第23話「『神』をクソ呼ばわり……したっていいじゃないか!」


<そうそう。諦めて逃げなさいな>



 完全にハメられた。

 この数週間、敵は考えなしに魔物を送り込んできていた訳じゃなかった。

 私たちの弱点を探られていたんだわ。



<もうわかってるでしょう? この暗闇の中では、お互いに何もできないのよ?>



 私は一人じゃ何もできない。

 リアンは私のこととなると冷静さを失う。



<逃げて逃げて、さあ逃げて!! 何もできない、自分勝手で無力な大聖女ちゃん!!>



 私のスキルのことも研究されているわ。

 どういう状況なら【回復ヒール】を阻止できるのかを。



(なんて……。冷静に考えたところで私にできることは何もない)


 リアンを置き去りにして、逃げることしかできないんだから。

 もう一度、手探りでリアンを探せばよかったかしら。

 そうして、だんだん冷たくなっていくリアンに縋りつけばいい?

 その方が、ずっと可愛げがあるわよね。


(でも、私にはそんなことできない)


 私は、大聖女だから。

 私には義務があるから。


(たとえリアンを犠牲にすることになったとしても、私だけは生き残らなきゃならない)




「ラフィー!!」


 ついに、暗闇を抜けた。

 そこには、ユーキがいた。


「ユーキ!」


 ──ギュッ。


 走り寄った私を優しく受け止めてくれるユーキ。

 本当の私を知らないから。

 だから優しいだけなのに。


「リアンが……! リアンが!!」



 ユーキの前では、何もかもさらけ出したくなる。



 ──ポロポロ。


 涙があふれた。


「中で、怪我、ひどいのに。【回復ヒール】できなくて! 私、見殺しに……!」


「助けに行こう」


「無理よ! この中では何も見えないし、何も聞こえない。探しようがないのよ!」


「だけど」


「見つけたって、見えなきゃ【回復ヒール】できないし」


 助けられない。


「私たちにできることは、敵の『魔力』が切れてスキルが解除されるのを待つことだけ」


 それしか、できることはない。


「私もユーキも、ここで死ぬわけにはいかないんだから」


 何も、できない。

 私は、あの子を見捨てることしかできない。


 自分勝手で、無力な大聖女。

 それが私……。



「……何言ってんだよ」


 ──ガシッ!


 ユーキの両手が、私の肩を掴んだ。

 痛いくらいの力で。



「やりたくないなら、やらなきゃいい」



 また、そんなこと。



「お前は、どうしたいんだよ。義務とかそんなことは関係ない。お前は、今、どうしたいんだよ!!」



 そんなの。



「俺は大聖女の願いを叶える『光の勇者』だろ」



 黒々とした瞳が、私を見ている。



「お前の、特別だ!」



 何かが私の胸を貫いて。

 モヤが、晴れる。



「言えよ! 今、どうしたいんだ!!!!」



 ……そんなの、決まってるじゃない。





「リアンを、助けたい……!」





 ──キラッ!


 空の向こうで、何かがきらめいたのがわかった。


 あれは、何?


 ──キラッ! キラッ! キラツ!!


 その何かは、数を増やしながらこっちに近づいてくる。

 世界の彼方から、こっちの方へ。


「なんだ!?」


 無数のきらめきは、ついに私のところに届いた。

 温かな白い光に包まれる。


(これは……)


 この感覚には、覚えがある。

 『神』からスキルを授かった時の、あの感覚……!





「あのクソ『野郎』……!!」





 ビクリと、ユーキの肩が揺れた。


「勝手すぎんのよ。今更になってこんなスキル寄越して……! 許さないんだから!」


「ラフィー?」


 いきなりの暴言に、ユーキが驚いてる。

 当たり前よね。

 さっきまでピーピー泣いてたんだから。

 この大聖女様が、らしくない。


「ユーキ!」


「は、はい!」


「やるわよ!」


「何を?」


「馬鹿!」


 なんで驚いてんのに、ちょっと嬉しそうな顔してるのよ。


「リアンを助けて、あのムカつく『傀儡』を叩きのめす!」


「おう!」



 


 * * *





(これはさすがに、死んだな)


 ラフィーさんと二人で約6年間。

 まあまあの修羅場をくぐり抜けてきた。

 自惚うぬぼれなんかじゃなく、僕は強いと思ってた。

 『魔王』が直接送り込んでくる『傀儡くぐつ』にだって、負けないつもりだった。


(ちょっと、平和ボケしてたかも)


 ラフィーさんと明智と三人。

 馬鹿なこと話したり美味しいものを食べたり。

 ちょっとしたハプニングに笑ったり。

 そういう、何気ない日常っていうものに。


(ずっとこうしていたいって、思ったから。だから、バチが当たったんだ)


 こんなはずじゃなかったな。


(僕が『魔王』を倒して、ラフィーさんを救ってあげたかったのに)


 あの日、ラフィーさんが僕を救ってくれたように。

 大聖女なんていう胸くそ悪い義務に縛られるラフィーさんを。


(僕が救い出したかった)


 だけど、こういう結末ってことは……。


(僕の役目じゃなかったってことだ)


 この後は、きっと明智がラフィーさんを助けてくれる。


(僕の役目は、明智のところにラフィーさんを送り届けることだったんだ)


 きっと。



<……あるじ


(なんだい、『炎帝の剣エウリリス』)


<まだ、終わってはいません>


(そうだね)


 僕には、まだやれることがある。


(ラフィーさんの位置、わかる?)


<わかりません>


(だよね。まあ、もうそろそろ外に出た頃かな)


<おそらく>


(それじゃあ、いいかな?)


<……はい>


(……『炎帝の剣エウリリス』、ここまで一緒に戦ってくれてありがとう)


<お供ができて、光栄でした>


(うん)


 あの日以来、解放していない悪魔の力。

 ラフィーさんを叩いたおじさんたちに、どうしても我慢できなかった、あの力を。


(最後の最後だ。『魔力』を解放する)


 近くにヒトがいるときには絶対に使えない力。

 第一、この力を使えば僕のヒトの部分も耐えられない。

 全ての力を解放すれば、ヒトの身体は粉々になってしまうだろう。

 だけど、今なら。


(さよなら、ラフィーさん)





「【涙天円環クライシス・レイ】!」





 聞こえないはずの、声。


「ラフィーさん?」


 その声が聞こえた瞬間、天から無数の光が降り注いだ。


 ──ドォッ!!!! ザーッ!!!!


 白い光は雨のようでもあり、滝のようでもあり。

 涙のようでもあり。


 全ての暗闇が、その光にすすがれていく。


(これは、ラフィーさんのスキル?)


 でも、どうして?


(だって、ラフィーさんはヒトも魔物も、攻撃できないはずなのに)


 この光は『魔力』を攻撃している。

 だから、敵のスキルが消えていくんだ。

 ついでといわんばかりに、僕の『魔力』も減っているのが、その証拠。


 聖女だから。

 誰も傷つけることはできない。たとえそれが魔物であっても。

 いつだって、自らが傷つくことをいとわずにヒトを守る。

 傷つけられても、ただひたすらに我慢し続ける。

 それが、聖女。




「ひどい顔ね」


 いつの間にか、目の前にラフィーさんがいた。


「すみません」


「なんで謝ってるの」


「僕が、弱くて」


「馬鹿。あんたが弱いなんて、誰が言ったのよ」


「だって、僕……」


「あんたは弱くなんかない」


 ラフィーさんの唇が、僕の頬に触れた。


「【回復ヒール】」


 千切れていた腕と足が戻っていく。


「私たち、ちょっと馬鹿だったのよ」


「馬鹿?」


「そう。私も、あんたも」


 ラフィーさんの青い瞳が、前を見た。

 そこには、俺たちを背に庇いながら『聖剣ハルバッハ』を構えて立つ『光の勇者』。


「義務なんか……運命なんか、クソ喰らえよ」


 ──ギュッ。


 ラフィーさんの両腕が、僕を抱きしめる。

 あの日と同じ。

 温かくて、優しい腕。





「私は、私の願いのために。そのために戦うわ」

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