第二十七話 君が誰かを想うように、君の隣の誰かもその人を想う(ガーナ基地攻略戦)


 ほどなくして、二機のレグルスが率いる部隊による、ガーナへの攻撃が始まった。


 キーフォルスは、カフィニッシュ基地にあって、次々に届くガーナ攻略戦の推移を聞いていた。


「まったく、彼らといると連戦ばかりだな」


 それは独り言だったのだが、隣にいたオーリガが応える。


「勝てるところは勝ち切る。頼もしいものだ」


「余裕を持った終わらせ方というのも、学ばねばならないさ」


「大変だな。教師役は、半分担おう。兄としてな」


 ガーナ基地への奇襲戦は、一方的な展開になっていた。


 作戦通り、シヴァ機の妨害電波に身を隠したカフィニッシュ基地軍は、間近に迫ってから、猛獣のようにガーナ基地に挑みかかった。


 戦闘機体ゾディアクスの数はどちらも互角といったところだったが、気構えと、パイロット――特にその一部――の力量に雲泥の差があった。


 アーリアルは、既に基地の本丸へ到達せんとしていた。


 そこへザクセンから通信が入る。


「アーリー、一度味方のところまで引こう」


「いや。もうすぐ、敵の大将が出てくる」


「この状況では、まだ出ないだろう。向こうの指揮系統が失われるもの」


「この敵は、勇敢だからじゃなくて、恥に耐えられなくて出てくる。戦い方から、そういう気配がする」


 恥の気配か、そういえばガーナ基地はサントクレセイダに落とされたことはなかったらしいからな……とザクセンがひとりごちた時、前方の塔から大将機であろうと見て取れるカラーリングの、準エース機エンタリスが飛び出してきた。


 その横に、護衛機らしい遠距離戦用機体ウルシェダイが三機はべっている。


 無言の役割分担で、アーリアルが準エース機エンタリスに突っ込んでいった。


 ザクセンは、右にいる遠距離戦用機体ウルシェダイにビームを二発、目くらましに放った。


 その牽制にたじろがず、遠距離戦用機体ウルシェダイは三機ともレグルススノウへ攻撃の照準を定める。倒すべき順序を決め、一機ずつ確実に落としていくその選択は、この状況では英断と言えた。相手がこの二人でなければ。


ADオートディフェンサーで、かわせる程度だと思ったんだろう。でも、とうに違う」


 そう叫んだザクセンのBBシュータームスペルヘイムは紫の閃光を三発走らせ、あっという間に右の一機を撃墜した。ザクセンとアーリアルにとって、ビーム残量に余裕さえあれば、最早この程度のADオートディフェンスは無きに等しい。


 さすがにうろたえを見せた準エース機エンタリスが、ビームシューターの銃口をさまよわせる間に、アーリアルはアームナイフを発動させ、最大加速して準エース機エンタリスの胸部コクピットに突き込んだ。これももう、ヒートカウンタ―と並んでアーリアルの得意技になっている。


 残った二機の遠距離戦用機体ウルシェダイは、ザクセンが三発ずつ打ち込んで撃墜した。


 この時、実質的に、ガーナ基地は史上初めて、サントクレセイダの占領下に置かれた。



 ガーナ基地にサントクレセイダの旗が立ったのは、まだ、太陽が夕日にもならない時刻だった。


「……凄まじいな」


 キーフォルスは、まだ紫煙を上げているガーナ基地のがれきを見やりながら、その中枢へ歩を進めていた。


 その隣には、アーリアルとザクセンがいる。


 鉄の壁に囲まれた一個の町のような要塞は、残敵の捕縛を終え、既にすっかり沈黙している。


 アーリアルもそんな辺りを見回しながら、


準エース機エンタリスを落としたら、敵の抵抗がなくなりました。思ったより、破壊せずに済んだかなと思ったんですけど」


「凄まじいと言ったのは、破壊状況ではなく、君たちがだよ。もうここの司令部は使えるんだな?」


 これにはザクセンが答える。


「ほとんど無傷ですから。システムをサントクレセイダのものに変える必要はありますが、設備はほぼ流用できると思います」


「分かった。奥に、中世期から残っているというレンガ造りの詰め所があるだろう。風情があって、休憩所や慰安集会に使われていたようだが、ひとまずそこで休め。今日はさすがに疲れただろう」


 言葉に甘えることにして、二人は詰め所へ向かった。


 オレンジ色のレンガで作られた建物は確かに中世の詩情豊かで、傍らには小川と水車小屋まである。


「わあ。アーリー、これ、飲める水みたいだね。ここで休みたくなる気持ちは分かるな」


 ガーナ基地の中は、カフィニッシュの部隊による占領作業が続いている。とはいえ、パイロットにできることはもうなく、休んでしまっても誰からも責められる理由はない。


「私は、ちょっと神経が尖ってて、すぐには眠れなさそうだ。ていうかまだこんなに明るいし」


「確かに」


 二人は詰め所の中に入ると、薄暗かったので、明かりをつけた。玄関の右手にはホールがあり、長テーブルと、奥にキッチンが見える。


 二人が思わず目を止めたのは、長テーブルの横に立つ、大柄な男だった。


「やあ、来たな。勝利の立役者たち」


「オーリガさん。僕たち、オーリガさんはカフィニッシュにいるんだとばっかり」


「まあ、座れ。しばらくは他に人は来ん」


 長テーブルには、四つだけ椅子が据えられていた。立っているオーリガの右脇と、その向かいに三つ。アーリアルとザクセンは、言われるがままにそこへ座る。


 机上では、真っ赤なヴァージナルベリーで彩られた、四切れのケーキが小皿に載っていた。白いレースのナプキンと、純白の茶器も添えられている。中身は紅茶らしい。


「お前たち、ヴァージナルベリーは知っているか? 昔、サントクレセイダ王家の屋外用ヴァージナルに、こいつのつるが絡みついてしまって、引きちぎるのに気の引けた姫がそのまま栽培しだしたという果物だ」


「私、好きですよ。色がきれいでよくお祝いに使われるから、これは戦勝のお祝い?」


「そうだ。麗しく誇らしい、君たち二人のお祝いだ。ほら」


 オーリガが手際よくカップに紅茶を注ぎ(大きな手でつままれたティーポットはまるでおもちゃのようだった)、ケーキを配膳した。オーリガの手元に一つ、ザクセンとアーリアルにそれぞれと、アーリアルの右隣りに一つ。


「私の隣は、キーフォルス中尉の席?」


「いいや。あいつは、今日は深夜まで仕事だろう。俺は、カフィニッシュ基地のオーブンでこいつを焼いたのが、今日は最後の仕事だ」


 ザクセンが思わず声を出す。


「オーリガさんが焼いたんですか? 驚いた」


「さあ、捧げもののお祈りをして、いただこう。今日は本当にお疲れ様だった」


「ありがとうございます。でも私、食事の時に神にお祈りする宗派じゃないんですけど」


「神にじゃない。君たちのお祝いだと言っただろう。そうしたら、必然的に招かれるべき人がもう一人いる。彼女への祈りだ」


 アーリアルの背筋が、電流が流れたように伸びた。


 そうしてようやく、二人のパイロットは、四つ目の椅子とケーキが誰のためのものなのかに気づいた。オーリガはザクセンの兄のことを知らない。また、アーリアルとザクセンの祝いだというのなら、オーリガの弟であるテジフは含まれないのだろう。そうなると、残るは一人しかいない。


 アーリアルの唇が震えた。


「オーリガさん……。私の姉のことを思うのは、もう何年も、この世に、私一人だった……。両親も、あまり、姉のことを」


「いいのだ。立派な姉上なのだな。お前を見ていると分かる。さあ、お祈りが終わったら、姉上に失敬して、その四切れ目は俺がいただこう。パイロットに、食い過ぎは禁物だ」


 ザクセンは、なぜキーフォルスが、オーリガの合流を急いだのか、分かった気がした。


 オーリガという男は、アーリアルの姉のことを、立派だったのだな・・・・・・と過去形で語らなかった。四切れ目のケーキと言い、こうした感覚が自発的に持てるらしい。アーリアルの一番近くにいることを自認するザクセンすら思い至らなかったことを、彼はおもんばかれる。


 確かにオーリガは戦闘で役に立つ。だが、その上、まだ不安定な若きエースを、他の人間にできない形で支えることができる。


 ザクセンは、一日を争うようなオーリガの急遽の登用が、アーリアルに対するキーフォルスの無言の感謝に思えた。


 短い祈りを済ませてから、それぞれがケーキと紅茶に手を伸ばしていると、


「ところで、我が弟ザックスよ。お前は俺のあずかり知らぬ兄弟などはいるのか?」


 いきなり水を向けられて、危うくザクセンはむせそうになる。


「あ、ええ、ええと。実はですね、僕にも兄が一人――シヴァに、います。……軍人です」


 オーリガは小さくうなずき、


「……そうか」


 とだけ言った。敵なのだな、とも、もっと説明しろ、とも口にしなかった。ザクセンは、近いうちに自分の口で、キルティキアンのことをオーリガに伝えようと思った。


 甘酸っぱい苺と、甘いケーキに、いい香りの紅茶。夕暮れ前の、喧騒を建物の外に締め出した、穏やかな空気。


 ザクセンは、戦いを終えてからもいくらか強張っていた体から、緊張が抜けていくのを感じる。


 ――彼が来たのは、アーリアルのためじゃなく、僕たち・・・のためか。


 つかの間の休息の時間は、昨日今日出会ったばかりの大男の前だというのに、二人のパイロットにとって、安らぎのそれと言って差し支えなかった。

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