第二十八話 躍動のキルティキアン (ガルツヴァッサの戦い)

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 アーリアルたちが、画期的な戦果を挙げた東部戦線だったが。


 一週間ほど後、大陸の戦火の中心である中央線戦でも、異常が起きていた。


 蒼穹に浮かぶ、浮遊戦艦セルエドヴァイラスの中で、若い士官が直属の上官へ報告を上げる。


「キルティキアン様。ご命令通りに兵糧攻めにしていたマインセスト基地ですが、陥落いたしました」


「おれの見込みよりも早く落ちた時の指示は、守ったのだろうな、サヴォーネ」


 若い士官は、長いブルーブロンドの髪を静かに揺らして、細い腰を軽く曲げた。


「無論です」


「直属の部下である四黒星ブラック・フォーにさえ指令が守られんようでは、おれの先もない。お前の性には兵糧攻めなど合わんだろうがな」


「私は、キルティキアン様のご命令を全うするのみです」


「ふん。で?」


「キルティキアン様の予測されたとおり、罠がありました。キロマイル爆弾が、見つかりやすいところに一つ、見つかりにくく隠されたものが二つ。ご

慧眼けいがん、恐れ入ります」


「あそこの敵将は、曲者の気配があったのでな。しかしよく見つけた。そうした将兵の質は、上げようと思って急に上げられるものではない。助かる」


「もったいないお言葉。基地の検査が終わるまで、野営を命じられた時は兵士からわずかに不満の声も出ましたが、この結果を見てむしろキルティキアン様への敬意は深まっております」


 キルティキアンは、浮遊戦艦セルエドヴァイラスの司令官席の中で、前方を見やる。


 視界スクリーンには、今彼が猛攻をかけているサントクレセイダの基地、ガルツヴァッサがあった。


「見ろ、サヴォーネ。間もなくガルツヴァッサが落ちる」


「要害として知られるかの基地も、まもなく我らの傘下ですな。……しかし、間もなくとは、不敬ながら、小官には見えませんが……」


「無論、お前が出るからだ。ヨーギ・クニウルを連れて、一隊ずつを率いていけ。四黒星ブラック・フォーが二人も出れば、もう決まる」


 キルティキアンが口角を上げた。


「は、ただちに。ただもう一点、報告をお許しください。北寄りのオルノト基地も、我が軍が陥落せしめてございます」


「あそこは、当たり前に攻めれば当たり前に勝てる状況を作ったからな。まあ、順当に終わったのは喜ぶべきか。老人たちは何か言っていたか?」


「はっ。ジルバン中将は、何の戦術もない戦いだと苦言を呈されたとのことです」


 キルティキアンが大げさに嘆息する。


「だろうな。オルノト攻めを命じた四黒星ブラック・フォーの二人には、当初まともな数の兵力はなかった。不確かな戦術などで覆すよりも、兵力の確保が必要だったのだ。それをあの二人は周辺勢力を吸収して増強を成し、有利を得て戦って、結果勝利を得た。戦術なき戦いが聞いてあきれる、これ以上の戦術があろうか」


「キルティキアン様。我らは、あなたの正しきを存じております」


「何よりの励みだ。では、出撃しろ。ヨーギの奴はまだ寝ているのだろう、叩き起こせ。全く、未成年だからと言って肝の太い奴……」

 そこまで言って、キルティキアンは言葉を切った。


「いかがなさいましたか?」


「いや。ちょうど、ヨーギと同じ年頃の敵と、先日戦ったのでな。お前たちにも、いずれ聞かせる時が来るだろう」



 ガルツヴァッサは、長く難攻不落のサントクレセイダの門として勇名を馳せていた。外周の中に、背の低い円筒形をした中心部があるのだが、このシルエットは度々サントクレセイダの国威発揚こくいはつように使われてきた。


 その堅牢さはシヴァのガーナ基地の非ではない。だが、その基地長のアンジビルは、この数週間、日ごとに肝を冷やしていた。


「なんという攻撃だ。これでは、ガルツヴァッサと言えど、本当に落ちてしまう」


 サントクレセイダの中央へ援軍を要請すること、一ダースでは足りない。しかし、思うような救援はいまだに届かない。


「なぜだ。ガルツヴァッサが落ちるはずがないからか? 名前で砦が守れれば、苦労はせんのに」


 指令室の視界スクリーンには、猛攻を加えてくるシヴァ軍の姿が映っている。彼らは、ガルツヴァッサの右側に集中攻撃をかけていた。


 だが、敵のビームは、基地を守る半球状の緑の膜に阻まれて、中まで届かない。これは、いまだサントクレセイダで研究途中の、基地規模のバリアシステムだった。


「まさか、開発段階の兵器に頼ることになるとはな。バリアシステム……内側から攻撃ができなくなるとはいえ、これがなかったらどうなっていたか」



 一方、浮遊戦艦セルエドヴァイラスの艦橋で、キルティキアンはいかにも軽い声で言った。


「よし。あのバリアを破るぞ。サヴォーネ、ヨーギ、出ろ」


「はいッ。サヴォーネ・ウルフェンハイム、出撃します!」


「ヨーギ・クニウル、出ますぅ」


 後者の声には、戦場とは思えない間延びがあった。だが、不真面目というわけではない。ヨーギという黒髪の少年は、万事こうである。


 二人はそれぞれ専用の準エース機エンタリスを駆り、三機ずつの戦闘機体ゾディアクスを連れて出撃した。サヴォーネは二十四歳、ヨーギは十五歳だが、彼らの性格の違いは単に年齢からくるだけのものとは言えなかった。だが、標的を目指す機動の鋭さには、二人に差がない。


 キルティキアンが、範囲通信を、戦場に放った。


「左辺の攻撃は今のまま続けろ。敵のバリアを解析したわけではないが、見た目から推測すれば、理屈は分かる。サヴォーネ、ヨーギ、敵基地の右辺に取りつけ」


 この指示はガルツヴァッサにも聞こえてしまうだろう。しかし、打って出る気のない籠城を続ける者に、何ができるわけもない。


「よし。二人とも、僚機と共に、右辺に全ビーム砲を撃ち込め」


 この指示に、珍しく、サヴォーネがうろたえを見せた。


「今でしょうか? しかし、敵のバリアは健在ですが――」


「いいのだ。撃ってみろ」


 そう言われれば、迷いはない。既にヨーギはビームシューター・ライフルを構えている。サヴォーネも遅れるわけにはいかなかった。


 右辺に新着した二隊が、全火力をバリアへ向けて放った。


 そのビーム光は、やはり緑色のバリアの膜に阻まれる。しかし。


 キルティキアンは、静かに言った。


「見たところ、おれのイスピーサのビームシールドと同じ、フロウ光子フォトンを展開するタイプのバリアだ。そして大部分の光子は、すでに左辺への攻撃の対応に集中してしまっている――」


 緑色の膜が、ビームを放ち続けるサヴォーネとヨーギの目の前で、少しずつ、虫に食われるカーテンのように綻びていった。


「――その時、真反対からも攻撃されれば、さすがにもつまい。恐らく向こうもバリアシステムは未完成だ。やりよう次第で、穴が空く」


 キルティキアンは、勝利を確信し、通信を入れた。


「サヴォーネ、ヨーギ。遠からずバリアは破れる。そうしたら、ビームの光子フォトンを調節して、対象物へ着弾したら爆発が起きるようにして撃ち込め。貫通させるより、この敵の戦い方を見るに、そうした脅しが有効そうだ」

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