第13話 明日葉晶子の家庭の事情
大きめにカットされた豚肉と大雑把に切った野菜たちを圧力鍋に放り込む。あとはコンソメスープですべてが柔らかくなるまで煮込むだけだ。
火が通るのを待ちながら賽の目に切ったトマトに卵を落としたココットをオーブンで焼く。そしてサラダはカットしたアボカドにフレンチドレッシングをかけたもの、バスケットにはスライスしたバケットをたっぷりと。かなりボリュームたっぷりのこれが今夜のメニューだった。
「
ポトフは晶子の得意料理、そのスープに薄切りのバケットを浸しながら兄は笑みを浮かべながらそう言った。
八歳年上の兄である
その後は親権やら慰謝料やらと弁護士を介してのドロドロとした交渉が続くが、その過程で母親の不貞行為までもがあぶりだされてしまう。そんな二人に愛想をつかした
一家離散の顛末は、十八歳を迎える晃には養育費相当の一時金が、晶子には父母の双方から毎月養育費が支払われることに決まった。慣れ親しんだ家も処分されることが決まると同じタイミングで晃は部屋を借りて晶子と二人で独立する。そしてその後に続く不毛な訴訟合戦に
こうして新生活を迎えた晃は進学をあきらめて就職する。そして自分が得た一時金と晶子の養育費には手を付けることなく妹の将来のためにそれらを蓄えていたのだった。
そんな兄、
交通事故によるあっけない最期、あまりに突然のことに
リストラされた後の兄はすっかり人が変わってしまっていた。いや、最初は彼なりの前向きさで求職活動に励んでいたのだ。しかし度重なる不採用にその心も徐々に荒んでいった。
やがて兄は家でぼんやりと過ごすことが多くなっていく。時折出かけることはあっても着替えすらせず部屋着のまま、そして帰宅してからもただただ寝転がっているばかりだった。
こんなのは兄ではない、なんとかしなくちゃ。
「
古ぼけた木製看板に書かれた店の名からはそれがどんな店であるか高校生の
兄はあの中にいる、今すぐ乗り込んで確かめたい。しかし今の自分には何の策もなければ準備もできていないのだ。晶子は仕方なく兄が店から出てくるのを待つことにした。
そろそろ日が傾き始めた頃、店の中から微かな音色が聞こえて来た。
「あれはピアノじゃない……えっと、そうだ、チェンバロだ。前に音楽の授業で聴かされたっけ」
そんなことを考えながら
しかし今ここで声をかけるのはまずい、待ち伏せしていたのがバレバレだ。とにかく駅に着くまで様子を見よう。そこでならいくらでも言い訳ができる。晶子は兄に
「お兄ちゃん!」
駅へと続く地下道の入口の前で
「
「お兄ちゃんこそ、どうしちゃったの。あたし知ってるんだよ、お兄ちゃんがヘンなメイド喫茶に行ってること。今だってそうでしょう?」
「……」
答えることなく無言の兄に
「就職活動はどうしたのよ! いっつも、いっつも家でぼんやりしてるし、そんなのお兄ちゃんじゃないし。まさかあの店のメイドさんに……」
「うるさい、黙れ!」
晶子が兄と交わした、これが最期の会話だった。その晩、兄、
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