第23話 お帰りデート


 あれから心愛は、徹底的に俺の特訓に付き合ってくれた。


 おかげで俺は炎と水を、上半身ならどこからでも出せるようになったし、出し方のバリエーションも増えた。


 心愛の話だと、一日でここまで成長するのは凄いらしいけど、俺としては器用貧乏っぽさが抜けなくてガッカリだ。


 やっぱりどうせなら、不知火の炎や、心愛の水みたいに、ドカーンと派手にぶっ放したい。


 低温で小さな炎や、ホース程度の水じゃあ、いくら器用に扱ってもたかがしれている。


 そうして夕方も近い四時半、俺らは特訓を切り上げた。


 外へ向かう廊下で、俺のテンションは最悪だった。


「今日はありがとうな心愛。でもこのままじゃ俺、心愛の足を引っ張っちゃうかも」

「そんな事ないですよ良人くん」

「なぐさめありがとう。じゃあ、また明日な」

「……待って下さい良人くん」


 俺が練習から出て家に帰ろうとすると、寮暮らしの心愛が俺の左手を握って来た。


「今日は、途中までデートして帰りませんか?」


 デート、という単語に、はからずも俺は息を吞む。


「デ、デートって、それに心愛は寮だから方向違うだろ?」

「いえ、そんなちゃんとしたデートじゃなくて、ただ一緒に歩きたいだけです。途中まででいいので、良人くんに付き添いたいなって……だめ、ですか?」


 懇願するような瞳で上目づかい。やばい、こんな可愛い表情を切り捨てられる男なんているわけがない。


「そ、そうだな、デートはともかく。ほら、幼馴染だし、久しぶりに一緒に帰ろうぜ」


 心愛の五本の指が、俺の指と指と間に滑りこむ。いわゆる、恋人繋ぎだ。


「はい。じゃあ行きましょうね、良人くん」

「ああ、じゃあ今日は一駅分歩こうか」


 心愛は大きく頷いて、俺の肩に身を寄せて来る。


 これって、はたから見らか完全にカップルだよ……な?


 俺の頭にすぐ浮かんだのは『八月朔日に見られたらどうしよう』だった


 それで気付く。


 俺ってやっぱり、八月朔日の事が好きなんだな。


   ◆


「そうですか、じゃあ幼ちゃんも初等部にいるんですね」

「まぁな。ていうかあいつ絶対に俺より強いから、すぐにランク抜かされるかもな」


 俺と心愛は二人で街中を歩きながら、駅を目指した。


 大通りの道路に面した道は通行人が多くて、中には同じ制服の生徒の姿も見かける。


 俺は曲がり角にアイスクリーム屋の看板を見つけると、心愛の手を引いた。


「心愛。今日のお礼にアイスおごらせてくれよ。一緒に歩きながら食おうぜ」


 心愛の頬が、ほんのりと嬉しそうに赤く染まる。


「いっしょに……はい♪」


 告白されて俺の事が好きなのは知っているけど、こうもあからさまに反応されると、その度に可愛く思えてしまう。


 俺はフラつく心を引き締めて、アイスクリーム屋に入店。


 客層は若い人が中心で、学校帰りなのだろう。制服姿の女子が多かった。


 ショーケースの中で選ばれるのを待つアイス達に、みんな熱い視線を送っている。


 座席がいくつかあって、ここで食べて行くこともできるらしい。


 オシャレで清潔感のある内装を見て、俺は歩きながらじゃなくて、ここで食べても良かったか? と思いなおす。


 その間に心愛は、商品のラインナップを見ると、すぐに俺の顔を覗き込んで来た。


「これだと、良人くんはメロン味ですか?」

「え? あ、確かにこの中ならメロン味かな? よく当てられたな」


 心愛は誇らしげに、メロン大の胸を張りながら左手を胸元に添える。


「これでも良人くんの幼馴染ですから」

「じゃあ心愛はマンゴー味か? 基本はバニラだけど、珍しいフルーツ味あると必ず選ぶよな」

「覚えていてくれたんですね」


 俺と握り合う心愛の手に、優しく力が入る。


「当然だろ。じゃあメロンとマンゴーな。あー、お姉さん、メロンとマンゴー、ダブルで」


 俺が店員のお姉さんに声をかけると、お姉さんはゼロ円スマイルを浮かべる。


「はい。じゃあ可愛い彼女さんと一緒に食べて下さいね」

「なっ……」


 店員さんがアイスを用意する間。口の中で舌を噛む俺は、そっと心愛の表情を盗み見る。


 すると、そこには幸せの絶頂を煮詰めた蜜に舌をトロかしたような笑顔があった。


「えへへ……良人くんの彼女、彼女……♪」


 ……心愛って、本当に俺の事が好きなんだな……


 俺と恋人同士に見られただけでこの反応。


 その、あまりにも正直すぎる反応に、俺の中で罪悪感が生まれる。


 何をやっているんだ俺は?


 こんなに俺を一途に思ってくれる子が、今までずっと側にいたのに、その事に気づきもしなかった。


 そんな子の告白を断って、高嶺の花を見上げるばかり。


 心愛の言葉が思い起こされる。恋に恋しているわけじゃありません。じゃあ、俺はどうなんだ?


 よくよく考えると俺の初恋って、ただの憧れなんじゃないか?


 中学に入ったら可愛いと評判の子がいて、ラウンジで一人紅茶を吞む八月朔日を見て一目ぼれした。


 あまりにも可愛くて、いや、美しくて、気品があって、気高い八月朔日に、俺は一瞬で心を奪われた。


 しかも、同じ他のお嬢様やお坊ちゃん生徒と違って、取り巻きを作らない。


 そんな彼女の姿勢に俺は恋をした。


 でもそれは、庶民がお姫様に憧れるような感情なんじゃないか?


 そうじゃなくて、恋愛関係を築いて、デートして、愛し合って、将来家族になる関係。それは……心愛みたいな子なんじゃないのか?


「良人くん、アイスですよ」


 心愛に声をかけられて、呆けていた俺は気がつく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る