第8話 NOと言えない日本人

「れっか……れっかこぴー……きようびんぼう……かませわきやく……」


 あれから目を覚ました俺は、放心状態のままトイレを目指し廊下を歩いていた。

すると廊下の曲がり角から、さっきの女性議員が姿を見せる。


「あら、君はさっきの」

「げげっ!」


 ど、どうしよう、なんだか顔を合わせにくいなぁ。


 正直、もう俺はSGTへの興味を失っていた。

 セカンドになって人生のツケが返って来たかと思えば、底辺も底辺、ただの雑魚キャラではないか。


 もう俺の目には、他のエリートセカンド達にバカにされる学園生活しか見えない。

 そんな灰色の青春を送るくらいなら、予定通り普通の高校に通って、そこで炎使いとして人気者になったほうがいいに決まっている。


 劣等生として灰色の青春を這いずるか、学校中の人気者としてバラ色の青春を謳歌するか、答えは決まり切っているだろう。


 なのに、俺をSGTに勧誘した女性議員は満面の笑みで俺に近寄って来る。


「さっきはありがとう。貴方の決断は立派だったわ。じゃあ学園の入学式では私も行くから、よろしくね」

「え? よろしくって」

「入学式は、私が貴方達一人一人に入学証書を渡すのよ」


 ピッシャーン。と、俺は脳天に雷が落ちてきた気分だった。


 じゃあ、俺がこっそり辞退したら、一発でバレるじゃねぇか。


 視界が歪む中、俺は背中に嫌な汗をいっぱいかいた。


 どどどど、どうしませう……今更やっぱり嫌ですなんて、けど言わないと。


 言わないと俺の高校生活が、バラ色の三年間が……。


「あの、実は」

「? どうかしたの?」

「うぐっ」


 第三者から見るとバカみたいだろうが、少なくとも空気を読む事を重要視される現代男子にとって『言い出せない空気』というのは無敵の魔力を持っている。


 言いたい。

 言わねばならない。

 なら言えばいいじゃん。

 それでも言えぬのがこの空気。


 笑う膝を押さえながら、俺は必死にバランスを保つ。


 言え、言うんだ新妻良人。普通の高校に行けばどうせこの人に会う事はもうないんだ。

 失礼だろうが失望させようが関係無い。


 逆に一時の感情で自分の人生を台無しにする必要は無いんだ。


「実はSGTの件なんですが」

「あーあれね」


 女性議員さんは優しい笑顔浮かべる。


「入隊してくれて助かったわ。実はセカンドの子達の集まりが悪くて困っていたのよ。新妻良人君、これからはSGTの貴重な戦力として頑張ってね!」


 期待に満ちた顔で言われて、俺は……


「あ、あったり前じゃないですかぁ」


 目に溜まる涙を落とすまいと、俺は軽く上を向くのだった。

 あー、世界は不平等だ。


   ◆


 俺が灰色の青春を這いずることが決まり、姉ちゃんの枕を濡らすこと三〇回(心が挫ける俺につけこんで姉ちゃんが添い寝をしてきた)、二〇三九年四月、俺はSGT学園の入学式に出席するのだが……。


「会場って、ここ?」


 オリンピックスタジアム。

 俺が生まれる前で、セカンドの第一世代が生まれた年の二〇二〇年、日本で東京オリンピックが行われた場所だ。


 ここに、下は小学生から、上は一九歳まで、合計六〇〇人程度の子供が集まっているらしい。


 スタジアムの外には報道陣がそこかしこに見られるし、テレビで見るような著名人も多く来ている。


「じゃあ弟ちゃん、マスコミに捕まる前に会場へ行きましょう」

「そうだよお兄ちゃん♪」


 今日、俺は姉ちゃんの新妻若、そして妹の新妻幼と一緒に家を出てここにいる。


 新妻幼(にいづまおさな)。


 俺の六つ下の妹で、召喚系の凄いセカンドだ。

 黒髪ツインテールを揺らしながら、幼い表情で俺の腰に甘えて来る。


「にしても幼、本当にお前までSGTに入るのか?」

「ぶー、当たり前でしょ! お姉ちゃんとお兄ちゃんが入るのになんであたしだけ仲間はずれなのさっ。えへへー、同じ学校だねぇ♪」


 怒ったり笑ったり忙しい奴だ。

 俺が呆れると、姉ちゃんが補足をする。


「まぁ幼はあくまでも候補生だけどね。初等部と中等部は全員候補生。弟ちゃん達高等部生や一九歳の子は、今年中に正規隊員になるのを前提にしているわ」

「それは入学要綱にも書いてあったから知っているけど……まぁ幼の腕なら大丈夫か」


 正直、幼は今の俺よりもずっと強い。

 それが分かっているのか今だって……


「大丈夫だよお兄ちゃん♪ ピンチの時はあたしが守ってあげるからね♪」

「うん、ありがとうな」


 俺はちょっと落ち込みながら、可愛い幼の頭をなでまわした。

 そうすると、幼はいつも幸せそうな顔で笑ってくれる。


「えへへー、おにいちゃーん♪」

「えへへー、弟ちゃーん♪」


 尻馬に乗って、姉ちゃんまで背中から俺に抱きついてくる。


「はいはい、二人ともいい子いい子。いい子だから早く会場に行こうぜ」


 俺は手のかかる二人の姉妹をあやしながら、大きく溜息をついた。

  

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