第9話 エリート高校入学


「あれ? 不知火?」


 高等部用控室である大部屋に通された俺は、そこで見知った顔を見つける。


「ん? へー、あんた逃げずに来たんだ。検査結果がさんざんだったから逃げたと思ったわ」


 俺は肩を落とす。


「ひどいな……」


 まぁ、逃げたかったんだけどな。


「それより新妻だっけ? ちょっと耳を貸しなさい」


 突然、不知火はぐいっと近寄りながら、両目を吊り上げて小声で話す。


「いーいっ。あたしとあんたは偶然入学検査日が同じで知り合った。あんたのコピー能力は戦略上の都合でコピー条件は機密事項。いいわね!」


 小声ながら、火を噴かんばかりの目力に俺は黙って頷いた。


「ねー見て、あれ不知火優華じゃない?」

「あ、本当だー」


 そんな声のする方を見れば、不知火の存在に気付いた女子達が子供のようにはしゃいでいる。


 不知火は営業スマイルになると、その女の子たちのもとへ。

 不知火を中心にみんなが集まり、人の輪はすぐにできた。


 こうして見ると、やっぱり不知火って有名人なんだなぁ、と納得させられる。


 今となっては、あの不知火優華とキスをしたという思い出がどんどん薄くなっていく。


 果たして、俺は本当にあの不知火優華とキスをしたのか?


 とにかく、同じセカンドと言っても俺と不知火じゃ住む世界が違う。


 俺なんて、ただ器用貧乏なだけの雑魚だ。変な期待はしないで、不知火とはあまり関わらないでおいたほうがいいかもしれない。


 他に知り合いはいないかと辺りを見回すと、テレビや雑誌で見たことのある顔のほうが目立った。


 不知火ほどのビッグネームじゃなくても、超能力タレントとしてテレビに出ている人、または凄腕の超能力者としてインタビューを受けたことのある連中だろう。


 元クラスメイトで、俺みたいに最近能力に目覚めた奴はいないのかと思って探し続けた。

 すると、ひと際異彩を放つ、とびきりの美少女がいた。


「あいつは……いや、あの人は……」


 彼女の顔を見て、いや、オーラを見て俺は心臓の高鳴りを抑えられなかった。


 夜空を切り取ったように艶やかな長い黒髪に、自信に満ちた黒真珠のような瞳。

エリートオーラというよりも、姫オーラ。


 髪にロールをかけたお嬢様ヘアースタイルが似合う現実の女子なんて、俺は彼女しか知らない。


 八月朔日(ほづみ)真理亜(まりあ)。

 八月朔日グループの御令嬢で、俺の通っていた中学校の特別進学コースの姫。全男子生徒の憧れで高嶺の花。


 かく言う俺も、例に漏れず憧れていた、どころか、俺の初恋の相手だ。


 中学に入学したての頃、俺は可愛いと噂の彼女を一目見て恋に落ちた。


 それから日に日に綺麗になっていく彼女は三年間でさらにその美貌に磨きがかかった。


 卒業生代表の挨拶では、彼女の美しい姿と声に全男子がトキメいたに違いない。


 言っておくが、俺はただ美人なら誰でもいいってわけじゃない。


 彼女は俺にとって、カッコイイ孤高のお姫様なのだ。


 八月朔日は昼休み、いつも学校のラウンジで一人優雅に紅茶を飲んでいて、他の誰かと一緒にいるのを見たことが無い。


 男子を侍らせたり、女子の取り巻きを作ったりしない。


 誰とも群れる事の無いその姿が、俺にはとても魅力的に映った。


 そんな彼女の能力は放出系で属性は雷。


 雷撃姫や、雷の女神としてその名を知られている。


 なるほど、彼女なら不知火並の広告塔やイメージアップになるだろう。


「おっ」


 八月朔日さんに、いかにも美系男子が声をかけた。


 けれど八月朔日さんは上から目線で一言。


「ナンパなら他所でやりなさい。ここは盛り場では無くてよ」


 美系男子は顔を引きつらせて、すごすごと退散した。


 イイ! 八月朔日イイ!


 そこで美系男子にホイホイついていかないところが凄くイイ!


 言っておくけど俺はMじゃない。確かに八月朔日は口が悪い。


 けど、実力の伴う彼女だからこそ、いや、彼女の生まれ持った品格が、嫌みな印象を与えない。


「はぁ……」


 まっ、不知火と同じで俺なんかとは釣り合わないけどさ……アイドル感覚で憧れるぐらいはいいよな……


 とは言いつつ。俺の中にまた、八月朔日への想いが溢れて来る。俺の初恋は、結局何の進展も無いまま中学を卒業した。だから心のどこかに諦めもあった。


 けど、意中の人と思いがけず同じ高校に入った事で、またチャンスがある、と俺の中で気持ちが再燃してしまう。


 八月朔日と同じ学校。やっぱり、SGTになって良かったかも。


 俺が彼女を見つけたのは、その時だった。


「あの子は……」


 青いポニーテール。


 それは、日本人の理想美と言われる、濡れ羽色の髪の少女だった。


 黒髪の質で、常に濡れたように輝き、青みがかって見える。あくまで理想であり、現実にこの髪を持つ女性はほとんどいないと言っていい。


 顔立ちも整っていて、かなりの美少女だ。


 用意された椅子に座って、うつらうつらと眠そうにしている顔はとても穏やかで、親しみやすい雰囲気の子だ。それから俺の視線は、テーブルの上に乗る程大きな胸に注がれてしまう。


 眠たいようだし、バレないよな。


 と、俺は欲望のままに彼女の胸元を凝視し続ける。

 そんな甘い時間を、係員の女性の声が打ち切った。


「じゃあ皆さん、そろそろ時間なので準備をお願いしますね」


 俺はビクっと肩を跳ねあげて、その場で軍人のように背筋を伸ばしてしまった。


 ポニテの子がゆっくりと目を開けて、のそのそと立ち上がった。


 のんびりした子だなぁ。でもあの子、どこかで見たことがある気がするな。


「っと、いつまでも女の子ばかり見ている場合じゃないよな」


 俺はスマホにメールで送られた、入学式のプログラムを読み返しながら、移動の準備を始めた。

  

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