第二十五話 心を墜とす

 その時、戦闘空間に範囲通信が響き渡った。


 気を取り直したカルコークは、妨害電波が消えていることに気づく。


「な、なんだ。いつの間に妨害電波が……」


 聞こえてきた範囲通信は、ザクセンの声だった。


「ガーナ基地から攻め入ってきた、シヴァ軍に告ぐ! すでに気づいていることと思うが、我らはあなた方を挟撃している!」


 カルコークは、ついアーリアルのことを忘れて振り返った。


 カフィニッシュ基地を攻めているガーナの軍は、まだ大部分が健在だった。それを見てカルコークは、肝を落ち着けた。


「そ、そうだ、数ではまだ我々が有利だ! 挟撃だと、分かり切ったことを。今更それがどうしたというのだ!」


 さらにザクセンの声が響いた。


「つまり、我ら一隊は、ガーナ基地方向から来たということだ。この意味が分からないではあるまい。ガーナは、既に我らの手に落ちている!」


 一斉に、シヴァ軍に動揺が走った。


 慌てて、カルコークも範囲通信を入れた。


「だ、だまされるなお前たち! 向こうも戦闘機体ゾディアクスだ、東西の大道の間の森を越えて飛んで来たに過ぎん! いくらなんでも、充分な兵力を残してきたガーナ基地が、この短時間で落ちるわけがあるまい!」


「ほう、今のはそちらの大将でしょうか? では、あなたがたが来た道を見てみるがいい!」


 ガーナ軍のみならず、カフィニッシュ基地の部隊も、全ての人員が、北へと続く大道の向こうに目を凝らした。


 肉眼はおろか視界スクリーンでもまだそれは見えないが、回復したレーダーには、しかと十個の光点ブリップが映っている。それは、サントクレセイダの高速トレーラーの一隊が、悠然と陸路を走って向かってきている姿が表されているに他ならなかった。


 アーリアルは舌を巻いた。先ほどの自動運転の設定は、ここまで施していたのか。ガーナ基地近くを経由して、今それがここへ向かってきている。


 ザクセンが続けた。


「見ましたか! 戦闘機体ゾディアクスのみでなく、あのような物資トレーラーが平和裏に南下してきていることこそが、ガーナ陥落の何よりの証拠です! これも申し上げておきますが、あなたがたが西の大道で仕掛けた作戦も、我らは既に壊滅させております」


 ガーナ軍の動揺は、混乱寸前まで来ていた。


 これを暴発させないよう、さらにザクセンは語りかける。


「見てください、あなた方を率いていた部隊の大将も、側近を全て撃ち落とされ、本人の機体も片手片足を失っています。しかも、そうさせたのは我らのうちたった一機です。我らの到着までにあなた方はここで数機を失ったようですが、我らは到着から数分で、新たに十機以上を大破せしめています。これを四五度繰り返さねば戦況を悟れない、諸兄ではありますまい。勝敗の見えた以上、これ以上の戦いは、無意味ではありませんか?」


 ――たとえガーナ基地を落とされても、ここでカフィニッシュ基地を取ればいい。


 そう思って奮戦しようとした者たちの意気が、目に見えてくじけていく。


 彼らは生きて勝利を喜ぶためにここへ来たのだ。その勝利が絶望的となった今、生命にすがるのは無理からぬことだった。


「ガーナ軍よ、武装を解除してください。今ならばその命を落とさずに済みます。あなた方が絶対の勝ち戦だと思って臨んだこの戦いは、あなた方の首脳部が見抜けなかっただけで、実のところ死地だったのです。我らは、ここでこれ以上の戦闘を望みません」



 カルコークは、野外で拘束されたまま、十数分前まで己が搭乗していた準エース機エンタリスが接収されていくをぼんやりと見ていた。


 ガーナ軍全機のエンジンの火は落とされて、沈黙の機巧からくりと化している。


 戦いは終わっていた。


 カルコークは、うぬぼれでなく、いずれエース機イスピーサを授与されるに値する人材ではあった。それが、一矢すら報いることができずに、空しく虜囚となっている。


 機体の性能では、確かにレグルスの方が上だった。だが、登場する機体が逆でも、カルコークには同じ結果になったとしか思えない。わずかな接触でそれを悟っていることが、彼の非凡の証明でもあったが、その非凡さが戦場で証明されることはこの後なかった。


 その傍で、基地長代理となったキーフォルスと、その補佐役としてすっかり味方の信任を得たオーリガが、レグルスのパイロット二人を出迎えていた。


 ザクセンがオニキスを降り、


「ひとまず戻りました、キーフォルス中尉。西の道に基地長二人が置いてあるんで、適当に迎えに行ってください。トーキン少佐を殺害したのも、実行犯は分かりませんが、黒幕はゴルデンでしょう」


「よくやってくれた。アーリアルもこっちへおいで。怪我していないか?」


「私もザックスも無傷です。でも、怖いですね」


 キーフォルスが軽く目を見開く。


「怖い? 珍しいな、君の口からです言葉としては」


「だってこれから、本当にガーナ基地を落とすんでしょう?」


 その声が耳に入ったカルコークは、一瞬で混乱に陥った。


 ――そら見ろ。ガーナが落ちたなどとは嘘だった。しかし、何? これからガーナを落とす?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る