キスから始まる異能バトル

鏡銀鉢

第1話 アイドル歌手とキスをした


 世界は不平等だ。


 志望校にも合格し、暇な三月の日曜日、昼。

 本屋を目指して人混みの中を歩く俺は、いつものようにネガティブな事を考えていた。

 千人に一人の確率で超能力を持った子供が生まれるようになってから一九年。

 二〇三九年現在、セカンドと呼ばれる彼らの扱いは国によってさまざまだ。


 ある国では神の御子として尊敬され。

 ある国では悪魔の子として迫害され。

 ある国では人間兵器として利用され。

 ある国では実験動物として研究され。

 そして、この日本では……


『あたしの歌で♪ 燃え尽きろー♪』

『オオオオオオオオオオオオオオオオ‼‼』


 スクランブル交差点で信号待ちの間、ビルの巨大スクリーンを見上げた。

 そこには、真っ赤なロングヘアーの美少女が映っている。


 彼女がステージの上で何か喋れば、客席から大歓声が湧きあがる。


 不知火(しらぬい)優華(ゆうか)一五歳。


 現役女子中学生歌手として、その恵まれすぎた容姿と美声で出すCDは全てミリオンを記録。先月発表した新曲のCDに至っては、発売された途端にダブルミリオンを達成した。

 名実共にトップ歌手としての地位を欲しいがままにしている、ナンバーワンアーティストである。


 そして不知火優華の三大魅力はその容姿と美声、最後は、超能力だ。


『じゃあいくわよみんなー♪ あたしの新曲、百花繚乱♪』


 ステージに立つ不知火優華の両手から、本物の炎が噴き上がる。どんなレーザー光線や紙吹雪、ましてCGなんかよりもリアルで、生き物のように舞う炎は、彼女の魅力を引き立てる最高の装飾だった。


 バックダンサーの女の子達も、炎や雷、水や光と言った属性物をまといながら軽快に踊っている。歌と踊りと、超能力六大系統の一つ、放出系の属性が一つとなって、ステージは大盛り上がりだった。


 この日本に置いて超能力者達、セカンドは…………超がつく人気者だ。


 今や歌手でもアイドルでも役者でも、タレントは歌って踊れて超能力が使えるのが理想とされている。


 スプーン曲げに代表されるような、かつての超能力ブームが一〇〇倍以上に膨れ上がって日本中を吞みこんでいる。それがこの国の現状だ。


 学校にセカンドがいれば学校中の人気者。テレビもラジオも雑誌もネットも、セカンドの話題が登らない日はない。


 漫画やアニメ、ラノベやゲームに至っては、ほとんどの作品に最低一人はセカンドが登場するし、セカンド達が主人公の作品ばかりだ。


 信号が青になる。俺はスクリーンの不知火優華から視線を外して、横断歩道を渡りながら雑踏の一つになった。


 何の努力もしていないのに、セカンドというだけで持ち上げられる風潮。


 能力が同じなのに、セカンドと一般人、つまりはノーマルがいたら、セカンドが選ばれる風潮。


 兄弟姉妹にセカンドがいたら次の子供も、と勝手に期待して、ノーマルが生まれたら勝手に失望して、出来そこないの烙印を押す風潮。


 それがこの大超能力時代で一五年間生きて来て、姉と妹がそろってセカンドという環境にいるノーマルの俺、新妻(にいづま)良人(おっと)の価値観を完成させた三つの風潮だ。


 もう一度言おう。

 世界は不平等だ。


「やれやれ」


 うっとうしい人混みを避けようと、俺は路地裏を通る事にした。


 ビルとビルの間の狭い道。

 ゴミ箱が置いてあったり、何故か野良猫がいたり、左右のビルの壁から伸びるパイプやハシゴが目につく雑多な空間。劣悪極まりない道だが、一つだけ利点がある。人がいない。


 路地裏を歩いていると、ここが漫画やラノベの世界なら、不良とエンカウントしてカツアゲイベントでも起きるのかね、と空想してしまい笑った。


 まぁ、俺みたいな凡人の人生じゃ、事件なんて起こってもその程度だろう。


 俺は視線を落として、くだらない、と息をつく。


 だから、俺はその声にすぐさま顔を上げた。


「イヤァアアアアア!」

「え?」


 女の子の声だ。

 それも、かなりの美少女声。しかも聞き覚えがある。最近聞いたばかりのような気がするけど、うちのクラスにはこんな美声を持った女子はいない。


 俺は世間の荒波で濁った目を見開いて、現実を直視する。


 前方、路地裏の出口から、三月だというのに帽子を目深にかぶり、コートを着ている女子が、逃げるようにバタバタと走って来る。


 そんな格好で女子だと分かるのは、そいつが小柄で、帽子からやたらと長い赤髪が伸びているからだ。


 腰より下まで伸びた赤髪が滅茶苦茶に暴れ回って、少女の慌て具合を俺に主張する。

 普通ならここで避けるとか、狭い路地裏だから俺が入口まで引き返そうとかするんだろう。けど、この時の俺はどうにもこうにも、その少女の正体が喉まででかかって頭が回らなかった。


 えーっと、今の声とあの長い赤髪って確かどこかで……


 少女が右手で、目深に被った帽子を上げた。


 同時に彼女と俺の視線が衝突。


 少女の大きくて、吸いこまれそうな目が丸くなる。


「うわわわわわ! どいてどいてぇ!」

「あ……」


 今更思い出したように避けたって間に合うはずもない。

 少女は俺の首に、頭から激突。


「ぐえっ!」


 と、凡人らしい、漫画なら雑魚役まるだしの、情けない声が俺の喉から漏れる。

少女に巻き込まれて、俺はアスファルトの上に、少女は俺の上に倒れた。


 一瞬視界が暗転。

 その間に、俺は目が合った少女の顔を思い出して、彼女の正体にいきついた。


 目を開く。

 目の前には、俺の目があった。


 別に俺が分身の術を使ったわけじゃない。

 俺と少女の顔が、まつ毛がふれあうほどに近くて、彼女の瞳に俺の瞳が映っているのだ。


 目と鼻の先ならぬ、目とまつ毛の先にある顔がみるみる赤くなって、口に伝わる体温がみるみる上がっていく。


 って、口に伝わる体温?

 意識して、俺は気付いた。


 口に触れるこのやわらかくて湿った感触。口の中に広がる不思議な安堵感。


 これは紛れも無く、キスだった。それも、かなり濃厚な。


 少女が上半身を起こして、俺の腹に馬乗りになる。


「ぷはっ……あ、ああああ、あんた!」


 右手で口を押さえて、今にも火が点きそうな顔で俺を指差す少女。彼女を見上げて、俺は我が目を疑った。


 陳腐な表現だがあえてもう一度言おう。我が目を疑った。

 だってそこにいたのはどう見たって。


「おお、おま、お前まさか……」


 俺は震える声で叫ぶ。


「不知火優華ぁ!?」


 新曲のCDがダブルミリオン達成で。(俺も持っている)

 人気ナンバーワン歌手で。(歌唱力と可愛さが尋常じゃない)

 コンサートチのケットはファンクラブ会員ですら入手困難になる、あの生きる伝説。

 現役女子中学生アーティスト、不知火優華がそこにいた。


 ていうか、俺とキスをした。


「えーっと、ちょっと状況を整理させ――」


 言い切る前に、俺は胸倉を掴まれて引き起こされる。


「あんた女よね!? ねぇ女でしょ!?」


 女顔がコンプレックスの俺へ、脅迫するように問いただす不知火。


「いや、俺男なんだけど……」


 不知火の顔に、電流が走った。


「あんたこのあたしの! この不知火優華様のこの世で最も純情可憐で汚れ無き女神の唇をおおおおおお! 死ねぇ! 死んで詫びろぉおお! いや今すぐあたしを殺してこの記憶もろとも消去してぇええええええ!」


 狂乱状態で暴走するトップアーティスト。俺はその異常なまでの迫力に頭が真っ白になってしまう。


「いや、えっと、あの」


 俺が上手いフォローを探していると、不知火の背中から真っ赤な炎が噴き上がる。

 周囲の塵が一瞬で灰になって、俺の顔がヒーターに当たっているようにジリジリと痛くなってきた。


 うわぁ、これがセカンド、不知火優華の炎なんだぁ。

 とか思っている場合じゃねぇし! こんなん食らったら俺マジで死んじまうっつうの!


 でも不知火は両目に怒りの炎を灯して、体にまとう物理的な炎もたいへんテンションを上げて燃え盛った。


「しぃいいいいいいねぇえええええええ!」

「あうおわぁああああああああ!」


 意味不明な悲鳴を上げながら、不知火を突き飛ばそうと手を上げる。上げた手が自分の視界に入って、俺は異常事態に気付く。


「は?」

「ん?」


 俺と不知火、四つの目が、俺の両手の間を往復する。


 俺の両手をメラメラと揺らめきながら包むソレは、どうみても炎だった。


 不知火の炎が燃え移ったか?

 いや、熱くない。

 じゃあ何で?

 俺は命の危険なんて忘れて呆けてしまう。


 不知火も、毒気が抜かれたような顔になって、体の炎も勢いを弱める。


 もっとも、許したわけでは無く、ただ想定外の事態に気が逸れただけだろう。


「何……あんたセカンドだったの?」


 不知火の問いに、俺は呆けたまま、首をぎこちなく横に振った。


「……いえ……ちがい、ますけど」

 


 世界は不平等だ。


 セカンドっていうだけで高く評価されるし。


 セカンドとノーマルならセカンドが優遇されるし。


 兄弟姉妹がセカンドだとノーマルは劣等生扱いを受ける。


 向こうから勝手にぶつかってきてキスしたくせして、焼き殺されそうになったりする。

 もう一度、いや、何度だって俺は言おう。


 世界は不平等だ。

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