第九話 死なない者だけの出撃


 二人は教室を飛び出て、一階の作戦室に舞い戻った。


 しかしそこにいた大人たちは、一様に顔が赤い。


「全員飲んでるんですか!」とアーリアルがぞっとして悲鳴をあげる。ザクセンと大人たちとの気構えの差に、眩暈がした。


 ザクセンがアーリアルを制して、


「少量でもアルコールが入っていれば飛べませんよね。ここは僕とアーリアルが出ます。他に飛べる人は!?」


「自分が出られます」とトーキンが歩み出た。「自分を含め、遠距離戦用機体ハーマルに乗れる、しらふの者が三名おります」


 ザクセンが身を翻しながら言う。


「では、僕とアーリアルのレグルスに着いてきてください。行くよ、アーリー」


「待ってザックス。キーフォルス中尉、敵の数や距離は、もう分かってるんですか?」


 問われたキーフォルスが歩み出た。どうやら飲んでいないらしく、アーリアルはこの上官に失望せずにいられたことに安堵する。


「東より十機、全て戦闘機体ゾディアクスと見られる。距離、二百キイルだ」


「うそ!? なんでこんなにすぐ、そんな数が!?」


「恐らくは、近隣の機体の精鋭を揃えたのだろうな」


「なら、それを全部落とせばいいんだ」


 アーリーの発想に、キーフォルスはたじろぎそうになった。強いて落ち着かせた声で答える。


「確かにそれが実現できれば、この辺りはしばらくは安泰になりそうだ。だがアーリー、いいか、毎回敵を全滅させる必要は……」


「あります!」


 そう言って、アーリアルはザクセンと共にきびすを返した。トーキンら三人がそれに続く。


 小太りのカフィニッシュ基地長ゴルデンが、キーフォルスの肩を叩いた。


「頼もしいお二人ですな。うちのトーキンなどとはものが違う。あの若さ、いや幼さで、エース用可変機レグルスを乗りこなすとは」


「いえ、まだまだ危ういところもありまして。……血気に早らなければいいのですが。先を急ぐ戦士は、命も早く失うものですから」


 ■


 二人のエースは、すぐに格納庫のシャッターを開け、戦闘機形態で収められている白と黒のレグルスに乗り込んだ。


「それにしても、私たちの味方はどうなってるの! ほとんどが酔っ払ってるなんて」


 指向性通信で回線を繋いでいるザクセンが、苦笑して答えた。


「まあ、仕方ないよ。この基地、ずっと苦杯を舐めてたみたいだし」


「それにしたって、最前線なのは変わらないでしょう。酔うかしら、普通。自分を万全ではなくすのが、そんなに気持ちいいの?」


「さてね。もしかしたら、


「……え?」


 二人は互いに、お互いだけにしか通信を開いていないことを確認した。


「ザックス、どういうこと?」


「君の言う通りだよ。普通酒盛りなんてする状況じゃない」


「……誰かが誘導したってこと? 今、夜襲だって受けているのに」


「夜襲される時に、基地を無力化できるように、かな。エース用可変機レグルスのパイロットの僕らが未成年で、しかも宴会に参加しなかったのは、常識的に考えてイレギュラーだ。イレギュラーな幸運だね、僕らにとっては」


「そんな……それって……つまり」


「今は詮索している暇はないからね。ま、トーキンさんたちも入れて戦闘機体ゾディアクスが五機もあれば、敵が十機でも僕たちなら渡り合えるさ。よし、全システム起動した。そっちもだね? 内緒話はここまでだ」


 ザクセンは、ついてきた三人に通信回線を開き、「トーキン少佐たちはどう?」


「こちらトーキン。済まない、ザクセン・フウ殿。我ら三機、システムのリロードが必要のようだ。数分かかる」


 そこに、幼い少年の声が混じった。


「すみません、アーリアルさん、ザクセンさん! すぐに飛びますから!」


 アーリアルが、自分よりも若々しい声を聞いて、「誰誰さん? いくつ?」と訊く。


「マコ・ワンスーンと言います。トーキンの弟で、十四歳です」


 トーキンの慌てた声が割り込んだ。


「失礼しました、お二方。構わんでください、諸事申し訳ない」


「大丈夫。先に僕とアーリアルが出ますから、火が入り次第出てください。ザクセン、レグルスオニキス、発進よろし!」


「アーリアル、レグルススノー、出撃します」


 そうして、二機のレグルスだけが飛び立った。浮遊エンジンがあるので、助走はほぼ必要ない。


 夕暮れ時の空を、二羽の黒鉄くろがねの鷹が舞う。


「ザックス、図らずも私の言う通りになった」


「あのね、結構しんどい戦いだよ、これは」


「あの三人、来なくていいよ。死なれたくない」


「僕は、君にこそ死んで欲しくない」


 アーリアルが何と言っていいか分からず言葉に詰まった時、前方の夜空に敵影が見えた。視界が不明瞭でも、AIが敵機を、前面の視界スクリーン上で可視化してくれる。


 アーリアルが、


「来たっ! 接近戦用機体ハルディバン遠距離戦用機体ウルシェダイの混成、十機!」


 と通信を入れ、レグルスを人型に変形させた。ザクセンも同様にする。


 そして、二機対十機の戦闘が始まった。


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