第11話 海斗と美緒
寂れた飲食店街に僅かに残るバーの類も看板の灯を消した午前二時過ぎ、店の前に真っ白いミニバンが横付けされる。車から降りてきた男を扉を開けて出迎えるのは
「ちょうど
「まったく、相変わらずお盛んなことで。っと、それで、今日の分はあそこだな」
男が視線を投げた先は店のバックヤード、そこにはパンツスーツ姿で腕組みをして立つ
男が先に立って部屋に向かうと
箱は男の肩幅ほどの大きさだったが、その見た目よりも重量感があった。
「今日のおもてなしは少しだけ、だから少ないよ。でもまだ乾いてないから少し重い、
「それにしてもここのところトランク行きの回数がやたらと増えてるけど、何か起きてるのか?」
トランク、それはここからほど近い場所に彼らが確保している倉庫兼作業場だった。この店の
この店から廃棄される湿った茶葉などの一切合切は男が若い衆と呼ぶ連中にバーナーやドライヤーで乾燥させた後に設置された小型ボイラーで完全に焼却するのだった。
しかし出涸らしとは言え、ルームで供されるハーブティーにはドラッグ同様の成分が残留している。作業する若い衆がそれに手を出すことがないように監視するのも彼の役目だった。
「
「ならいいけど、俺たちは仲間だ、何かあったら遠慮なく言ってくれ。くだらねぇ邪魔が入ったら困るからな」
「
「コイツは元々ラリったヤリマン女だったんだよ。でもまあ、いろいろ重宝するからさ、今は俺が面倒見てやってんだ」
海斗が美緒を周囲に紹介するときの、それがいつもの決まり文句だった。しかしそれは見栄っ張りな海斗の虚勢で、実際には彼女無くしては彼らシノギがまともに回らないほど彼にとってその存在は大きかった。
海斗が言う通り、美緒はターゲットを見つけてはホテルに連れ込んで財布を盗み取る昏睡強盗グループのメンバーだった。しかしそんなシノギが長く続くわけがない、ある日仲間の一人が歌舞伎町を縄張りとする組織の幹部に手を出してしまう。組織は美緒たちのグループを潰せとシマ内でくすぶっている
所詮は小娘どもの火遊び、少しばかり怖い思いをさせればよいだろう。間もなく海斗は首尾よくメンバーの一人を追い詰めたのだが、それが美緒だった。しかし海斗は美緒に一目惚れしてしまう。そして組織に決して少なくない金を払って身請けのごとく彼女を自分の女にしたのだった。
美緒は尽くすタイプの女だった。高校を中退してからは家にも寄り付かずあちこちを転々としていた彼女は居場所と愛情に飢えていたのだろう、すぐに海斗に懐いて身の回りの世話まで焼くようになった。
やがて美緒は自分が持つ知識で海斗のシノギを支援し始める。彼にせがんで買ってもらった中古のノートPCを使ってキャッシュフロー管理を一手に引き受けたのだった。
「ねえ海斗、せっかくだからこのお金をもっとうまく回そうよ」
美緒の話に乗った海斗は闇金の真似事を始める。ドラッグ売買の客に向けた小口の金貸しだ。これが彼の想像していた以上のシノギになった。こうして海斗は徐々に頭角を現していく。
やがて周囲の仲間たちがそんな彼ら二人を「新宿のボニー・アンド・クライド」などともてはやし始めると、図に乗った海斗はより大きなシノギならぬ「事業」を手掛けようと考え始める。そこで彼が目をつけたのが再開発に絡む土地転がしだった。
新宿のはずれで持ち上がっている再開発計画、その予定地にあったのが場末で紅茶専門店を営むルナティック・インなる店だった。今は亡き祖父から受け継いだというその店を経営しているのは無垢で世間知らずな
しかし残念ながら二人に経営者としての才覚はなかった。メイド服を着てみたりハーブティーを出してみたりしたものの所詮は素人のままごと、やがて店の経営は危機的状況を迎える。そして現実から目を背けるように二人は二人だけの関係にのめり込んでいく。姉のような月夜野がボーイッシュな妹の美月を愛でる。こうして現実逃避の末、店の赤字はますます嵩んでいくのだった。
そこに噂を耳にした海斗がやって来た。店を軌道に乗せると言って信用を得てしまえば乗っ取ることなど
経営に疎い
同じ頃、お嬢様趣味の
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