第十二話 名前のない敗北


 月が、いつになく煌々と明るく、地表を照らしていた。視界モニタースクリーンの補正機能を通して見れば、周囲の視認性は昼間と大差ない。


 黒いレグルスと白銀のイスピーサは、激しい空中戦を繰り広げていた。


 ビームとバルカン砲が、幾度も空をかすめて飛びすさっていく。

 

 ザクセンはレーダーとモニターの端でアーリアルが五機の敵を相手取るのを感じ取ってはいたが、それ以上の余裕はない。


(機体の種類ごとに差異はあっても……サントクレセイダの戦闘機体ゾディアクスは機動性に、シヴァのそれは火力に、それぞれ優れている傾向があるはずだ……それなのに)


 イスピーサの動きは、相手後背の位置を奪い合う、飛行機のドッグファイトに近い。先程から何度もザクセンは後ろを取られかけていた。


「ずっと追われっぱなしで、精神が摩耗していく……薬が早く切れる……」


 それが分かっていても、ザクセンには打開策が見つからない。


 両者の戦い方は、酷似していた。だからこそ、ザクセンは敵パイロットとの実力差を感じていた。


「押されている!」


 そう叫ぶザクセンの耳に、何度目かの爆発音が聞こえた。アーリアルが敵を撃墜したのだろう。


 二人でなら、この敵を倒せるかもしれない、とも思う。しかしそれは、アーリアルの命をこのイスピーサの前にさらけ出させるのと同じだった。だから踏ん切りがつかない。


 イスピーサの武装は概ね把握できていた。ビームシューターを両手に二丁、両肩の長射程ガトリング。それに加え、額のヘッドビーム、前腕に収納されたマテリアルアームナイフ、腰にマイクロミサイルが2発。


 レグルスの火力では正面からやり合えない。だが、ヒットアンドアウェイも優位に運べない。


 ザクセンは消耗戦を仕掛けたかったが、そうもいかない。体に入れた薬が間もなく切れれば、ダウン期間になる。そうなれば自分など、この敵にとってはただの的でしかない。


 そこへ、イスピーサから通信が入った。


「ザックス。今一度言う。このキルティキアンの元に戻れ」


「断る! 僕が、規格外の戦いができないと思わないでくれ!」


 ザクセンが、エンジンを切った。


「何?」


 いぶかしむキルティキアンの前で、黒いレグルスが落下を始めた。


「ザックス貴様、森に潜むつもりか? 夜の森とて、レーダーで補足できんわけがあるまい」


 レグルスは、背の高い森林の中に隠れた。


 だがイスピーサのレーダーは、サウザンズ鋼でできた戦闘機体ゾディアクスを正確に捉える。


 浮遊フロートエンジンの発明者でもあるサウザンズ博士が開発したためにその名を与えられた装甲材は、鉄とは比べ物にならない軽さと硬さを兼ね備えていたが、レーダーの目を逃れることはできない。


「私の真下にいるな、ザックス! そこから撃ったとて、当たると思うな!」


 その通信が響き終わらないうちに、深い森の中から、何かが真上へ飛び出してきた。


「なに!?」


 直下からの射撃を予想していたキルティキアンの反応が一瞬遅れる。それは、戦闘機型に変形したレグルスだった。


「森の中で変形していたのか!」


「捉えられまい、キルティキアン!」


 人型形態よりも速度を増した黒い戦闘機は、キルティキアンのすぐ脇を通り過ぎて更に上昇する。


 だがその時、キルティキアンの耳に、カンッと固い音が聞こえた。すれ違いざまにミサイルマーカーをつけられた、とキルティキアンは即座に悟る。


 イスピーサの上を取ったレグルスは、瞬時に人型に変形した。


「あなたは、生け捕りなんて考えているから、足元をすくわれるんだ! これはかわせまい!」


 ザクセンはマイクロミサイルを四発全部放った。


 しかし。


「侮ってくれた、それは侮辱的な攻撃だな、ザックス!」


 イスピーサが両手のビームシューターを掲げた。引き金を、素早く左右二度ずつ引く。


 夜の闇を裂く鮮やかな青色の閃光が、四基のミサイルを全て撃ち抜いた。


「人間か……信じがたくなる……」


 爆煙の中で、そう呟いたザクセンがイスピーサを一瞬見失う。


 その時、キルティキアンからの指向性通信が再びザクセンに届いた。


「お前のシューターはムスペルヘイムというのだったな。こちらイスピーサのは、インフェルノという」


 とっさに、ザクセンがレグルスの身をよじらせた。


 爆煙の中から放たれた二筋の青いビームが、黒いレグルスの左腕をかすめた。


「くっ!?」


 左腕はちぎれはしなかったが、熱で操作系を焼かれた。もう動かない。これで接近戦になっても、レグルスの左手甲のビームエッジは使えない。


 イスピーサが煙幕から飛び出した。左手に、大振りのマテリアルナイフを抜いている。


 ザクセンは肩部バルカンで牽制を入れた。しかしたやすくその射線を外して、イスピーサが眼前に接近する。


 複数の対応策を頭の中に展開させながら、同時にコクピットからの脱出ボタンを押す選択をザクセンが頭によぎらせた時、紫色の閃光がイスピーサとの間に走った。


「ほう!」とキルティキアンが感嘆の声を上げる。


「アーリー!? もう五機をやったのか!?」


 ザクセンが上を見た。たった今爆砕したらしい敵の機体が二つ、部品を振りまいて落ちていく。早すぎる、とザクセンはこの味方の才能にも戦慄した。


「ザックス、待たせた! 私もそいつをやる!」


 レグルススノウが、イスピーサめがけて急降下してきた。左手甲のビームエッジを発動させている。


 |戦闘機体のビーム兵器には、フロウ光子フォトンと呼ばれる光学技術による物質が使われている。このフロウ光子フォトンを凝縮させることによって安定化しているビームエッジは、個体の物質を透過せず、衝突する性質があった。


 そのため、ビームエッジは、イスピーサの|物質ナイフとも打ち合うことができる。


 だが、刃渡りはマテリアルナイフの方が長い。キルティキアンは近接戦闘も達者だろう。ザクセンは、アーリアルが切り負ける光景を想像して、血の気が引いた。


(くそっ、一か八かだ……)


 ザクセンは、残された全武装を、今にもアーリアルに向けて突進しようとしているイスピーサに向けた。


 キルティキアンとアーリアルが次々に叫ぶ。


「なに、貴様――ザックス! そんな醜い戦い方を!」


「ザックス、それって!?」


「アーリー、下がれ! |全弾斉射!」


 ムスペルヘイムのビームを連射しながら、ザクセンは器用に右手首のリストマシンガンも正確にイスピーサに向けて撃つ。肩部バルカンも弾のある限り回転させた。


 ミサイルと左手のリストマシンガンがないため片手落ちではあったが、全武装をかけた最大攻撃で、これは複数武器を所持する戦闘機体ゾディアクスの戦闘で時折見られる。ただ、自棄やけになった時に使われることも多いため、自暴自棄デスパレイションアタックとも揶揄されるが。


 照準はあやまたず、先ほどのミサイルよりも激しい弾着の煙が、イスピーサを包み込んだ。


「これで落ちてくれっ!」


 ザクセンの祈りは、しかし、そうならないことが分かっているからこそだと、自覚している。


 案の定、手ごたえが妙だった。


「なんだ……?」


 ザクセンが射撃を止めた。ちょうど、ほとんど弾が切れたところでもあったが。


 爆煙が薄れていく。その中にたたずむイスピーサは、やはり健在だった。だが、先とは違ったところがある。


「あれは……まさか、ビームシールド……? 実用化していたのか……?」


 イスピーサは、右手のビームシューターインフェルノをザクセン機へ向けていた。その銃口のすぐ先に、縦長の六角形をした、赤い光の盾が浮いている。盾は幅も高さも、イスピーサと同程度だった。つまり、その陰にいれば、正面からの攻撃は全て防ぐことができる。


「ザックス、貴様、全弾斉射などと無駄なことを。おかげで、フロウ光子フォトンの盾は理論上は実弾もビームも防ぐものだが、実戦で役立つと分かったのはありがたいがな」


「そんな……ムスペルヘイムのビームを止めるほどのシールドなんて……それも、実弾混じりで……。こんなに――」


 ――こんなに差があるのか。サントクレセイダとシヴァの、同じエース機同士の装備において。


 ザクセンは、指向性通信をアーリアルに入れた。


「アーリー、退却する!」


「私はまだ無傷なのに!?」


「無傷のうちにだ!」


「その言い方は、私はカッとなる!」


「生きてこそだ、戦えば死ぬよ!」


 この、叫ぶような二人の会話に割って入ったのは、幼い少年の指向性通信だった。


「お二人とも、下がってください! 増援が来ますよ」


 声の主はマコ・ワンスーンだった。アーリアルが驚きの声を上げる。


「マコ! 近くに来てるのか?」


 まだ視認はできないが、レーダーを見ると、それらしき友軍機が一機、後ろから近付いている。


「僕の後ろから本隊が続いてきます。あの敵を包囲しましょう」


 今度はザクセンが叫んだ。


「マコ、君も下がるんだ。そうすればあいつは君を追っては来ないよ。僕とアーリー、さらに増援となればさすがに無謀だから。アーリーもいいね」


 確かに、マコの来訪をレーダーでつかんだのだろうイスピーサは、空中で足を止めていた。アーリアルらと、互いにまだ戦闘空域ではあるが、すでに必殺の間合いからは外れている。


 アーリアルは不承不承、ザクセンと共に後退した。


「くそっ。あの敵、今度会ったら……」


 不満を漏らすアーリアルのレーダーに、今度は更に五機の味方機が映った。カフィニッシュからの増援だと、すぐに知れた。


「アーリー、助っ人だ。一緒に牽制しながら退却するんだ」


「ザックスじゃなければ、従ってないからね! 人柄って能力なんだから!」


 そう言って後退するアーリアルに、ザクセンは安堵のため息を落とした。


 ザクセン機のムスペルヘイムの武装は、ビームが二発分と、実弾が少々残っているだけだった。これではおとりになることもできない。


「こちらザクセン・フウです。増援部隊へ、出すぎずに、遠巻きに撃ちながら退いてください」


 その通信に返してきたのは、トーキンだった。


「こちらカフィニッシュのトーキンです。経緯は存じませんが、敵は残り一機の模様。我々が出ます、激戦だったであろうレグルス二機はお引上げください」


 そういい終わると、ちょうど、増援部隊の五機の戦闘機隊ゾディアクスが、後退するレグルス二機とすれ違った。


 ザックスが慌ててトーキンに通信を入れる。


「トーキン少佐、待ってください! 戦っちゃいけません!」


「ザックスくん、我々も、基地に、手ぶらで戻りましたとは言えませんよ」


「少佐ッ! この敵には、生きて帰れば手ぶらではないんだ! 少佐!」


 そこへ、アーリアルの通信も入った。


「トーキン少佐、ザックスも私もこいつは勝てない相手だと踏んでいて! レグルス二人がかりでもですよ」


「お二人とも、この五機は全て接近戦用機体アクベーネですから、遠巻きになど、それこそ戦えません。そして我々はチームなのです。五機揃えば、たとえお二人が相手でも互角以上に渡り合える自信が――」


 トーキンの言葉が終わる前に、各機のレーダーが異常を訴えた。

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