第22話「真っ暗な世界、一人じゃ何もできない大聖女様」


 ──真っ暗な、世界だった。


「リアン?」


「はい。僕から離れないでくださいね」


「うん」


 リアンがギュッと手を握る。

 でも、不安は消えない。

 なぜなら、声は聞こえるし握った手の感触もあるのに、姿が全く見えないから。

 

(自分の姿すら見ることができないだなんて)


 本当の、真っ暗闇だわ。


「これは、敵のスキルでしょうか」


「そうでしょうね」


「【並行世界パラレルワールド】って言ってましたね」


「空間を作って閉じ込めるスキルかしら……」


「それだと、バランスが悪すぎます」


 あまりにも強すぎるスキルは、あり得ない。

 何か、仕掛けがあるはず。


「そうね……」


 真っ暗な世界。

 音もなく静寂に包まれている。


「……足元の感触は、アスファルトです」


「つまり?」


「僕らは移動してません。ここは、アパートの前です」


「それじゃあ、これは感覚を支配するスキルかもね」


「はい。本当はアパートの周りの風景が見えているのに、真っ暗闇にしか見えないように操作されているのかもしれません」


「じゃあ、敵も居るのね。ここに」


「おそらく」


「やれる?」


「位置さえわかれば」


「わかった。【聖なる鎖ホーリー・チェーン】!」


 【聖なる鎖ホーリー・チェーン】は、『魔力』に引き寄せられる。

 そして『魔力』に支配される物体を、その場に縛り付けるスキル。


 ──ジャラララララララ!


 ──ピンッ!


 しばらくして、鎖の動きが止まった。

 ピンと張った鎖のその先に、敵がいる。

 白い光を放つ鎖は、闇の中でもはっきり見ることができるみたい。

 一本だと敵を拘束する力は弱いけど、道標みちしるべとしては十分ね。

 そして、この鎖の先以外には敵がいないことの証明でもある。


「一人で大丈夫ですか?」


「誰に言ってるのよ」


「すみません」


 心配そうなリアンの声に、わざと皮肉を言う。

 そうすれば、彼女が困ったように笑ったのがわかった。

 この場に私一人が残ることは得策じゃない。


 敵の狙いは私なのだから。


 けれど、敵を倒さなければこの状況を打破することはできない。

 敵を倒すためには、私と手を繋いだままでは戦えないのだから仕方がない。

 戦闘においては、私は足手まといでしかないわ。


「とりあえず敵は1体のようだし」


 おそらく、この空間を作っているスキルを発動している敵は、攻撃はできない。

 それだとバランスが悪すぎから。

 それに【聖なる鎖ホーリー・チェーン】さえ見えれば、リアンが私を見失うこともない。


「頼むわよ」


「はい」


 私は安全。

 無言の内に二人で合意して、二手に分かれることが決まった。


「『炎帝の剣エウリリス』」


 その声が聞こえると同時に、リアンの気配が熱の名残を残して消えてしまった。


「頼むわよ」


 周囲は、再び静寂に包まれた。

 何も聞こえない。

 聴覚もコントロールされているのかもしれない。




 一人。

 今の私はたった一人、ただ立ち尽くすことしかできない。

 私はリアンを危険にさらして。

 自分だけ安全な場所にいる。


(何やってるんだろ、私)


 無力なくせに。

 一人じゃ何もできないくせに。

 今だって、怖くて怖くて仕方がないのに。

 強がって、悪ぶって。




『やりたくなきゃ、やらなくていい。そんなクソみたいな運命、否定したっていいじゃないか』




 ユーキの言う通りだわ。

 やりたくなきゃ、やらなきゃいいのに。

 それでも私が『大聖女』をやってるのは、私が臆病だから。

 『大聖女』じゃない私には価値がないから。

 『大聖女』じゃない私なんか、誰も必要としてくれないから。


 だからリアンを巻き込んで、『魔王退治こんなこと』やってる。


(私って、ほんと性悪のクズだわ)


 私の自分勝手にリアンを巻き込んで。

 本当は、さっさとリアンを解放してあげるべきなのに。


 私には、それができない。

 一人になるのが、怖いから。




「ラフィーさん!」


 近づいてくる気配。

 リアンだわ。

 やはり、姿は見えない。


(もう、敵を倒したの?)


「無事なの?」


「はい」


「敵は?」


「倒しましたよ」


 違和感。

 声は確かにリアンだけど。


「どうやって倒したの?」


「斬りました」


 でも、【聖なる鎖ホーリー・チェーン】は切れていない。

 つまり。

 敵は倒せていない……!


(リアンじゃない!)



<気づくのが遅いわよぉ、大聖女ちゃん>



 一気に闇が消えた。

 街灯に照らされたアパートの前。

 目の前に立っているのはリアンじゃなかった。

 ピンク色の姿をした、不気味な悪魔。


「『傀儡』くぐつ!?」


 私が認識した瞬間、私と敵を結んでいた【聖なる鎖ホーリー・チェーン】が弾け飛んだ。

 不気味な4本の鎌が、私に狙いを定めて振り上げられる。


「ラフィーさん!」


 右の方から聞こえる、本物の声。


「来ちゃダメ!」


 このタイミングで見えるようにした。

 その狙いは!


「ラフィーさん!!」


 ──ギンッ! ギンッ! ザシュッ! ザシュッ!!!


 私と『傀儡くぐつ』の間に割り込んだリアン。

 『炎帝の剣エウリリス』で防げたのは、最初の二撃だけだった。

 残りの二撃が、リアンの右腕を、右足を刈り取っていく。


「リアン!」


 敵の狙いは最初から、これだった。

 私とリアンを引き離して。

 リアンに確実にダメージを入れるために、わざと私を攻撃してリアンに割り込ませた。


「【回復ヒール】を!」


 倒れそうになるリアンの体を支えようと伸ばした腕は、間に合わなかった。



<無駄無駄ぁ!!>



 『傀儡』の声と同時に、再び周囲が闇に包まれる。


(見えない!)


 リアンがどこにいるのかわからなくなってしまった。

 今、攻撃されたら……!



(……落ち着くのよ)



 敵がこの暗闇の中でも攻撃できるなら。

 私もリアンも、とっくに斬られているはず。


(視覚と聴覚のコントロールは、この空間にいる全てのモノに適応されるんだわ)


 だから、この状況で攻撃されることは考えにくい。

 攻撃するときには、スキルを解除しなきゃならないんだわ。


「リアン!」


 すぐ近くに倒れたはずだから。

 手探りでリアンを探す。

 暗闇の中を移動するのは危険だけど、そんなこと言っていられない。


「リアン!」


 早く【回復ヒール】しなきゃ。

 リアンが死んでしまう。


 ──ヌルっ。


 温いものが、私の指先に触れた。

 この匂いは……。


「血!?」


 リアンの血だ。

 血の匂いと感触を頼りに、さらに手探りで移動する。


(いた!)


「リアン!」


「ラフィーさん」


 体が触れ合うと、声が聞こえるようになった。

 直接振動が伝わるからかしら。


「今、治すわ」


「ダメです。【回復ヒール】はできない。わかってるでしょう?」


 私の【回復ヒール】の絶対条件。

 頬への口づけと、対象の状態を視認していること。

 この状況では、リアンの傷の状態を見ることができない。


「だけど」


「逃げてください」


「できないわよ!」


「大丈夫です。このスキルの中なら、敵もラフィーさんのことが見えていないし聞こえない」


 リアンも、私と同じ推測を立てているんだわ。


「そうだけど」


「効果範囲は必ず限られています。真っ直ぐに進めば、外に出られるはずです」


 リアンの言う通りだわ。

 真っ直ぐに進めば、外に出られる。その可能性は高い。


 だけど。


「あなたをこのまま置いておけない。死んでしまうわ」


「僕が死んでも、あなたさえ無事ならいいんです。」


「よくないわよ!」


 いいわけないじゃない。


「ラフィーさん」


「ダメよ」


「今まで、ありがとうございました」


「ダメ!」


 ──ドンッ!


 リアンの残された左腕が、私の体を押した。

 こんな乱暴にされたのは初めてで。


 ゴロゴロと転がった私の身体。

 また何も見えない、何も聞こえない、真っ暗闇に放り出された。





<かわいそうねぇ。一人じゃ何もできない、大聖女ちゃん>





 女の嘲笑う声が、ドロリと響いた。

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