第18話 見ちゃダメですよ

 月海心愛。俺の、幼馴染の女の子だ。


 月海と出会ったのは幼稚園の頃。あいつが自己紹介で、


『つきうみここあです。お月さまの月に、海水浴の海ってかきます』


 って言ったらバカな男子が、


『おれしってるー、月に海ってかいてクラゲってよむっておかーさんいってたー』


 それからみんなでおもしろがって、クラゲコールをした。先生は、


『よかったわねー月海ちゃん、可愛いあだ名をつけてもらって』


 とかふざけた事を言っていた。

 とうとう月海は泣きだして、すごく嫌な気分になった俺は我慢できずに大声で言った。


『お前らバカじゃねぇーの? クラゲは月海じゃなくて海月だ。ちなみにイルカは海豚でアザラシは海豹な。ツキウミほら行こうぜツキウミ、じゃあお前ら、俺はツキウミと遊ぶから!』


 そう言って月海の手を握って、俺らは庭の遊具で一緒に遊んだ。


 月海も、それ以来ずっと俺を慕っている。


 月海は昔から可愛くて、すごくいい子だった。でも、昔はそれこそ俺も小学生の子供だったから、月海の事は好きだったけど、恋とかはしなかった。


 ただ、一番仲の良い幼馴染っていうだけ。


 でもまさか、あの月海がたった四年でここまで変わるなんて思わなかった。言われてみれば、確かに顔立ちはよく似ているかもしれない。


 けど首から下は面影なんて……ッ。


 月海の裸を思い出して、俺は唇を噛みしめる。


 やばい、いろいろとやばい。


 なんていうか、思春期の一五歳男子にあれは反則だろう。


 麻薬の使用経験は無いけど、保健の授業で先生達が熱弁する麻薬の中毒性の誘惑なんて、月海の体に比べればゴミみたいものだろう。


 とりあえず、しばらくのあいだは毎朝毎晩月海の裸を思い出してしまうだろうし、どれほど過激なエロ画像を見ても興ざめするだろう。


 今だって、イケナイと思いながらも月海の裸が頭から離れなかった。


「良人くん」

「ハイッ‼」


 全身を鋼のようにして返事をすると、部屋のドアの隙間から、月海が恥ずかしそうに顔をのぞかせた。


「おー月海、じゃなかった月見里、着替え終わったのか?」

「いえぇ……」


 言いにくそうにもじもじして、月見里は視線を泳がせる。


「あの、ですね……そのぉ……」

「?」

「着替えを用意するのを忘れていましてぇ……わたしのパンツ、ぜんぶその部屋においているんですよぉ」

「えっ!? じゃ、じゃあ!」


 声と息を荒げる俺に、月見里は恥じいるように視線を伏せた。


「はいぃ、まだ、裸のままですぅ」


 俺は一瞬めまいを感じてから、ふらふらとドアに歩み寄る。


「わ、分かったよ、じゃあ俺がそっちに行くから、月見里は部屋で着替えてくれ……」

「はわわ、来ちゃだめです! わたし今裸なんですよ! また全部みられちゃいます!」

「そそ、そうだったな、ごめん! じゃあどうすれば?」


 頭が混乱しっぱなしで名案が浮かばない。


 俺は三歩後ずさりながら、月見里の赤面を凝視する。


 可愛い、恥ずかしそうに顔を赤らめる月見里可愛い。


 ただでさえ可愛いのに、女の子が恥ずかしがる顔ってなんでこんなに可愛いんだろう?


「だから、その場で目をつむって伏せてください。その間に、わたしが着替えますから」

「は、はひっ!」


 変な声を上げると、俺は目を閉じてその場に土下座した。


「「………………」」


 しばらくの沈黙のあと、ゆっくりとドアが開く音がして、静かな足音が近づいてくる。


「良人くん、わたしがいいって言うまで、絶対の絶対に見ちゃだめですよ」

「あ、当たり前じゃないか! 月見里が傷付くようなことをするわけがないだろ!」


 頭上からの声、今、月見里は土下座する俺の前に立っていることだろう。


 俺の背筋力は全力で姿勢を上げようとして、俺の理性は全腹筋を総動員して姿勢を低く保った。


 目は閉じているはずもなく、限界まで開き切ったまま床を凝視する。


「本当に、見ちゃだめですからね!」

「はい!」


 衣装ケースを開ける摩擦音。


「ちゃんと伏せてくださいね!」

「分かっているよ、信用ないなぁ」


 言いつつ、心臓はドッキドキのバックバクだ。


 土下座姿勢のまま、体を衣装ケース、月見里の声がしたほうに向ける。


 今顔を上げれば、月見里の生着替えが見られるだろう。


 衣擦れの音、パンツをはいたらしい。

 衣擦れ音のあと、カチッという音、ブラをつけたらしい。

 でも、


「やっぱり、こっちのほうが」


 また衣擦れの音。あれ、また脱いでいる。


 二つ分の衣擦れの音がして、沈黙が続く。


 想像するに、また裸になって、今日の下着を選んでいるのだろう。


 このヘビの生殺し状態を長引かせるなんて、月見里はなんて小悪魔ちゃんなんだ。俺の理性は今にも決壊しそうなのに!


 長い沈黙が続いた。これは、だいぶ悩んでいるな。つまり、それだけ下着選びに夢中ということだ。なら、ちょっとぐらい覗いても気付かないんじゃ。


 醜い欲望が膨らむ中、俺は一瞬だけと魔が刺した。コンマ一秒で顔をあげて、またコンマ一秒で戻そう。そう思ってコンマ一秒で顔をあげて、俺は固まった。


「良人くん……」


 服を着た月見里が、雌豹のポーズのように四つん這いになって、唇を甘噛みした。


「良人くぅん……あれほど見ちゃダメって言ったのに……そんなにわたしの裸、みたいんですか?」


 俺は額から冷たい汗を流しながら言い訳を考えた。なのに頭をよぎるのは『月見里もう服きちゃったのか』とか『あの衣擦れは脱ぐ音じゃなくてさらにブラウスとスカートをはく音だったんだなぁ』とかだった。


 俺は顔を伏せた土下座ポーズに戻って、消え入りそうな声で謝った。


「ごめんなさい」


 もしもこれが原因でペアを解消されても仕方ない、と思いながらお沙汰を待っていると、月見里は俺の肩をちょんとつまんだ。


 顔を上げる。月見里はさっきと同じ、頬を紅潮させたまま唇を甘噛みした表情で、俺にやさしく声をかけてくれる。


「良人くん、とりあえず、一緒にリビングに来てくれますか?」

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