第28話 大戦相手は初恋の相手とファーストキスの相手


「心愛!」


 慌てて体を起こすと、心愛が炎の嵐に吞みこまれる光景が展開されていた。


 心愛の痛々しい悲鳴で、俺は炎の中に飛びこんだ。


 幸い、俺が飛びこむのに合わせて炎はすぐに途切れた。


 倒れようとする心愛を抱きとめて、俺は声を荒げる。


「だいじょうぶか心愛! 心愛! 目を開けろ!」


 防護力は、攻撃の影響を軽減するだけで、完全に無効化するわけじゃない。心愛の綺麗な肌に火傷のあとはない。


 でも、心愛は熱湯に落とされたような痛みとショックは受けただろうし、急激な力の消耗で顔が苦しそうだ。


 俺の中で力無く体重を預ける心愛。そのまぶたが、ゆっくりと開いて俺を見上げてくれる。


「あ、良人くん無事だったんですね。よかったです」

「良かったじゃないだろ! 何危険なことしてんだよ!」

「だって、いったじゃないですか。防御だけは任せてくださいねって。弱い水属性ですけど、良人くんは、わたしが守りますよ」


 心愛は温かい声で、俺に慈愛の笑みをみせてくれた。


 俺は自分が情けなくて、頭に鈍痛が走った。


 俺らの体は防護力に守られている。


 攻撃を受けても痛いだけで、命の別状は無い。


 今、心愛が力無く俺に身を任せてくれるのも、今ので力を消耗し過ぎて半喪失状態になってしまったからだろう。


 心愛は、命がけで俺を守ろうとしたわけじゃない。


 でも……だけどだぞ!


 俺らは先月までただの中学生だったんだ。


 パラシュートがあれば飛行機から飛び降りれるか?

 鎖で繋がれていれば目の前にライオンがいても平気か?

 防弾ガラス越しなら銃で撃たれても平気か?

 違う。


 いくら命の保証があっても、あんな暴力的な炎に身を投げ出すなんて、とんでもなく怖いに決まっている。


 なのに心愛は、俺を守るために身を呈してくれた。


 嬉しさと情けなさがぐちゃまぜになって、俺は涙腺が熱くなるのを感じた。


「新妻さん、貴方に棄権を要請します」


 顔を上げると、八月朔日が今までと変わらない、至って冷静沈着な顔で俺らを見ている。


「残念ながら、水属性では我々には勝てません。我々と貴方がたとでは、力の差がありすぎます。貴方がたではどれほど抗おうが無駄です。無意味に無茶を続ける無謀に価値はありません、それは……無価値です」


 八月朔日の言葉で、俺は自分の頭が急激に冷却されていくのを感じた。どう反応すればいいのか解らない間抜けな俺に、八月朔日は続けた。


「なによりも、心愛さんも貴方が苦しむのを望まないはずです」

「ッッ」


 俺は腕の中の心愛に視線を落とす。


 心愛はうつろな瞳で俺を見上げたまま、俺と視線が合うと俺を安心させるためだろう。苦しさを感じさせない笑顔を作ってくれる。


「………………」


 俺は冷めきった心で思う。


 悔しいとか、まして仇を取ってやるなんて熱い思いない。


 今、俺の心を満たしているのは紛れも無い『劣等感』だ。


 俺ってなんなんだろう……


 姉弟妹唯一のノーマルで。

 ずっと姉ちゃんや妹の幼と比較されてきて。

 セカンドになれたと思ったらぬか喜びもいいところの劣化コピー能力で。

 練習してもちっとも上達しなくって。

 成長したのは役に立たない無駄な器用さだけ。

 挙句の果てに幼馴染の、それも女の子に守ってもらって。

 初恋の人に人生で初めてかけてもらった言葉が『棄権を要請します』って……

 八月朔日の言葉が引き金になって、今まで人生で辛かったことが土石流のように押し寄せて止まらない。


 情けない……情けなさすぎる……なんて情けない……救いようのない情けなさだ。

何もできず……何にも成せず……ただ社会の脇役として底辺を汚すだけ。


 漫画やアニメの主人公達を思い出す。

 歴史上の偉人達を思い出す。

 テレビの有名人たちを思い出す。


 そして、八月朔日の隣に立つトップ歌手、不知火優華を眺める。


 けっきょく……これが俺の人生……どんなに頑張っても、けっして主役にはなれない。


 きっと、俺は神様に愛されていない……この世界に原作者がいるなら、きっと俺はスーパーヒロイン不知火優華や、八月朔日真理亜の凄さを引き立たせるために生み出された脇役なんだろう。


 もういいや……あきらめよう……


 せっかくSGTに入ったんだから、どうせなら上に、とかやめよう。


 そうだよ。


 よく考えてみれば俺って公務員で十分人生勝ち組じゃん。


 このまま平隊員でもいいからSGTとしてコツコツ働けば、一生安定した生活を送れる。


 今なら俺の事を好きだと言ってくれる、こんな可愛いお嫁さんまでついてくるんだ。


 主人公なんかならなくていいじゃないか。


 心愛を抱き締める腕に力を込める。俺はあらためて心愛の可愛らしい顔をみつめた。


 下を向いた俺の姿をどう捉えたのか、八月朔日さんは言う。

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