第29話 決着


「いい判断ですわ。ですが勘違いしないで下さい新妻さん。ワタクシは貴方がたをバカにしているわけではありません。誰もがオリンピック選手になれるわけではないように、人にはやれる事とやれない事があります。ですがワタクシ達に勝つ。これは貴方にはできないことです。ならできない事にしがみつくよりも、貴方にできることへ向かうべきです」


 ああ、その通りだ。

 流石は八月朔日だ。いい事を言う。

 猫を被った、男受けを狙った他の女子達とは違う。

 現実に目をつぶって、耳当たりのいい理想論をふりかざしていい子ちゃんを演じない。


 例え空気を読めていなくても、相手を傷つけても、現実を直視して事実を言う。


 孤高のお姫様は今日も魅力いっぱいに、リアリストとしての姿勢を崩さない。


 『例え負けると解っていても最後まで頑張る事に意味があるのさ』


 なんていう言葉は聞きたくない。


 棄権しよう。そう決意してまた心愛を見下ろすと、彼女の言葉を思い出す。


 『炎を使える良人くんなら勝てるって、信じていますから」


「…………」


 試合前、心愛は言った。


 自分は戦闘向きではない水属性で、攻撃の威力なんてたかがしれていると。


 きっと、心愛は自分の超能力に自信がなかったんだと思う。


 それでも心愛は、せめて防御だけでもって頑張って、俺をかばってくれた。


 そして俺の力なら勝てるって信じてくれた。


 俺は、口の中で唇を噛んだ。


 中学時代、心愛が学校中から孤立して辛い時に助けてあげられなくて、この試合に勝てるって期待を裏切って、でも俺だけはしっかり心愛に守ってもらって。


 本当の本当に……救いようが無いほど情けない……


 だけどせめて……


「情けない幼馴染でごめんな心愛、でも、少しだけ見ててくれな」


 俺は意識もはっきりとしない心愛を床に寝かせると、立ち上がって不知火と八月朔日に向かって歩き始める。


「不知火、八月朔日。俺は棄権しないから、俺と戦ってくれ!」


 はっきりとした口調で頼んだ。

 不知火が眉根を寄せて口を開ける。


「は? あんた何言ってんの? もうその子、半喪失状態なんでしょ?」

「新妻さん、貴方の事は優華さんから聞きましたが、弱い炎を使えるのですよね? それではワタクシ達に勝つのは不可能だと思うのですが」

「勝つのが目的じゃねぇよ」


 俺は勇気を握りこんだ拳を、グッとかざす。


「俺はさ、幼馴染の心愛の期待に応えてやりたいんだ。俺なら勝てるっていうさ。それも八月朔日、お前が馬鹿にした水属性だけで戦ってやるよ」


 俺は両手に、水の塊を作りだした。

 不知火が叫ぶ。


「ってぇ‼ コピーしたって事はあんた月見里ともキ――」


 そこまで言いかけて言葉を吞みこむ不知火。八月朔日が不審そうに不知火を見る。


「見ていろよ心愛。俺が証明してやるよ。お前の水属性は弱くないってよ!」


 俺が自信たっぷりに言うと、八月朔日が訝しみながら両手に電気をスパークさせ始める。


「あくまで戦うと言うのならお相手させてもらいます。ですが、手加減はしませんわよ」

「心配無用だ。この一週間、基礎ばっかだったけど、ちょっと試してみたいことがあるんだよ」


 不知火は、ちょっと興味ありげに笑う。


「へぇ、試したい事って何よ? もしかしてウォーターカッターとか?」

「いや、あんな極細超高圧の水流、俺の出力じゃ無理だ。でもさ、お前ら二人に、サイエンスフィクションタイムを見せてやれるかもしれない……ぜっ」


 俺は一リットルぐらいの水弾を、二人の足下に放った。


 弾道を見切ったのか、二人は何もしない。


 でも、その顔が一瞬で驚愕に染まる。


 俺の水弾は、ジュッと音を立てて床を溶かしたのだ。


 少量の白煙を前に、二人は息を飲んだ。


「成功だな。あんまり知られていないけど、実は水って硫酸以上の腐食性を持っているんだよ。一切の混じりけがないH2Oの塊、純正水に限るけどな。水道水も自然界の水も、原子レベルで見れば何かしらが溶け込んでいる。心愛の水で床が溶けないって事は、俺ら超能力者の出す水ってのは人間が認識している水、水道水や川の水と同じ水質なんだろう。でも、意図的にH2Oだけを出そうとすればこの通りだ」


 芝居がかった口調で気を引きながら、俺は頭の中でネットサーフィン。知識を論理的に脳内検索する。


「安心しろよ。防護力はあるけど、お前達の肌は傷つけないよう、しっかり念じてやるからな。これでも、イメージ力はあるんだぜ」


 言いながら、俺は手の中に水を溢れさせると、犬の形に変えて見せる。


 水は電気を通す→何故?→○○○が含まれているから→電気を通さないためには?→解。


 よし。


 解を得た俺は犬を消して、水のムチを作りだす。


「じゃあいくぜ二人とも!」


 八月朔日はさっきとは違い、緊張感のある顔で両手を構えた。


「優華さん、まずはワタクシが。喰らいなさい! 最大電力!」


 八月朔日の両手から、雷球がいくつも放たれる。


 俺は水のムチを生き物のように動かして、全て薙ぎ払った。


 八月朔日の顔が、それこそ水に打たれたようになる。


「そんな!?」


 俺は二人に向かって走りだす。まずは距離を詰めよう。


「知っているか? 水に電気が流れるのは電解質を含んでいるからだ。電解質を含まない純正水は、絶縁体だ!」


 水=電気を通す。そう思うは間違っていないけど、なんで通るのかを知らないと足をすくわれる。


「ならあたしが!」


 今度は不知火が、巨大な炎を俺に向かって放ってきた。


 まだ距離があるのに、熱が一瞬で空気を焼いて肌に伝わって来る。


 不知火は勝ち誇った顔で、意気揚々と口角を上げる。


「あんたの劣化コピーじゃ、月見里にも防げなかったこれを防げないでしょ? それとも何? 熱伝導が起きない水でも存在するの?」

「するぞ」

「へ?」

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