第22話 訓練


 次の日の放課後。俺と心愛は学園の地下の第三練習場にいた。


 東京ドームの球場みたいな広さで、コンクリートがむき出しの無機質な空間だ。


 姉ちゃん曰く、最初から床や天井が壊されるのを想定しているらしく、遠慮はいらないとの事だ。


 周囲には、他にもペアバトルに向けて能力を使う練習をしている生徒の姿が目立った。


「じゃあ良人くん、さっそくですが、なにか聞きたいことはありませんか? なんでもだいじょうぶですよ。わたし、放出系の先輩ですからぁ」


 心愛は昔から変わらない、温和な表情で水を生み出す。それも床から。


「これが、わたしの力ですよぉ」


 心愛の周囲の床から一気に水が溢れだして、津波のように壁へ襲い掛かる。


 プールの水がまるごとこぼれたような勢いに、周囲の生徒達も俺らに注目。


 壁に激突した津波は海のように音を荒げながら、排水溝へと流れて行くが間に合うはずも無く、他の生徒達の足場まで濡らしてしまう。


「あららぁ。ちょっとやりすぎてしまいましたぁ……」


 すこし反省したように表情をしゅんとさせる心愛。

 そんな心愛に俺は、


「す、すげぇ……」


 としか言いようが無かった。


 俺も、一応はこの大超能力時代に生きる人間として、超能力の常識は知っている。


 でも放出系は、こんな大量の属性物を出せるような能力じゃない。


 つまり、これは全て心愛の圧倒的な実力、強大な力の大きさの顕れだ。


 二二〇〇度の炎を操る不知火は天才だったけど、心愛も負けず劣らずの天才に違いない。


「凄いな心愛。俺なんて、こんなだぞ」


 言って、俺は手の平をかざして力を使う。


 俺の手からは、消防士が操る消火ホースぐらいの水が出た。


 一〇メートルぐらい離れた壁までは一応届いているが、それだけだ。


 俺は肩を落としながら、自虐的に笑う。


「本当にただ水を出すだけ。しかも手の平限定。こんなの戦闘でどう役に立てろって言うんだよ。だから昨日も言っただろ? 俺の能力はただの劣化コピーだってさ」


 でも、俺が水を止めると、心愛は慈愛のこもった顔を横に振る。


「そんなことありませんよ。だって良人くんが覚醒したのは最近なんですよね? じゃあ、これから鍛えればもっともっと強くなれますよぉ。良人くん」


 心愛は嬉しそうに俺の背に寄りそうと、後ろから右手で俺の右手をにぎった。


 これだけで、心愛の豊かな胸が背中に当たって、あまりの気持ち良さに邪念が生まれる。


「だいじょうぶですよ。最初はなれないだけ。超能力は、薬指を曲げずに小指だけ曲げるようなものなんです」

「へ? 何それ?」


 心愛のおっぱいの感触から意識を戻し、俺は尋ねる。


「はい。超能力も体の機能の一部。鍛えれば強くなりますし、何度も練習すれば器用になります。だから小指と同じなんです。最初はだめでもかまいません。良人くん。腕から水を出すイメージをしながら、腕から水を出そうとしてください」

「わ、解った」


 言われた通りにすると、やっぱり右手の平から水がゆっくりと溢れだす。

 溢れた水が俺らの足下に水たまりを作った。


「そのまま続けて下さい。腕から水を出すイメージを頭に作りながら、腕から出そうとしてください」

「おう」


 一生懸命集中すると、手の平ではなく、手首から水が溢れるようになった。


「じょうずですよ、良人くん」

「いや、でも腕からは出ないし……」


 俺が声を濁らせると、心愛は眉根を寄せる。


「う~ん、そうですねぇ。あ、そうです」


 心愛は声を明るくして、俺の耳元で囁く。


「良人くん。力を使う時はイメージも大切ですけど、筋肉と同じように操作するのがコツですよ」

「筋肉?」


 なんの事だと、俺は頭を悩ませた。


「はい。例えば、同じ脳味噌の働きでも、右手を上げる想像をするのと、実際に右手を上げるのは別ですよね?」

「まぁな」

「良人くんは、想像ばかりが強くて、超能力そのものをあまり動かしていないんだと思います。良人くん、三本目の腕があるつもりで、超能力を体の延長と捉えてください」

「体の延長……」


 当然だけど、人間の想像力と運動神経は、司っている場所が違う。スポーツでも、綺麗なフォームを想像しながら動けば補助になるけど、想像だけじゃ体は動かない。


 現在でも、超能力を脳味噌のどの部位が司っているかは不明だ。


 でも今の俺に必要なのは、使いたい能力を想像して補助しながら、運動神経ならぬ超能力神経を動かすことだ。


「今の良人くんを筋肉で例えると、ただ力んでいるだけなんだと思います。だから属性は放出されるけど、どう放出するか選べないんです」

「確かに……腕の筋肉を力ませれば硬くはなる。でも腕を上げたり振ったり、ものをつかんだりするには、細かい操作が必要。そういう事か?」

「はい。良人くんは優秀な生徒くんです♪」


 至近距離で心愛がにっこり笑って、俺は心臓がドキリとする。


 俺が好きなのはあくまで八月朔日だ。でも、心愛ぐらい可愛い女の子とこうして接すると、どうしても気持ちがフラついてしまう。


 イケナイことだと自分に言い聞かせて、俺は心愛のアドバイスを実践する。


「体の延長、体の延長……おっ?」


 手首から流れる水が、制服の袖から溢れ始める。


 袖をまくると、俺の腕から水が出ている。


 超能力者は基本的に、自分で自分の能力の影響を受けないので、制服は濡れていない。


「おー、できたできた」


 自分の成長にテンションを上げると、心愛も声をはずませてくれる。


「わぁ、良人くんすごいです。もうこんなにできちゃうんですね」


 も、もしかして俺、やっぱ天才かも。

 俺は気分を良くして、両手を離れた壁に向ける。


「それじゃあいくぜ心愛! 思い切り津波を起こしてやるぜ! はぁあああ!」


 俺の両手から水流がほとばしる……ただし、さっきと同じ勢いで……


「へ……」

「しゅ、出力と技術は別ですから、ね?」


 頬を引きつらせる俺に、心愛がフォローに入ってくれる。

 でも、俺の心は水流のように涙を流すのだった。


「手の平以外から出せても、あんま意味ねぇ……」


 俺は頭を、がくんと落とした。

   

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