第二十九話 四黒星のサヴォーネとヨーギ


「基地長! アンジビル基地長! バリアが破れます!」


 その報告を聞いても、アンジビルはもううろたえなかった。


「ああ。救援なき籠城に、もとより生きる目はない。やむを得ん、打って出るぞ。バリアを切る。全機、出撃準備!」


 そこへ待ったをかけたのは、副基地長のドルスだった。


「お待ちください、アンジビル基地長。今バリアを切れば、左右からのビームをもろに浴びます!」


「聞いておらんかったのか。バリアを切らずとも、同じことだ。さあ、パイロットは出撃準備をしろ!」


「だ、だめだあお前たち! バリアを切るな! まだ破れてはいないんだぞ!」


 基地内のスタッフは、右往左往し始めた。このガルツヴァッサの堅牢さを知らないものは、サントクレセイダにはいない。そのため、ここに集まった者は、多かれ少なかれ、前線でありながら安住の地だという意識があった。その甘さが、今、致命的な手おくれを招こうとしている。


 アンジビルは思わず、


「名城、内より落つ……か」


 と呟いた。


 その時、大きな音と振動が基地を襲った。


 ドルス副基地長は、泡を吹かんばかりになって天を仰ぐ。


「ちょ、直撃です! 敵の新手あらてにより、東のゲートに着弾! バ、バリア――破れました!」


 それを皮切りに、激しい爆音が次々に轟き始める。


 基地内には恐慌が立ち込め、最早戦える状態ではなかった。


 アンジビルは、最後の指示を出す。


「私がレグルスで出る! ここには三機のレグルスがある、まだ戦況は覆せるぞ。パイロット序列上位の二人は、私に続け!」



「ああ。敵、出てきた」


 間延びしたヨーギの声に、サヴォーネは


「そうだな。……もう少し、しゃんと言えないのか」


 と答える。


 彼らの眼前には、三機の最新鋭機が迫ってきていた。グレーにカラーリングされたレグルスは、BBシュータームスペルヘイムを手に突進してくる。


 左辺ではなくこの右辺に固まってやってきたのは、こちらの方がシヴァの機体数が少ないからだろう。


「冷静ではあるが、相手が悪かったな。行くぞヨーギ。僚機に正面で止めさせて、私たちが左右から挟む」



 天下に聞こえた基地が炎上していくのを、艦上のキルティキアンは静かに見下ろしていた。


 視界スクリーンの一部を拡大して、三機のレグルスが、四黒星ブラック・フォーの二人に突っかかっていくところを確認する。


 サヴォーネとヨーギは、見事な連携で、敵を圧倒していた。


 レグルスのビームは空を切り、アームナイフを出しても準エース機エンタリスにかわされ接近させてもらえない。やむなく、僚機の遠距離戦用機体ウルシェダイを襲おうとするが、そちらの方がさらに距離を空けられ、追いすがる前にビームを撃ち込まれてしまう。


 やがて、ヨーギのビームを受けたレグルスが一機、炎上した。情報漏洩を防ぐため、致命傷を受けるとすぐに自動で自爆してしまう。

 

 続けてもう一機、さらに一機。


 レグルスが全滅した頃になって、ガルツヴァッサの中から、残存していた戦闘機体ゾディアクスがぱらぱらと出てきた。数はそれなりにいるようだったが、指揮系統もなければパイロットの士気も高くはない。基地からの援護射撃もなく、あっという間に、サヴォーネらに狩られていく。


 そして、浮遊戦艦セルエドヴァイラスに、ガルツヴァッサから通信が入った。


 副基地長のドルスが、降伏を申し入れている。


「受け入れてやれ。エネルギーの無駄が省ける」


 そう言ったキルティキアンに、副官が小声で尋ねた。


「この副基地長はどうなさいますか?」


「殺しも拘束もしなくていい、捨扶持すてぶちをくれてやれ。処罰すれば、今後、降る者がいなくなる。だが、こいつにはなんの情報も権力も与えるな。そして閑職に追いやられたのとは真逆の待遇を受けていると、サントクレセイダに情報を流せ。上手くすれば、投降者が増えるだろう」



 やがて、艦に戻ってきたサヴォーネとヨーギは、パイロット控室で、なにやら揉めていた。


 取り急ぎの指示を出し終えたキルティキアンがそこを通りがかり、中を覗くと、ヨーギの癖のある黒髪を、サヴォーネが上から押さえながら小言を言っている。


「だから、あんな攻撃のかわし方はよせと言っているんだ、危ないだろう!」


「大丈夫。ヨーギは、才能がある。大丈夫ぅ」


 ヨーギの一人称は、ヨーギである。


「その才能を、命と共に失ったらどうすると言っているんだ!」


 キルティキアンは苦笑して、その場を離れた。


 胸中で、敵となった弟へ告げる。


 ――ザックス。おれのもとには、才ある者が集い、時代を変えようとしているぞ。お前はどうだ。愚民どもに、いいように使われてはいまいな。


 答える者はいない。


 キルティキアンは、再び艦橋へと足を向けた。

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