第3話 英雄ガール

「……いえ……ちがい、ますけど」


 俺はセカンドじゃない。ただのノーマルだ。

 なのにどうして手が燃えているか、俺が聞きたいぐらいだ。

 そこへ、大人の男達の声が聞こえる。


「いたぞ! こっちだ!」

「逃がさないよ優華ちゃん!」

「今、君に引退されるわけにはいかないんだ!」


 俺に馬乗りになったまま、不知火は振り返って舌打ちをする。

「ちっ、事務所の連中、もう追って来たの? いい加減しつこいわね!」


 車のブレーキ音。

 今度は反対方向。俺が来た方向から姉ちゃんの声が聞こえて来た。


「優華ちゃんこっちよ! すぐに乗って!」

「姉ちゃん!?」

「あれ? なんで弟ちゃんが? まぁいいわ、とにかく二人とも早く!」

「はい!」


 言うや否や、不知火は俺の胸倉から手を離し立ち上がって、俺をまたいで疾走。


「!?」


 またがれる瞬間、スカートの中の刺激的な赤いショーツをモロに見てしまい、俺は唇を噛んだ。


 いくらイメージカラーが赤だからって、あんなフリルやリボンをあしらった赤い下着をはかなくてもいいだろ。


 人気ナンバーワン歌手、不知火優華の下着を見てしまったショックを処理しきれないまま、俺は慌てて姉さんのもとへと走った。


   ◆


 以上がここに来るまでの顛末だ。


「まとめるとだ。日本政府は対セカンド犯罪者用の特別チームSGTを創設予定。元からSATで超能力者隊員として働いていた姉ちゃんはその隊長に就任。他のメンバーをスカウトしている途中で……トップ歌手の不知火優華を連れて行く途中だったと?」


 俺は、非常に非常に嫌々ながら振り返った。

 椅子に座った不知火優華が、親の仇を見るような目で俺を睨んでくる。


「……でも、不知火って人気歌手だよな姉ちゃん?」

「大丈夫よ。彼女引退するから」

「はぁああああああああああああああああああああああああん!?」


 さっきまでとはうってかわり、俺は不知火に詰め寄った。


「ちょっとお前引退ってどういう事だよ!?」

「い!?」


 こちらもさっきまでとはうってかわり、腰が引けている。


「お前この前CDがダブルミリオン達成して雑誌もテレビもお前一色なんだぞ! 俺だってCD持っている! なのにこのタイミングで引退ってもったいないじゃないか! せっかくここまで来たのに!」


 驚いてたじたじの不知火が、唾を吞みこんで目に力を取り戻す。


「あ、あたしがどうしようとあたしの勝手でしょ!」


 不知火は立ち上がって腕を組むと、余裕の顔で指を、チッチッチッ、と振る。


「そ、れ、に、だからこそよ! もう歌の世界であたしは歴史に名を残して業界のトップを取ったわ。だから今度は『歌手』じゃなくて『英雄』として偉人伝に名を残すのよ!」

「えーゆー?」


 俺が頭上に疑問符を浮かべると、姉ちゃんが頷いた。


「そうそう。政府としてはSGTを秘密組織じゃなくて、むしろスーパースターとして大々的に売り出すつもりなのよ。必然的に隊員はみんな未成年だもの。イメージアップの為にも活動内容は全部公開して、クリーンな印象を持ってもらう狙いと、あとは華やかな世界で生きる芸能人セカンドが転職しやすいようにね」


「あたしがSGTに入るのも、それが理由よ」


 言って、不知火は両手の指を胸の前で絡ませる。それから、申し訳なさそうに口をもごつかせた。


「そりゃ、さ、あたしだってファンのみんなには悪いなぁって、そう思っているわよ。だって、あたしがビッグになれたのは全部、ファンのおかげなわけだし……本当はこのまま歌手として世界の歌姫目指していたんだから」


 急にしおらしい態度を取られると、妙に可愛くて不覚にもドキッとしてしまった。

 不知火優華は、元から元気ハツラツとして、気取らず言いたいことをずけずけと言う性格の歌手だった。そうした遠慮の無い性格が逆に親しみやすさを生んで、人気を後押しする形になったと言える。


 だから最初に会った時、焼き殺されそうになっても別に夢が壊れたなんて俺は思わなかった。


 でも今の不知火は、今までどんなテレビや雑誌でも見たことの無い表情だった。


「けど事務所の社長酷いのよ! 勝手にあたしの方向性決めちゃうんだから!」

「方向性って?」


 不知火は体にしなを作って、俺に得意げに愚痴をぶつけた。


「ほら、あたしってばすっごく可愛くて美人でスタイルも抜群でしょ?」


 頭の後ろと腰に手を回して、モデルみたいにセクシーポーズを取る不知火。


 知ってはいたけど、こうして見ると不知火って結構胸あるんだな。


 音威子府さんや姉ちゃんみたいに、特別爆乳巨乳というわけじゃないけど、不知火の胸は程良く大きくて、女性的なラインを描いている。


 それに……やっぱり不知火は可愛い。


 刺激的な炎色のロングヘアーに、人の心を惹きつける大きな瞳。一五才で発展途上中ながら、だからこそ不知火の容貌には綺麗さと可愛らしさを共存させた、独特の魅力がある。


「だからって社長、勝手にあたしをアイドル化して恋愛禁止令なんて出すのよ!」


 歯を食いしばって肩を震わせる不知火に、俺は渋い顔をする。


「いや……別にそれは普通のことじゃないか?」

「嫌よ! あたしはアイドルじゃなくて歌手なの! 衣装やダンス、超能力パフォーマンスは歌を盛り上げる為だから良しとしても……恋愛禁止って! なんで事務所にあたしのプライベートまで束縛されないといけないのよ!」


 不知火は怒りのボルテージを上げる。目の錯覚か、赤い髪が僅かに揺らめいた気がする。


「あたしはファンの恋人でもアイドルでもない! 歌って人を魅了する――」


 ウィンクをしながら右手人差し指を、びしっと俺の顔に突きつける。


「アーティストなんだからね♪」

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