第6話 鬼警部のアドバイス

「さて、ミエルちゃん、現状の報告をお願いね」


 新宿一丁目に残る古ぼけた小さなビル、五階建ての最上階にその事務所はあった。ママからの呼び出しに今日も放課後の誘いを断って駆けつけたミエルの姿はマッシュルームショートが似合う少し小柄な男子高校生、小林こばやし大悟だいごだった。

 窓を背にしてデスクに座るこの事務所の責任者は通称「ママ」、大悟ミエルの叔母代わりを名乗るこの女性はプライベートでも余程のことがない限り自分のことをママと呼ぶよう彼に命じていた。

 革張りのソファーでは渋茶をすする東新宿署の相庵あいあん警部の険しい目つき、これもまた彼にとっては見慣れた光景だった。

 ミエルは背中に突き刺さるような警部の視線を感じながらママにこれまでのことを報告した。


「まさか先客がいたなんて予想外だったわね。とにかくミエルちゃん、その望月モチヅキとか言うメイドには感謝しないとね」

「ママ、実はもうひとつ、ちょっと厄介なことがあるんです」

「言ってごらんなさい」


 先を促すママの言葉にソファーでくつろぐ相庵警部も聞き耳を立てる。


「先に採用されてたその子なんだけど、ボクと同じ学校の生徒なんです。シフトの都合で彼女が遅れて入店したことがあって、そのときに初めて制服姿を見たんだけど、マジで驚いちゃいました。なにしろこの辺りであの制服は見間違えようもないし」

「なるほどね。で、その子の名前は?」

「それが……店では婦長様がつけた名前で呼ぶことになってるんです。だから本名まではわからないんです。ちなみに店では有明アリアケって呼んでます」

「ふ――ん、で、ミエルちゃんはどうするつもり?」

「メイド募集の応募で行った日にボクは制服姿を見られちゃってるし、だから彼女もこっちを気にしているみたいで、とにかく今は二人きりにならないよう注意してます。ロッカールームで鉢合わせなんてことになったら面倒だし」

「それで?」

「え、あ……そ、その……もしものときは休学してるとか、適当にごまかしちゃいます」

「それだけ?」

「し、調べてみます……その、どこかに応募のときの書類とか……」

「へぇ――、どうやって?」

「え……あ……こ、これから考えます……」

「ふふふ、やっぱミエルちゃんの困り顔は絵になるわね。今日はお店のコスチュームじゃないのが残念だけど」


 これこそまさにピンチ、ママの詰めとイジリにすっかりしどろもどになっているミエルだったが、それを見かねた相庵あいあん警部が助け舟を出す。


「おいおいママ、少年はまだ子供なんだ、そんなにいじめなさんな」

「あら貞夫さだおちゃんはミエルちゃんの味方? もしかしてなのかしら?」

「バカ言え、俺にはそんな趣味はねぇ」


 そんな軽口の矛先が今度はミエルに向けられた。


「ところで少年、俺様からのアドバイスだ。そういうときはな、流れに身を任せるんだ、逆らわずにな。ヘタにコソコソすればその有明アリアケって娘だけじゃない、店の連中にも疑われちまう。だからな、もしその娘が少年に探りを入れて来るようだったら堂々と応えてやればいいんだよ」

「それはボクのことを話しちゃうんですか?」

「少年には少年なりのシナリオがあるんだろ、さっきママに言ってたじゃないか」

「はい、休学してて学校には行ってないって」

「それよ、それで十分だ。あとは少年がうまく誘導してその娘の情報を引っ張り出せばいい。いや、むしろ向こうから勝手に自分語りしてくるかも知れんぜ」


 するとママはすかさず今度は相庵あいあん警部を茶化す。


貞夫さだおちゃんってそうやって犯人の口を割らせるんだ」

「そんなんじゃねぇよ、人生の先輩として少年にアドバイスしてるだけさ」

「あ、ありがとうございます、警部さん」


 ミエルの言葉に気を良くした警部はソファーに座りなおして冷めかけた茶を一気に飲み干した。そして勝手知ったる自分の勝手と言わんばかりに自分自身でお茶のおかわりを注ぎ始めた。


「さて、ずいぶんと話が横道に逸れちゃったわね。で、ミエルちゃんの状況報告はこれで以上かしら?」

「それがまだあるんです。店には隠し扉と隠し部屋みたいな……」


 ミエルは月夜野つきよのに案内されたルームについて報告した。その話に食いついてきたのはママではなく相庵あいあん警部だった。


「隠し部屋だと? そんなものがあったとはなぁ。なるほど、そこでハーブだかドラッグだかを出してるわけか」

「いえ、ボクたちがいる時間にあの部屋が使われたことはないです。あのときはたまたま壁に隙間が開いてるのを有明アリアケが見つけて、そうしたら婦長様が今後のこともあるからって言って案内してくれたんです」

「う――ん、もしかするとお前らがいないとき、そうだなぁ、例えば深夜に客を引き込んでるかも知れん」

「わかりました、今度探ってみます」

「まあ、待て待て。さっきの俺様の話を忘れたのか? 情報をオープンにすることで相手が勝手にってヤツさ。少年たちに部屋を見せたのは連中の撒き餌かも知れん。とにかく迂闊に動くな、そして結果を焦るな」

「わかりました、注意します」


 二人の会話を聞いていたママもミエルに助言する。


「今回の任務はネタを手に入れることを最優先になさい。そうねぇ、茶葉のひと掴みでもゲットできれば上出来かしら。もちろん紅茶のではなくて問題のハーブティーの方ね。それ以上のことはしなくていいわ」


 冗談じゃない、情報収集だけならまだしも現物を持ってこいだなんて、よりにもよって難易度は最高レベル、ほんとにピンチじゃないか。

 こうして毎度のごとくママからの無理難題にすっかり困惑させられるミエルこと小林こばやし大悟だいごだった。

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