第7話 劣化コピー


「あんたラッキーよね」

「え?」


 俺が立ち止まると、不知火はちょっと嫌みな顔で唇を尖らせる。


「だってこの業界最強の火炎使い、不知火優華様の能力をコピーしたんだから、最強に決まっているじゃない」


 そうか、不知火の能力をコピーしたって事は、少なくともさっきと同じ事が俺にもできるってわけだよな?


 あの人気ナンバーワン歌手で、正直俺も憧れていた不知火優華。彼女とキスをしただけじゃなくて能力も同じ。


 なんだか凄くいい気分だ。

 俺の中で、漫画脳が軽快に働きだす。


 ていうか、意外とこれをきっかけに不知火と仲良くなって、今後の展開ではもしかするともしかしちゃうんじゃないか?


 俺は、ヒロインがアイドルという設定のバトル漫画をいくつか思いだしながら、それが現実味を帯びて来たと自覚し始める。


 ハプニングからトップ歌手とキス。

 眠れる力の覚醒。

 異能集団への加入。

 まるで神様が俺を主人公にした原稿を書いているみたいじゃないか。


 そう考えると、今まで『世界は不平等だ』と達観した人生を送って来たのが全て、今日のための伏線に思えて来た。


「良人君。新しい金属も配置したから、中へ入ってくれるかい?」

「あ、はい」


 音威さんに呼ばれるまま、白い小屋へと一歩進むごとに輝かしい未来が見える。


 きっと俺はこれから、史上最強の異能力主人公として悪党たちを次々倒して、日本を救って、そんな姿に不知火優華が俺に恋をして、めでたくゴールイン。


 見えた! 見えて来たぞ! 俺の人生のゴールデンロードが!


 興奮を抑えきれないまま、開きっぱなしのドアから小屋の中に入る。ドアのすぐ近くのボタンを押すと、ドアがスライド、鋭い金属音と共にロックが完了される。


 スピーカーの位置は分からないけど、白い壁面と金属棒しかない小屋の中に、音威さんの声が響く。


『じゃあ良人君、思い切りやってくれるかい?』

「はい!」


 一五年間たまり続けた冷めた劣等感と、未来へ昂る熱い期待がないまぜになりながら、俺は体の内側から湧き上がるパワーに酔いしれる。


 ここから、俺の物語が始まるんだ。


 俺はセカンド、超能力ヒーロー、新妻良人なんだぁあああああああああ!


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 感情をこめて、必死に手から炎が出るのをイメージする。

 不知火とぶつかった時のあの感覚。力を炎に変換して手から出す。あの感覚を思い出せ!

 俺は一番端っこの、アルミニウムに向かって両手を突き出した。


「はあああああああああああああああああああああああああ!」


 両手から、火炎放射器のように炎が噴き出した。

 すげぇ!

 本当に出た!

 カッコイイ!


 しかも今更だけど、炎使いとかばりばり主人公向きじゃないか!


 俺の目の前で、アルミの塊が徐々に溶けて来た。


 さあて、次は銅だ。


 俺は両手の炎の照準を、隣の茶色い金属塊へと変更。銅は炎に包まれる。


 ようし、今度は鉄を……を……を?


 銅はまだ溶けない。


 ん? なんか時間かかっているな?


 まだ慣れないのかな?


「でりゃあああああああああああああ!」


 さらに掛け声を出して勢いをつけてみるけど、銅は一向に溶ける様子が無い。

 ここでアナウンス。


『弟ちゃん、ちょっと戻って来てくれる?』

「え? おう」


 俺は炎を止めると、小屋から出て姉ちゃんのもとに駆け寄った。


「どうしたんだよ姉ちゃん? ん?」


 何故か姉ちゃんはバツの悪そうな顔をして、不知火は憐れむような目で俺を見て、音威さんはアテが外れたような顔で画面のデータを見ていた。


 ……なんだか雲行きが怪しいぞ。


「あ、あのね弟ちゃん、落ち着いて聞いて欲しいんだけど」

「あんた、あたしの能力コピーしておきながら……本当に底なしの肩すかし野郎ね……」

「?」


 俺が首を傾げると、音威さんが顔を上げる。


「結論から言うと、最高温度は八〇〇度。不知火さんの三分の一程度だね」

「八〇〇度!? って、それタバコの火と同じじゃん!」


 両手を頬にあててショックを受ける俺に、音威さんはメガネの位置を直しながら説明。


「どうやら良人君がコピーできるのは能力の特性だけであって威力、出力はあくまでも良人君の実力に準ずるようだね」

「それってつまり……劣化コピー?」


 ガーン。と、俺はハンマーで頭を砕かれた気分だった。


 実は、バトル漫画におけるコピーキャラは完全に二つのグループに分かれる。

 一つは最強キャラ。敵ならラスボスで味方ならチートキャラ。

 それとは別にもう一つ……噛ませ犬キャラというグループがある。


 登場時こそ、あらゆる異能力を持つ最強キャラとして描かれるが、いざ戦えば器用貧乏だったり、本来の使い手には劣るとか、本来の使い手だからこそ知っている弱点を突かれて負けたりする。


 たいていは『●●能力を使いこなせるのは主人公だけ』と描写したり、主人公に『他人の真似事で俺を倒せると思うなよ』と言わせるためのガジェットに過ぎない。


 目の前の主人公ロードが閉ざされる。

 俺の物語がエンドロールを迎える。


 足の裏がふわふわとして安定感を失い、奈落の底に落ちる感覚に襲われる。


 器用貧乏……いや、まだ俺は一つしか能力をコピーできないから、実質ただの低レベル火炎能力者。


 ソレって主人公どころか……雑魚キャラまるだしの設定じゃねーか!


 RPGならレベル一火炎魔法しか使えない雑魚魔道師Aだ。


「だ、大丈夫よ弟ちゃん。頑張って特訓して能力上げればいいじゃない! 今日始めて使うんだからこんなもんよ!」


 姉ちゃんが、凍りついている俺を必死にフォローする。


「不知火ちゃんだって最初から凄かったわけじゃないでしょ?」

「え? あたし目覚めた日には結構使えましたよ?」

「きゅ~」


 俺の視界が暗転。


 無重力感の後に、思い切り後頭部に痛みが走る。

 姉ちゃんが悲鳴がだんだん遠ざかる。

 あー……本当の本当に、何十回でも言ってやる。


 世界は不平等だ。

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