第21話 コイツを高く吊るせ
深夜の住宅街にまるで似つかわしくないその建物は、かつては町工場だったが今では彼らがトランクと呼ぶ倉庫と作業場を兼ねた拠点として使われていた。門柱だけが残る入口に白いミニバンがバックで駐車する。
平屋だが周囲の二階建て住宅に引けを取らない高さの建物には、大きなシャッターとそのすぐ右には出入りのためのアルミ製ドアがある。
明かりが点くと目の前に倉庫にしてはやけに広い空間が広がる。閉ざされたシャッター付近には大量の段ボール箱が整然と積まれており、奥にはフォークリフトまで用意されていた。天井に設置されたクレーンはここがかつて工場だったときの名残だろうが、彼らはその設備も有効利用しているのだった。
「
ミエルを担いだ
「
「これから
「ハイ、ハイ、仰せのままに」
海斗は慇懃な口調でそう言いながら倉庫の奥に向かうと床に置かれた天井クレーンの操作スイッチを拾い上げてスタートボタンを押した。海斗は天井を見上げてクレーンを追うように歩きながら
「ここいらでいいよな」
海斗は
「よし、それじゃあ上げるぞ」
海斗は少しずつフックを上げていく。やがて吊るされたミエルの足は床から離れて自重で腕も伸びきる。
「どうだ、もっと高くするか? コイツを高く吊るせ、ってな」
彼のジョークに笑うものはいなかった。ウケるどころか
「そんなことしたら肩がはずれてしまうね。聞きたいことも聞き出せなくなるよ」
「お、おう、すまん」
海斗は少しばかりの動揺を見せながら下矢印のボタンを小刻みに押しては離しを繰り返す。そしてミエルの足が床につくかつかないかのあたりで動きを止めた。
「今度はどうよ」
「ちょうどいいね、
「
海斗はカタコトの中国語でそう返すと美緒と揃ってその場から距離を置いた。一連の様子を傍で見ていた美緒が心配そうに問いかける。
「ねえ海斗、あの子をどうするの。まさか……」
「殺しはしねぇだろ。もしそうするならこんな面倒なことはしねぇよ。
「ならいいけど……」
美緒はこれから始まるであろうことを見たくないと言うように海斗の背後に下がってしまった。
「さて、そろそろ起きる時間ね。
倉庫に乾いた音が響く。その音に美緒がまるで自分が叩かれたかのように身を震わせた。
「
床に接した足を支点にしてグルグルと揺れるミエルに向かって声を張り上げてもう一発。するとミエルの口から小さな声が漏れた。
「う……うん……えっ、え――っ!?」
ミエルが身を覚ましたときその視界にまず飛び込んで来たのは右手に握った棒で左手をトントンと叩きながら不敵な笑みを浮かべる
「ま、
「お芝居はもう結構。それに質問するのはウチ、オマエは答えるだけね」
ミエルは自分が拘束されて吊るされていることに気付く。しかしできるだけ冷静を装って周囲を見渡してみた。目の前には
店の倉庫で
それにしてもここに晶子の姿がないということは彼女は無事なのだろうか。ミエルは自分のこともさることながら晶子の心配をするのだった。
「さて
そう言って
「アア――ッ」
思わず口から出る叫び声と痛みに歪む顔、二発、三発と棒は振り下ろされる。そのたびに苦痛の声を上げるミエルを前にして
しかしそのとき、施錠されていない入口ドアがゆっくりと開いては閉じたことに、ここにいる誰もが気付くことはなかった。
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