『幸運』を授かって生まれてきた『大聖女』」


「膨大な『幸運』……」


「私には『神』から直接授かったスキルがいくつかあるの。膨大な『幸運』があるからこそ使えるスキルがね」


 さすが『大聖女』

 スキルをいくつも持ってるのか。


「その一つが、【異世界旅行トラベリング】」


「【異世界旅行トラベリング】?」


「世界から世界へ渡る能力よ」


「それで、『魔王』を探して三千里ってことか」


「そう」


「……本当にこの世界にいるのか? 『魔王』」


「いる。間違いない」


 答えたのはリアンだ。


「僕の中の『悪魔の魂』が感じている」


 あのさ……。

 雰囲気まで厨二ちゅうにっぽくするのやめろよ。

 喋ってる内容だけで十分厨二だからさ。


「リアンは『悪魔の子』だからね」


「その、『悪魔の子』ってのは?」


「子宝に恵まれなかった僕の母親が、悪魔と契約して生まれた子。それが僕だ」


 うわぁ。

 思いのほか、重たいやつきちゃった。

 生い立ち複雑系じゃん、こいつ。


「身体は正真正銘、人の両親から生まれた人の子だ。だけど僕のは、……『悪魔』から生まれた」


 身体は人で魂は悪魔、か。

 複雑だなぁ。


「なんで、そんな『悪魔の魂』を持ってるやつが『大聖女』の従者なんだ?」


 水と油みたいな二人じゃん。


「『神』の啓示けいじよ」


「けいじ?」


「『神』がそうしろって言ったの。『悪魔の子と一緒に魔王を封印しろ』って」


「じゃあ、なんか理由があるのか?」


「今のところは不明。リアンは強いから、そもそも従者として不足はないけどね」


「【MODモッド】のスキルで強くなったのか?」


「それだけじゃないけどな。炎の能力は【MODモッド】じゃなくて『炎帝』からもらったものだし。こっちは僕の『幸運』を消費しなくても使える」


 そう言ってリアンが小さく手を振ると、その掌の中で炎が踊った。


「なんか、ほんと、複雑……」


「その辺はまあ、追い追いだな」


「そうね」


 ラフィーが再び指を振ると、光の粒たちがすうっと消えた。


「わかった? 私たちは『魔王』を倒さなきゃならないのよ。世界のために」


「それはわかったけど、なんで俺を巻き込んだんだよ」


「それはまあ、理由はあるけど。それはそれとして」


 置いておかないでほしい。

 その理由を、俺は知りたい。




「『魔王』を倒さないと、あんた死ぬわよ?」




「は?」





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