第19話 告白


「良人くん、とりあえず、一緒にリビングに来てくれますか?」

「はい」


 俺は短く返事をすると、月見里に手を引かれて立たされて、一緒にリビングへと連れて行かれる。


「ここに、座ってください」

「はい」


 俺は言われるがままにソファに座った。今の俺は負い目の塊で、月見里の奴隷だった。今、彼女に死ねと言われたら確実に腹を斬るだろう。


「ふぅ」

「え!? 月見里?」


 急に、月見里が俺のすぐ横にお尻を下ろした。


 肩が触れ合って、服越しに月見里の体温が伝わってくるのが妙に興奮する。


 顔全体が桜色のまま戻らない月見里は、上気した肌と濡れた瞳で俺をうわめづかいに見つめる。


「良人くん、見ましたよね? ……わたしの……スベテを」

「そ、それは……」


 月見里はくちびるを硬くして、真剣な視線を俺に送り続ける。


「……はい、見ました」

「はうぅ……」


 桜色の顔に赤みが増して、珊瑚色に変わる。


「は、反省しています! どんな事でもするから許して下さい!」


 最初は事故でも、さっきのは完全に覗きだ。俺が悪い。

 俺は泣きたい気持ちで月見里に懇願する。


「じゃ、じゃあ良人くん」


 珊瑚色の顔が桃色に、そしてすぐ薔薇色に変わる。

 月見里の小さな唇が、不器用にその言葉を紡いだ。


「責任、とってくれますか?」

「うん、だからどうやって責任を取ればいいのかなって」

「……責任の取り方なんて、ひとつしかないじゃないですか」


 彼女の瞳が、もどかしそうにうつむいてから、またチラリと俺を見上げた。


「えっと、こういう場合の責任の取り方って……まさか!」


 俺の背中にびっしりと汗が浮かんで、心臓が破裂しそうな程に動悸が激しくなってきた。


「わたしぃ、将来の旦那様以外にはだかをみせちゃうなんて……いやです」

「~~ッッッ」


 俺の血圧が、平時の二倍から三倍へと上昇。もうすぐ四倍になりそうだ。


「で、でもそういうのはほら! お互いの気持ちが大事だし、いくら裸を見られちゃったからって好きでもない男と結婚なんて駄目だよ月見里! もっと自分を大事に!」


 薔薇色の顔が、完全な赤色になる。


「わたし良人くんの事大好きです‼」


 世界の時間が止まった。


「はうぅっ」


 月見里は両手で顔を隠してうつむいた。それから様子をうかがうように、ゆっくりと指の隙間から俺を見つめ返す。


 両手を離して、とうとう紅色になった顔で、だけど眠そうな目をぱっちりと開けて俺に訴える。


「わたし、今でも覚えています。幼稚園の頃、わたしがみんなにいじめられている時に、良人くんが助けてくれたこと。あの時から、ずっと良人くんの事が大好きで、毎日良人くんのことばかりかんがえて、だから転校する時にすごく悲しくて、毎晩ひとりになると良人くん事を想っていました。だから」


 月見里の華奢な腕が、俺の右腕をからめとる。自然と豊か過ぎる胸が押し当てられる。ブラジャーと服越しでも腕に広がるやわらかさと弾力、腕を中心に体がしびれて動けなくなって、そのまま快楽に精神が負けそうになる。


「また同じクラスになれたのが嬉しくて、でも良人くんが気付いていないから、いつになったら気付いてくれるかなって楽しみだったんです。なのに良人くん、ペアになっても気付いてくれなくて、だからもう、我慢しませんっ」


 俺の腕にしがみついて、月見里はせいいっぱい声を出した。


「わたしを、良人くんの彼女さんにしてほしいです」


 あまり大きな声じゃなかった。

 なのに、その声にはものすごく強い感情がこもっていた。

 女の子から面と向かって告白されて、俺は頭が混乱する。

 答えなきゃ。

 月見里の気持ちに返事をしなくちゃ。

 頭は加速度的に焦りが増すばかりだった。

 でも、俺の返事は最初から決まっていた。


「ごめん。俺、月見里とは付き合えない……」


「え?」


 目隠しを取ったら崖に立たされていたような、言いようのない表情の月見里に、俺は正直に話す。


「俺……他に好きな人がいるんだ」


 俺は、八月朔日の事を思い出す。俺の、初恋の相手。

 美人で、まとう空気すら綺麗で、気品があって、誰とも群れず、いつも一人でいる孤高のお嬢様。


「俺、月見里が転校してから、片思いの女の子ができたんだ、初恋。俺なんかとは全然釣り合わないし、告白する勇気もない片思いだけど、本命がダメっぽいから月見里に乗り変えるとか、他に好きな子がいるのに月見里と付き合うなんて、駄目だと思う、だから――」


 俺は言葉に詰まった。


 月見里は親に捨てられた子供みたいな顔で、今にも泣きだしそうだったから。


 彼女を傷つけてしまった。でも、偽りの気持ちで付き合うほうが不義理だと、俺は心を鬼にしようと思った時。


「良人くん、確認、してもいいですか?」

「か、確認て、何をだ?」


 大粒の黒真珠のような瞳が、俺に願いを込めるように見つめて離さない。そして。


「お、お尻の大きな女の子は嫌いですか?」


 俺の脳裏に、月見里の黄金ラインを描くヒップが浮かんだ。


「なななななななななっ、何言ってんだよお前!?」


 唾棄すべき醜い感情が、またギンギンと湧き上がる。

 でも月見里は許してくれなくて、


「いいから、答えてくださいっ」


 語気を強めて問いただしてくる。

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