第二十六話 石の天井、貴(たか)き蒼穹
キーフォルスがザクセンを見やり、
「すでにそこまでアーリーに話していたのか」
「い、いえ。まだ何も。どうしてそう思ったの、アーリー?」
彼らの背後には、自動運転の高速トレーラーがようやくその旅を終えて停止していた。アーリアルはそちらを指差し、
「だって、そういう気配がする」
とこともなげに言う。
ザクセンが、はあと感嘆の意気を漏らしてから、
「その通りだよ。あのトレーラーから、燃料と弾薬を
「心得た。いくぞオーリガ、指令室に戻る」
「ああ。……二人とも、よく無事で戻ってきたな」
涙を湛えかけているオーリガに、二人はぎょっとしかけたが、アーリアルが気を取り直し、
「オーリガさんも凄かったみたいですね。いきなりだったのに」
「眠ったものが、生き返ってくれたのさ。もとより、
「私の姉は、先に他界したんですけど……」
思わず、アーリアルはそんな言葉を漏らした。
するとオーリガが、くわと目を見開いた。そして両手でがしとアールアルの両手をまとめて握り、
「さぞかし。さぞかし、姉君は無念だったことだろう。それは運命ではないぞ。運命などとは、おれが言わせん。その悲しみと怒り、地上の誰が忘れても俺はお前と共に胸に抱き続けるだろう」
そう言うと、オーリガは巨躯を揺らして(ごしごしと手首で涙をぬぐいながら)基地の中へ戻っていった。全隊に再出撃をさせる準備だろう。
アーリアルは、強く握られたせいで軽くしびれている両手を見下ろした。
「凄いな。本気で言ってくれているぞ、あれ」
「うん……顔が怖い人の泣き顔って、迫力があるね……」
相槌を打ったザクセンの横面に、いきなり男の声が響いた。カルコークだった。
「貴様ら、再出撃だと!? ガーナを落とすだと!? いいか、この東部まで戦線が拡大してから三十余年、我らシヴァがカフィニッシュ基地を奪取したことはあっても、貴様らがガーナを取ったことはない! 不落の堅城、それがガーナだ!」
「うん。だから、僕らが奪ったら役に立ってくれそうだね」
「貴様たちが、優れたパイロットであることは認めよう。だが、それで落ちるほど要塞というのは甘くない。それも、こんな小基地の残存兵力でだと!
「うん。だから、君たちの機体が要るんだ。僕たちのではなく、君たちの機体を使って妨害電波を展開しながらガーナに近づく。シヴァ製の電波なら、作戦上使ったものをつい出しっぱなしにして味方が凱旋してきたのだと思うさ。肉眼で僕らを捉えた時には、もう遅い。ガーナに残ってる
さっ、とカルコークの顔から血の気が引いた。
アーリアルが頭をかきながら、
「だから言っただろう、怖いって。歴史上初めてのことをやるって、ちょっと緊張するからな。味方基地を取り戻すんじゃなくて元々敵の基地だったところに入るって、どんな感じなんだろう。これからはそこが私たちの拠点になるんだろうし」
「か、勝手なことを抜かすな! 我が基地の心理的無防備を突いて、味方の振りをして急襲など、許されるか!」
カルコークは行った傍から、自分でも自分のその発言を恥じた。軍人として、口にするはずがないほどに情けない言葉である。
ザクセンが冷たく言い返してきた。
「……僕は、軍人が戦陣を敷いている以上、油断していましたは通じないと思いますが」
「き、貴様らは心ない猪武者だ! 戦略的にも戦術的にも、こんな無茶が褒められたものか! 後世の人々は、貴様らの戦い方を、ただ結果的に勝っただけだと笑うだろうよ!」
ザクセンの目から、熱が引いていく。そんな次元の話はしたくはない。それでも対戦相手への義理だと思い、彼は唇を機械的に動かした。
「僕のような若輩者が、あなたのような歴戦の勇士に対して
それが、ザクセンがカルコークにかけられる情けの限界だった。
アーリアルが、打ちひしがれたカルコークを哀れに思ったのか、静かに告げてきた。
「私は、あなたみたいな戦士は嫌いじゃないよ。でも、あなたの話を喜べるほどには、今が平和じゃないんだ。確かに私たちは、戦って勝つだけだ。戦争時の兵士じゃなくて、平和な世界の学者だったら、あなたは褒めてもらえたかもしれないのにね」
「……アーリー。それは僕より傷をえぐってるよ。多分……」
レグルスのパイロットたちは、それぞれの機体に戻った。
カルコークは独房に収容され、遠くから響くカフィニッシュ基地軍の出撃音を聞いた。
この一戦に勝っていたか否かで、こうまで立場が変わる。
カルコークは天を仰いだ。
石造りの暗い天井が、分厚く空までの道を閉ざしていた。
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