第十三話 己なき戦場
それまで沈黙していたイスピーサが、弾けたように動き出し、範囲通信を入れてきた。
「ザックス、それに白いレグルス、逃げるならそれもよかろう。変形するなら、貴様ら二機には追い付けん。だが、こちらはつまらん獲物でもいただいていくぞ!」
アーリアルの視界スクリーンの前方に、青い閃光が細く走った。
同時に、レーダーに映っていた味方機の
アーリアルが「落とされた!?」と叫ぶ。
トーキンが、
「ええい、挟めッ! 獲物になるのはあいつの方だ!」
と指示し、二機のアクベーネが、直進してきたイスピーサを左右から挟んだ。
しかし、接近戦用のアクベーネが両側から攻撃する前に、一機はマイクロミサイル、もう一機はインフェルノのビームによって、イスピーサに近づくこともできずに爆砕された。
「う……うわああああッ!? みんなッ!」と、錯乱した四機目のアクベーネが、すぐ傍まで接近してきたイスピーサに切りかかった。
「ま、待て!」というトーキンの制止とほぼ同時に、そのアクベーネはマテリアルラージナイフを振りかざしたが、振り下ろす間もなく、突進してきたイスピーサの額から放たれたヘッドビームで手首を弾かれる。
そして、インフェルノのビームに、胸部コクピットを正面から撃ち抜かれた。
キルティキアンが、炎を上げながら落ちていくアクベーネの向こうに目をやると、残った三機のサントクレセイダ機――レグルス二機とトーキンのアクベーネ――が撤退していくところだった。トーキンがことここに至って、退却を決断していた。
「ザックス……私を煽っているのはお前だぞ。……森の使い方は悪くなかった、私の想像よりも。それ以上変わるな。私よりもお前の近くにいるものは、全て剥ぎ取ってやる……」
イスピーサが、戦闘機形態に変形した。そして空中で
「まさかここでまみえるとはな。私は、別の戦場に呼ばれている。再会は今少し先になるだろう。それまで、死ぬなよ。弟よ」
そのまま基地へ引き返そうとしたキルティキアンの眼下のレーダーに、一つの敵影が映った。
「なんだと? 死にたい奴がまだいる?」
イスピーサの機体を反転させる。コクピットのスクリーンには、夜空の中央にサントクレセイダ機が一機、豆粒のように映っていた。スクリーンで視認することを、
「サントクレセイダの
■
戦闘空域を離脱しかけたアーリアルが、その名前を不意に口にした。
「……マコは?」
範囲通信でそれを聞いたザクセンは、はてと首をかしげかけてから、悪寒に包まれた。
「まさか……引き上げていないのか? アーリー、トーキン少佐、レーダー範囲を広げて!」
三人が三人とも、この周囲にあの少年がいないことを確認する。
ザクセンはトーキンに向けて、
「少佐、マコは何に乗って出たんです?」
「
アーリアルが、
「扱いやすいって……」
とつい口に出してしまった時、彼女が何を言おうとしたのかを先回りして察知したトーキンが――その察知が正確だったのかは不明だが――猛った。
「子供でも、戦いに赴くときは赴く! 人の手が足りんのだ、戦力が足りんのだ! 子供でも女でも、銃後を守るだけでなく、出撃することはある! それでも当然敵の真正面になどは出さんさ、だがまさか、あいつ……」
ザクセンが、抑えた声で問いかけた。
「少佐、マコくんは、間近で味方が落とされるのを見ました。彼は、平静を失いやすいところはあるのでしょうか?」
「……いいや……しかしあいつは……基地の奴らに可愛がられていた……」
■
マコ・ワンスーンは激高していた。
しかし、無謀ではなかった。前進をやめ、
「これ以上は近付かない……あいつが、皆をやった奴だ……四人も……いい人たちだったのに……許さない」
「でも、僕が戦っても勝てない。冷静にやるんだ……接敵せず、奴のデータを集められるだけ集めるんだ。そうして帰らなくちゃ、意味がない」
いざ、牙を剥かれた時は、何をおいても全速力で逃げる。それだけは心に決めた。
今日墜とされた四人が、自業自得とも言えるのは分かっている。彼らは、基地の中の心ない人々に、ワーズワースの新星である二人の子供と、比べられていた。
昨日今日軍学校を出たような少年少女がやすやすと打ち破った敵に、今まで勝利し得なかったのはどういうことか。嘲笑混じりのそんな声が、基地の外、カフィニッシュの町から聞こえていた。
だから今回、あの二人が逃げを打つような相手に、戦果を挙げたなら。
口には出さなかったが、そんな思いが、兄のトーキンを含め五人共にあっただろう。そうして、あっさりと返り討ちにされたのだ。
「でも、皆は無駄死にじゃないぞ……僕が奴の情報を、一つで多く持ち帰るほどに、そうなる」
できることなら、あの敵機の最高速度や旋回性能、戦闘能力についても可能な限り知りたかった。しかしそれらが発揮される時は、マコの生命がその分だけ危機にさらされることになる。
逃げるのは恥ではない。そしてその判断の線引きは、いくら手前に引いたとしても、命の価値には及ばない。敵が攻撃してきたらではなく、敵の射程距離に入ったら、もう逃げた方がいい。
「それでも僕にできるギリギリまで、やってやる」
今の距離ならば、たとえイスピーサが
「この距離じゃ当たるわけないけど……にらめっこじゃ何も分からない、少し撃ってみるか」
ビームの発射ボタンに指を伸ばした時、イスピーサに動きがあった。
何をしてくるのかと身構えたが、放たれたのは、どうやらミサイルのようだった。当然、マコはマーカーなどつけられてはいないため、照準はまるでこちらには合っていない。
「何だ? 当たるわけないだろ……」
明後日の方に飛んでいくミサイル一つくらい撃墜してやろうかと思ったが、それこそが相手に隙を突かれる原因になるかもしれないと、自制する。どの道、敵弾はマコの遥か右手の方へ、あてもなく向かって行った。
そして、マコがその行方を目で追うのをやめた時。
ミサイルが自爆した。
「何!? 目くらまし!? いや、あんな遠くで爆発したって、破片すら大して飛んで来ないし……」
瞬間、違和感を覚えて、正面を向く。
イスピーサが接近してきている。また、先ほどまでマコと同じ高さにいたはずが、二百メートル近く上方に昇っていた。
まさか、と思った時には、
射角をつけて撃ち放たれた光の帯は、正確に
「う、うわあああっ!?」
計器を見たマコは、事態を正確に把握した。もう戦える状態ではない。
脱出ボタンに手を伸ばした時、マコは、スクリーンの中で、白銀の機体が間近に迫ってくるのを見た。
マコに脱出を躊躇させたのは、ここで機体を棄てれば、わずかながらに集めた敵機の情報も失われて、あの四人の死が本当に無駄になってしまうことへの恐れだった。
その一瞬で、イスピーサは、
眼前に迫る銀色の悪魔の銃口に、マコは一瞬、アーリアル・キングスやザクセン・フウに撃墜された敵たちも、こんな気分だったのだろうかと思考した。こうやって、なすすべなく死んでいったのかと。
しかし、マコは、死ぬくらいならば引き上げる、今日の二人を見ていた。
諦めるな。死ぬまでは生きている。そして、自分はまだ死んでいない。
恐怖で硬直しかけた腕と指がしなり、マコは機体に、最後の挙動を強いた。わずかに生き残っていた
しかしイスピーサは、正確に、その挙動を追いかけてインフェルノの引き金を引いた。
コックピットに青い杭が突き刺さる。
マコ・ワンスーンには、昆虫の研究者になるという夢があった。
その夢は、今、生命と共に蒸発して潰えた。
今度こそイスピーサが引き上げていく。
アーリアルたちが追いすがろうとしても、遅すぎた。もう取り返せるものはない。
月はようよう、天上に上がろうとしていた。
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