メイド・イン・ドラッグ ~ 男の娘探偵ミエルの潜入大作戦!

ととむん・まむぬーん

第1話 紅茶のおいしいメイドカフェ

「今のところ、もう一回だ!」


 東新宿警察署の一室で大画面モニターを前に何度も繰り返し動画を再生しているのは相庵あいあん警部とその部下小川だった。

 先日管轄内で起きた人身事故、その被害者は即死状態だったのだが、加害者車両から証拠として押収したドライブレコーダーの記録を確認していたところ相庵警部はその内容に解せない何かを感じたのだった。


 相庵あいあん貞夫さだお、ここ東新宿署の警部である彼は鋭い勘に加えてパワータイプな見た目に似合わぬ論理的思考と執念深さから、周囲の皆は彼を鬼警部と呼んでいた。中でも新宿を根城とするアウトローたちの間ではそんな彼を相庵の読みと英語のアイアンとを引っ掛けて「鬼鉄おにてつ」と呼ばれているのだった。


「待て、もう一回。今よりも前のところまで戻してくれ」


 上司の命令に従って小川はトグルを回しては何度も同じ箇所の再生を試みる。しかし相庵警部はそれでもまだ納得することはなかった。

 画面には車に飛び込んで来た被害者男性の顔のアップが映し出されている。フロントガラスを通したその顔は無表情ながらも大きく見開かれた目、しかしその瞳は虚ろで焦点が合っていなかった。


「主任、やっぱこれって当たり屋じゃないんですか?」

「お前はそう思うのか?」

「ええ、飛び込んではみたものの打ちどころが悪くて、とか」

「俺はそうは思わない。そもそも当たり屋ってのは当たってからが勝負だ。だからこんな命がけなことたぁしないはずだ」


 二人は再び冒頭からの再生を試みる。今度は幾分スローに、そして要所要所で動きを止めながら。


「ここ、ここだ!」


 相庵あいあん警部が指さすそこに映し出されているのは場末感が漂う寂れかけた飲食店街に佇む一軒の店と重厚なデザインの木製扉が開く様だった。そこからは小川がコマ送りで進めていく。開いた扉から姿を現したのはこれもまた周囲の景観にそぐわない白と黒を基調としたドレス風ファッションの女性だった。続いて彼女にエスコートされながらおぼつかない足取りで出てきた男性、彼こそが今回の被害者、先ほどの大写しになった顔の正体だった。

 男が舗道に出ると女性は形ばかりの会釈をしてすぐに扉を閉めてしまった。残された男はふらふらとこちらに向かって歩いて来る。これまで遠目に見えていたその姿が車が進むにつれて徐々に大きくなっていく。

 男の顔がこちらを見つめる。しかし車は何事もないように速度を落とすことなく走り続ける。そこからほんの二、三秒、男の身体が宙に舞ったと同時にフロントガラスを直撃する。衝撃音と運転手の声、タイヤはすぐさま急ブレーキの悲鳴を上げた。

 前方に投げ出された男は運悪く街路灯の鉄柱に打ち付けられ、背骨は不本意な方向に曲がったまま頭からアスファルトに叩きつけられた。車のドアが閉まる音に続いて動かなくなった男に駆け寄る運転手の姿、映像はここで終了していた。


 相庵あいあん警部は小川がしていたのを見よう見真似でトグルを操作する。画面のシーンは飛び飛びに戻されてついには最初の場面、木製扉が開くところが表示された。

 そこからまたもやコマ送りで進める。何コマ目か進めたところで手を止めた警部が小川に尋ねる。


「あの女はメイドか? ありゃメイド喫茶ってヤツか?」

「そうですね、あれは最近評判のカフェです。メイドさんが紅茶を出してくれるんです」

「なんだ、お前、知ってるのか。で、行ったことあるのか?」

「いえいえ、かなり人気の店なのでなかなか予約が取れないんです。中心街から離れたあんな場所で人気なもんだから自分も気になってるんです。紅茶を楽しむってコンセプトだそうですが、最近はハーブティーが人気らしいです」


 ハーブティー、その言葉に相庵あいあん警部は敏感に反応した。被害者のふらついた足取りとハーブティー、警部の頭の中で瞬時に怪しい疑念が沸き起こったのは言うまでもない。

 すぐに時刻を確認する。時計の針は午後四時を指していた。


「小川、その店の営業時間を調べてくれ」

「公式サイトでは夜十一時までになってます」

「そうか、なら今からでも十分間に合うな」


 相庵警部はおもむろに立ち上がると、きょとんとしている小川にすぐに準備しろと命じる。


「これから聞き込みに行くぞ」

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