第12話 黙ってミエルについて来て

有明アリアケ新月シンゲツ、ボクといっしょに上階うえに来てくれ」


 その日、望月モチヅキが二人をロッカールームに呼び出した。連絡事項を掲示するためのコルクボードを指さしながら彼女が命じる。


「君たちもそろそろ仕事に慣れてきたと思う。そこで今後のシフトを見直したから目を通しておいてくれ」


 それだけを言い残すと望月モチヅキはさっさと部屋を出て行ってしまった。二人は掲げられたシフト表に目を通す。見習い中はほぼ同じシフトで店に出ていた有明しょうこ新月ミエルだったが、新しい表では二人が重なる日は月に三日となかった。それだけではない、二人が月夜野つきよのと重なる日に至っては皆無だった。

 そのときミエルが初めてルナティック・インを訪れたときに望月モチヅキが発した言葉が彼の頭をよぎった。


「婦長様がお休みできるシフトを組めるし」


 そうだ、あのとき望月モチヅキは確かにそう言っていた。しかしこのシフトの意味がそれだけではないであろうことはミエルにも容易に理解できた。

 月夜野つきよのが店に出る日はルームと呼ばれるあの隠し部屋に客を招く日、「おもてなし」の日なのだ。このシフトを考えたのはきっと眉月マユヅキ待宵マツヨイだろう。そう、この店で行なわれている「何か」に深く絡んでいるのはあの二人に違いない。そして彼女らにとって不穏分子である自分と晶子をその「何か」に近づかせないようにしているのだ。

 ミエルは隣で掲示板を見つめる晶子しょうこの様子をそれとなく伺ってみる。するとそこには唇を噛みしめて思いつめた表情の彼女がいた。



 眉月マユヅキのレクチャーを受けたあの日からミエルはできる限り目立たぬように振る舞っていた。ママが用意してくれたGPS発信機はオフにしていたし、退店時間も晶子とは重ならないよう心掛けていた。特に晶子との過度の接触を避けるようにしたのは自分たちが結託などしていないと思わせるためでもあった。

 にもかかわらずあのシフトだ、このままではもし晶子が思い詰めて暴走したとしてもそれを止める術がない。


「まずい、まずい、これはマジでピンチだよ」


 そう考えたミエルはすぐにでも彼女の真意を確かめることにした。


 仕事を終えて先に店を出たミエルは寂れた飲食店街の中ほどで街路灯の鉄柱に隠れて晶子を待っていた。程なくして彼女が速足でこちらに向かって来るのが見えた。街路灯に照らされたその顔はやはり思い詰めたように一点を見つめていた。

 タイミングを見計らってミエルは舗道に飛び出す。


晶子しょうこ、話があるんだけど……」


 しかし彼女は彼の存在を無視してその場を通り過ぎようとする。ミエルはすれ違いざまに晶子の腕を掴んで引き留めた。


「い、痛い。なにすんのよ!」

「シカトしないでよ、晶子。どうしたの、何があったのか話してよ」

美絵留みえるには関係ないし。それにこれ以上あたしに関わらない方があなたのためだし」


 ミエルを睨み付ける晶子の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。やはりかなり思い詰めているようだ。このままでは遅かれ早かれ何かをやらかすに違いない。今の彼女はそんなピリピリしたオーラに包まれていた。ミエルは今すぐに晶子と話し合うことにした。それが予想されるトラブルを防ぐ最善の策と考えたからだ。

 とりあえず秘密が守れそうなところはどこだろうか。ミエルの頭に思い浮かんだのは彼がママの命令でメイドに扮してバイトしている英国風パブだった。あそこならば店長も事情を知っているし店にある控室を借りることもできるだろう。

 ミエルは目の前で唇を噛みしめている晶子を慰めるように声をかけた。もちろんこれまで通り女子高生を演じながら。


「晶子、二人で少しだけ話をしましょう。時間は取らせないわ。私が知ってるお店がこの近くにあるの。二丁目なんだけど怪しい店ではないし、そこなら秘密が漏れることもないわ。だから、ね、行きましょう」


 ミエルは晶子の返事を待たずに強引にその手を引いた。


「やめてよ、あなたと話すことなんかない。それにあたしも暇じゃないの、帰ってからもいろいろやらなきゃだし。だから手を離してよ」

「ダメ。今の晶子をこのまま一人で帰すわけにいかないわ。ほんとに帰るとも思えないし」

「なによそれ、どういうこと?」

「自分の胸に聞いてみなさいよ。てか、晶子の顔を見てれば判るわ。とにかく黙って私について来て」


 そう言っていやがる晶子の腕を無理やりに引きながらミエルは新宿二丁目を目指すのだった。



「あら、シャルロットちゃんじゃない。今日はどうしちゃったの……あっ!」


 シャルロットはミエルがこの店でバイトするときの名前、カウンターからその名で声をかけようとするマスターにミエルは口に指を立てて内緒の合図を送る。即座に事情を察したマスターは彼のために奥の控室を指さした。

 そこは従業員のためのロッカールーム、休憩用にテーブル代わりの樽とスツールが用意されていた。ミエルと晶子の二人が座るとマスターがホットコーヒーをサービスしてくれた。


人払ひとはらいはしておくから、ごゆっくりね」


 そう言って出て行くマスターを見送ったミエルは、晶子に向き直ると真剣な顔で彼女に問いかけた。


「さあ、晶子が抱えてる問題を全部私に話して」

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