第24話「自分の願いのために戦え、蒼炎の勇者!」


「痛みは?」


「ありません」


 青い瞳が、僕の顔をのぞき込む。


「でも、どうして」


 さっきのスキルは、どういうことなんだろうか。

 何者なにものも攻撃することはできない。それが聖女だ。

 あのスキルは、明らかにそのことわりから外れている。


「【涙天円環クライシス・レイ】は、大聖女なんか・・・のスキルじゃないわよ」


 どういうことだろうか。

 首をかしげる僕に、ラフィーさんが微笑んだ。


「『聖剣ハルバッハ』と同じ。私の願いを叶えるための力よ」


「それは……」


「私の願いは、あの日からずっと変わらないわ」


 あの日……。

 僕の命を救ってくれた、あの日?


「私は、結局のところ世界なんかどうでもいいのよ」


 優しい声が、僕の耳朶じだに触れる。


「私が大事なのはあなたよ。あなたのために、私は魔王を倒すわ」



 ──パチンッ。



 胸の奥で何かがはじけて、眠っていた記憶がよみがえる。





『悪魔の子よ、魔王を倒してその汚名おめおそそぐのだ』


 あれは、旅立ちの朝のことだ。

 僕とラフィーさんを見送る、大勢の大人たち。

 その誰もが、憎しみのこもった瞳で僕をにらみつけていた。


『貴様の母は罪を犯した。その罪は、貴様の罪だ』


 罪?

 石女うまずめだなんだと母を責めたてて、追い詰めたのは誰だ。

 悪魔と契約して子を産んだのは、本当に母だけの罪なのか?


『罪のない神官を殺した』


 罪のない?

 ラフィーさんを傷つけたのに?


 グッと握った僕の手に、ラフィーさんの温かい手が触れた。


『では、このリアンが魔王を倒せば、その罪は消えますか?』


 ラフィーさんが問いかけると、大人たちが顔をしかめた。


『リアンを悪魔の子と呼んでしいたげたことを、謝罪してくれますか?』


『……それが「神」のご意志ならば』


言質げんちはとりましたよ』


 ラフィーさんがくるりときびすを返したので、僕もそれに従った。


『絶対に倒すわよ。魔王を』


 い瞳が燃えているようだった。

 ただ静かに、く燃えていた。


『はい』


 その時の僕は、ただ返事をした。

 魔王を倒す。

 それが、ラフィーさんのために、自分に与えられた役割だとわかっていたから。

 それだけのことだと思っていたから。





 どうして忘れていたんだろう。

 あの、蒼い炎を。


 ラフィーさんは、僕のために決意してくれたんだ。

 僕の汚名おめいそそぐ。そのために魔王を倒すって。


 初めから、ずっとそうだったんだ。


 僕はラフィーさんのために──。

 ラフィーさんは僕のために──。






「ラフィーさん。僕……」


「うん」


「ごめんなさい」


「私も、ごめん」


 ああ、この人はやっぱり。

 僕の全てだ。


 どうして僕は、この人を一人残して死のうなんて思えたんだろうか。


「もう大丈夫です」


「本当に?」


「はい」




『私は、私の願いのために。そのために戦うわ』




 ラフィーさんは、ついに見つけたんだ。

 大聖女なんていうクソみたいな運命のためじゃない。

 自分のくべき道を。


 それならば。


「僕だって、思いは同じです」


 ラフィーさんが大きな瞳を見開いて、僕を見つめている。

 驚くことなんかないでしょう?

 だって、僕の思いはずっと変わらない。


「僕の願いのために魔王を倒します」



 ラフィーさんを、このクソみたいな運命から解放する。

 そのために、魔王を倒す!



 その瞬間だった。

 右手に握ったままだった『炎帝の剣エウリリス』が、真っ赤に燃え上がった。




<主よ……>


 聞き慣れた声が僕の頭の中にこだまする。


<時が来ました。あなたが、私の真の主となる時が>


(真の主?)


<自らの願いを持つモノとなった。私の主よ>


(自らの、願い?)


<誰のためでもない、自らの願いのために戦うモノ。それこそが、真の勇者>


(違う。僕は勇者なんかじゃない)


<いいえ。あなたは勇者。炎帝より授かりし『炎帝の剣エウリリス』の主、蒼炎そうえんの勇者>



 ──ボゥ!


 『炎帝の剣エウリリス』の炎が、さらに高く燃え上がる。



<お受け取りください。私の、真の力を……!>


 燃え上がった炎は、僕の右手を包んでやがて消えた。

 違う。

 消えたんじゃない。

 今もなお燃え続けている。

 『炎帝の剣エウリリス』の中で。



 蒼い炎が、燃えている。



「『炎帝の剣エウリリス』が……」


 ラフィーさんが驚くのも無理はない。

 『炎帝の剣エウリリス』の姿が、すっかり変わってしまった。


 赤から蒼へ。

 炎炎えんえんとした姿から静謐せいひつな姿へ──。



<さあ、主よ。その力を、お示しください>





「……明智、下がれ」


「おう」


「ラフィーさんを、頼むぞ」


「わかった」


 ラフィーさんは新しいスキルを使ったし、【回復ヒール】も使った。

 ラフィーさんと『聖剣ハルバッハ』の『幸運』はほぼゼロだろう。

 それに、明智は井野口さんを背負ったままだ。気絶しているらしい。


 だから。


「僕が、片をつける」




<やられちゃったわね>


 ネットリした女の声。

 こっちの『傀儡くぐつ』の姿は、相変わらず見えない。

 見えるのは、ピンク色の不気味な姿をした『傀儡くぐつ』だけだ。


「明智、そっちでは何があった」


未来紅琉みらくるの大将がピンク色の『傀儡くぐつ』にされて。って、倒したと思ったんだけどな」


 そういうことか。

 僕を斬った『傀儡くぐつ』と、明智が倒した『傀儡くぐつ』が似た姿をしている。

 ということは。


「ここにきている『傀儡くぐつ』は3体。1体が女の『傀儡くぐつ』で、それが本命だ」


「本命?」


「あとの2体は、わざとザコに設定してあるんだ。女の『傀儡くぐつ』がコントロールしやすいように」


「なるほど?」


 明智が首を傾げているが、じっくり説明している暇はない。


<うーん。ネタが割れちゃったら、興醒きょうざめよねぇ>


「姿を見せろ!」


<い・や>


「いいのか? 僕らを殺せないぞ」


<どうして?>


「お前のスキルは、指定した空間の中にいるモノの感覚をコントロールする。確かに強力なスキルだが、それだけだ」


<ふぅん>


「お前一人じゃ、僕らを殺せない。そうだろ?」


<ふふふふ。可愛いのね、そうやって私を弱く見せたところで、あなたが強くなるわけじゃないのよ?>


 当たりだ。

 だから、こっちをあおってきている。

 逆上させて、冷静さをいたところを感覚コントロールでたたみ掛ける。

 そこを、他の『傀儡くぐつ』を使って攻撃する。

 それが、この『傀儡』のやり方だ。


<まあでも、今日のところはここまでね>


「逃げるのか!?」


<んー。今日の目的は達成したしぃ?>


「目的?」


<教えてあーげなーい>


 ──ザッ。


 ここまで沈黙していたピンク色の『傀儡くぐつ』が僕らの前に立ちはだかった。


<あとは、その子と遊んでちょうだい。また会いましょ>


 4本の鎌が頭をもたげる。


<じゃあねぇん>


 『傀儡』の気配が消えた。


(目的?)


「……まあいい。まずは、このザコを片付ける」


(『炎帝の剣エウリリス』)


<はい>


(一発で仕留める)


<御心のままに>



 身体の中心に集中すると、そこにくすぶっていた火種がボゥと燃え上がった。

 熱が僕の身体を駆け巡って、右手のてのひらに集まっていく。

 集まった熱は、蒼い炎に姿を変えてほとばしる。





「【蒼炎煌々ミゼリット・ウォレイヴ】」





 解き放たれた蒼い炎が、全ての悪意を焼き尽くした。






 蒼。

 それは、僕にとって特別な色。

 聖なるもの。優しさと強さの象徴。

 

 ラフィーさん僕の全て


 僕の剣は、あなたのために。

 それが、僕の願い──。

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