第24話 ファイヤーウォール・インフェルノ
落ち葉を燃やす焚き火のような匂いと高い天井に漂う煙、今ここで起きている異変に気付いて最初に声を上げたのは
「
「なに? あ、あ――っ、マジかよ」
それは海斗の目にもハッキリとわかった。シャッターの前に積まれた段ボール箱の山から炎と煙が上がっている。しかし
「あ、危ねぇ。このクソガキがぁ――!」
気配を察した海斗は晶子の攻撃をかわすと返り討ちのようにその横顔を張り飛ばした。火搔き棒は晶子の手を離れてリノリュームの床を滑っていく。そして転げた晶子が見上げたそこには下着姿で吊るされたミエルと天井を流れる煙があった。
「ヤベェぞ、美緒。急いで引くぞ」
「引くって、ここはどうするの?」
「破棄だ、破棄。ほとぼりが冷めるまでどこかに
「でも、
「知るか、そんなもん。とにかく逃げるぞ」
海斗は仲間を気にする美緒の手を強引に引いて倉庫を後にした。
「いっ
殴られた頬をさすりながら立ち上がる晶子に吊るされたままのミエルが声をかける。
「ふぅ、ひとまずピンチは脱出。ありがとう晶子、おかげで助かったよ」
「お礼なんていいし、そんなことよりも、その……それ……な、なんとかするし。この変態」
「あ、こ、これは、その……わかった、わかったから、とにかくボクをここからおろして」
ミエルの腕は手錠とともにクレーンのフックに吊るされている。何をするにもまずこいつをなんとかしなくてはならない。周囲をキョロキョロするばかりの晶子にミエルが指示を出す。
「そこにクレーンの操作ボタンが転がってるだろ。それでこのフックを下げるんだ」
「これね、了解、っと」
晶子は操作ボタンを手にすると目についたボタンを押してみた。するとフックは上昇してミエルは天井の中腹まで上げられてしまった。
「違う、違う、逆だよ逆」
「あ、ちょっと間違えたし」
「とにかくゆっくりだ、急に下ろされたらヤバい」
晶子はミエルを見上げながらボタンを小刻みに操作する。なんとか地に足がついたミエルは自分でフックから腕をはずすと気を失っている
晶子もすぐに駆け寄ってミエルからカギの束を受け取ると手錠の鍵穴と見比べながらいくつかのカギを試してみた。
倉庫の中はますますキナ臭さを増していく。慌てる晶子の顔にオレンジ色がチラチラと反射する。どうやら炎が大きくなっているようだ。ますます
「晶子、大丈夫だから。落ち着いて」
五つ目のカギを試したとき、晶子は今までと違う手応えを感じた。思い切って捻ってみるとミエルの手首からはずれた手錠が床に転げ落ちた。
「やったね、晶子」
「う、うん」
何かを成し遂げた達成感に浸って見つめ合う二人だったが事態はそれを許さなかった。いくつかの箱が焼け崩れているのか、シャッターを震わせる音が聞こえてきた。ミエルは天井を見上げて声を上げた。
「まだまだピンチじゃんか! てか、スプリンクラーはないのかよ、ここには」
「あたしたちも早く逃げよう。表にチャリがあるし」
「ダメだよ晶子、このままだとみんな焼け死んじゃうよ」
「いいよ、あんなヤツら。死んじゃえばいいし」
「とにかく……とにかく火を消さなくちゃ」
ミエルは消火設備はないかと周囲を見渡す。すると入口のアルミドアのすぐ脇に赤いボックスが見えた。
「あそこか!」
ミエルは駆け寄ってボックスのフタを開ける。
「ビンゴだね」
ミエルはボックスの中にあるレバーを引いた。倉庫全体にまるで本降りの雨のような水が降り注ぐ。見る見るうちに床のあちこちにも大きな水たまりができ始めた。
「よし、これでひとまず安心だ。晶子、チャリがあるって言ってたよね。ボクたちも早くここから出よう」
降りしきる水の下、ミエルも晶子も全身がずぶ濡れになっていた。
「さあ行こう。このままじゃボクたち二人揃って風邪ひいちゃうよ」
しかし晶子はうつむいたまま動こうとしなかった。
「どうしたんだよ晶子、なんで黙ってるんだよ」
ミエルは駆け寄ってその顔を覗き込んだ。すると晶子は頬を真っ赤にしながら何かをつぶやいていた。ミエルは彼女を気遣うようにもう一度その顔を覗き込んだ。
「……するし」
「えっ、何? スプリンクラーの音で聞こえないよ、もう一回言って……」
「だから、とにかく何か着るし、この変態!」
言うが早いかミエルの横っ面にいきなりの衝撃、晶子のビンタだ。あまりの勢いにツインテールのウィッグまでもが飛ばされる。すると晶子の目の前にミエルの地毛、栗色のマッシュルームショートが現れた。
「な、なんでぶつんだよ」
「知らない、何度も言わせんな、変態、変態、変態!」
言われてみれば、今のミエルは下着姿、それも女性用だった。それが水に濡れてピッタリと肌に張り付いているのだ。おかげで彼の股間には女性ではあり得ない形状が浮かび上がっていた。その上ウィッグもなくなりボーイッシュなショートカットである。晶子の顔はますます赤みを増した。
「もう、信じらんない!」
そして晶子は足元に放置されてぐっしょりと濡れてしまったミエルのエプロンドレスを彼に投げつけた。ようやっとその状況に気付いたミエルも彼女に負けず劣らす顔を紅潮させながら水を含んですっかり重たくなったエプロンを身に付ける。その姿は前から見ればエプロン姿、後ろからは女性用の小さなショーツ姿、まさに裸エプロンそのものだった。
「マジでいい加減にするし。なんなの、あんたって!」
怒りを通り越してすっかり呆れた晶子がミエルの尻を蹴る。
「あ――っ、痛い、マジで痛い」
そう、ミエルはさっきまで尋問と称して責め続けられていたのだ。その傷でまだ熱が冷めやらぬを彼の尻はそんな刺激に敏感過ぎる反応を示すのだった。
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