第三十話 不死者の戦場へ

■■■


 ガーナ基地での一週間は、平穏に過ぎた。


 だが、そこへ飛び込んできたガルツヴァッサ陥落の報は、全軍を慄然とさせた。


 早朝、キーフォルスが、アーリアルとザクセンを指令室へ呼び出し、その指示を伝えた。


「アーリー、ザックス。君たちは異動だ。これからは、中央戦線で戦うことになる。この東部は新たに駐屯軍が来る。今一つの戦場の北部地域は、一進一退というところだ。中央の戦いで全てが決まる」


「私たちだけ?」


 アーリアルの、今までとは別人のように揺らぐ瞳に、キーフォルスもザクセンも驚きを禁じ得なかった。


 キーフォルスが、努めて落ち着かせた声音で言う。


「いや、私と、私が推薦したオーリガもだ。それに、アルトゥルト、ロレンシ、イルビナッシの三人もワーズワースから中央へ移る。知った顔は多いぞ、アーリー、安心したか?」


「した」


 アーリアルが、いからせていた肩を下ろし、男二人がそれを見て笑う。


「この後、午後にはオーリガたちも一緒に異動の準備を始める。君たちも荷物の片づけくらいはしておけ」


 キーフォルスにそう言われ、レグルスパイロット二人は宿舎へ戻る。


 下草の間を通る土の歩道を行きながら、アーリアルがぽつりと言った。


「家を出た時は、一人だったのに。なんだか、周りに人が増えた」


「僕もだ。シヴァを出た時は、もう誰も僕と隣あって過ごす人はいないんだと思った」


「ザックス、私、コーヒーが必要かもしれない。熱いのがいい」


「いいとも。ハイオレンジもあるから、絞って入れよう」


 ふと、傍らに、十歳ほどの少年が立っているのに、二人は気づいた。


 その寂しそうな表情に、アーリアルが、察して声をかける。


「君は、カフィニッシュから?」


「うん。……兄さんが、この前の戦いで、死んじゃった……」


 もう戻って来ない。そう呟いて、少年は目に涙を浮かべた。


 アーリアルは、少年の隣にしゃがみ込んだ。


「そうだね。お兄さんは帰って来ない。私も姉さんが死んだよ。悲しいね」


 こくりと少年がうなずく。


「私が仇を取るよ。君の」


「……もうガーナの敵はやっつけたし、死んだのは、兄さんだよ……」


「君の仇を、これから私は、中央で取る。君がもう一度歩き出せるように。私たちはね、とても強くて、死なないんだ。君も、私たちが生きている世界で、一緒に生きていって欲しい」


 少年が涙を拭いてうなずいた。


 アーリアルとザクセンは、再び宿舎へ歩き出す。


「ザックス。私たちは、今よりも、変わるような気がする」


「これから、中央で? そういう気配がする?」


「うん。今のままではだめな気がする。変わるというのは、いいことなんだ。空の匂いがする時は、私たちはきっと、……」


 アーリアルが空を見上げる。


 本来は空を飛べない人間が、地上遥かに飛翔してまで、殺し合う場所にした空。


 いびつにきしみ合いながら、果てしなく広がり、見上げた人の数だけの形を持つ、何も問わず、何の答も秘めていない空。


 この目に見えないひびに満ちた空の下で、この大陸の人々は生まれて、成せることだけを成して死んでいく。いつか最後には、遠く澄んだ蒼の中に還り往くことを信じて。


 強い風が吹いた。


 アーリアルの長い金髪が、宙に踊る。


「風か。これも空だね、アーリー」


 目に見えず、絶えず形を変える風は、高みへ吹き上がっていった。


 大陸の中央へ向かって。



東部編「ひびに満ちた空の下で」 終

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新空戦記レグルスウィング @ekunari

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