第二十四話 アーリアル対カルコーク


 カルコークは、混乱する部隊の立て直しに追われていた。


「くそ、なんだこの妨害電波は! 中和できんのか! 三隊に分かれろというのに!」


「恐らく、今回のために特別にしつらえた電波だと思われます! 今の我々の装備では、通信を回復できません!」


 部下が入れてくる通信が、雑音と共にかろうじて聞こえる。しかし少し離れたところにいる機体は、まるで指示が通っていないらしく、どれもこれもうろたえていた。


「くそ、引き包んでしまえば、どんな機体もそれまでだというのに」


 レグルス二機の動きは、カルコークから見ても凄まじかった。空中に足場があるかのごとくに機敏に飛び回り、こちらが放つビームはADオートディフェンサーの必要もなく外す。そして、中距離では牽制を入れた射撃で攻撃し、それをかわした機体には急接近して直接格闘し、これに勝ってしまう。


 瞬く間に、また一機落とされた。


 むろん、カルコーク隊のパイロットも木偶でくではない。なんとか距離を保ってレグルスを包囲しようとするのだが、遠距離から打ち込んで来る不可変戦闘機アレルシュカのビームが、絶妙に邪魔をする。それに気を取られて隊列を乱すと、白と黒のレグルスが一瞬で手近なシヴァ機に取りついてくる。


 カルコークの背中に悪寒が走った。引き包んでしまえばそれまで。それは間違いない。だが、あいつらはそれをさせない。いつまで? ……こちらが、全滅するまで?


「ばかな……勝てる戦いなんだぞ、これは。数で圧し、司令塔は私だ……負けるはずが」


 思考停止しかけたカルコークの背後で、爆発音が響いた。味方機が直撃を受けている。


 一度はシヴァ有利に傾いた戦況が、押し戻されている。カフィニッシュ基地の方のサントクレセイダ戦闘機体ゾディアクス部隊が、反攻に転じたのだ。


 ――窮地にある。圧倒的優位のはずが、敗北の足音がすぐ近くまで近づいている。


 その事実は、パニックを誘発しても無理からぬものだったが、カルコークは一転、冷静になった。彼もまた、東部戦線のエースである。


 どうやら、西路での計画は失敗したらしい。


 そもそも敵を侮っていたのが過ちなのだ。


 ならばそれをただせばいい。


 手広く全てはやれない。やるべきことを絞れ。


「おい、近くの不可変戦闘機サダルメラィク。聞こえる者はこっちへ寄れ」


 三機の不可変戦闘機ザダルメラィクが、カルコークの傍へ来た。


「お前たちはこれから、伝令役として全機へ指示を伝えろ。後ろから現れた敵は、我が準エース機エンタリスと親衛隊で押さえる。残りの者はこれまで通り、カフィニッシュ基地を攻略せよ。それを伝え終わったら、お前たちは後背の、五機ほどいる敵の不可変戦闘機を攻めろ。無理はしなくていい、ただあの目障りなビームを止めさせろ」



 最初に、アーリアルが異変に気づいた。


「なんだか、急に敵の統率が取れてきた……?」


 シヴァ機のほぼ全機が、次第にカフィニッシュ基地へ向かって行く。


 代わりに、五機の戦闘機体ゾディアクスが、レグルスに向かって進み出てきた。


「我が名はカルコーク・ダイアゴナル。この距離なら通信ができるかな? 我が信じる者たちと共に、君たちに挑みたい」


 先頭の準エース機エンタリスに乗っているのがどうやらカルコークとやらだと、アーリアルは当たりをつけた。その後ろには、接近戦用機体ハルディバン遠距離専用機体ウルシェダイが二機ずつ控えている。他の機体と違うカラーリングがそれぞれ施されており、どうやら特別機だとアーリアルは察した。接近戦用機体ハルディバンは、通常持たないビームシューターまで手にしている。


「君たちって? 私とザックス――黒いレグルスを、同時に相手にするの? たった五機で?」


「ただの五機と思わない方がいい。私は、遠からずエース機イスピーサを与えられる男だ」


 イスピーサ、という言葉に、アーリアルの首筋の毛が逆立った。


 ザックスのレグルスオニキスが、スノウの隣につける。


「アーリー、やるか」


「いや、こいつは私一人でやる。それくらいでないと、いけない」


「アーリー?」


「勝算はあるんだ。私は、その正しさを私が証明しないと、ザックスの傍にはいられない」


「……分かった。気をつけて」


「私を信じてほしい」


「信じているから、心配するのさ」


 オニキススノウから離れた。カルコークが気色ばむ。


「貴様ら、何のつもりだ! 白いの一機で我々とやるつもりか!」


 アーリーが吠えた。


「負ける奴の勝手が通ると思うな! お前らこそ、私に勝てるつもりなのか!」


「声からして、どうも小娘だな。いいだろう、機体の素晴らしさは認めてやろう。だが、乗り手の経験というものがあるぞ、貴様にはいまだ見えていないものがあろう!」


 カルコークら五機は、準エース機エンタリスを中心に、上下左右に展開し、十字架型を形作った。


「よし、お前たち、包んで挟め!」


 準エース機エンタリス以外の五機が、回りながらレグルススノウを囲みだす。


「よしよしよし! これで一斉射撃すれば、いかなレグルスのADオートディフェンサーでも対応しきれまい。小娘、わざわざ必敗の形を呼び込むとは、貴様は戦士として二流だな」


 アーリアルは、彼女らしからぬ静かな口調で、それに答えた。


「……私とお前たちで、法則が違う」


「……何?」


「お前たちは減る」


「はは、やってみろ。お前たち、構えっ! 接近するなよ、向こうの得意分野だ! それでは――」


 ――撃て。


 その言葉と同時に、カルコーク機と接近戦用機体ハルディバン二機から、三条のビームがレグルススノウに注がれた。


 着弾の一瞬前に、スノウは高速で上方へ逃れる。


 それをめがけて、残った二機の遠距離戦用機体ウルシェダイが、カルコークの


「追っ手、撃て!」


 の合図で撃つ。


 だが、その二発は、アーリアルが弾道を見切ってスノウの身をよじったため、外れた。


 代わりに、たった今射撃したばかりの遠距離戦用機体ウルシェダイ二機のコックピットが、アーリアルの放った紫色のビームに貫かれ、大破した。


 カルコークは一瞬放心して、


「なに……?」


 とこぼすのがやっとだった。


 アーリアルは残った三機を見下ろして、


早撃ち士クイックドロウアーなら、一呼吸で二発くらい撃てる。この機体レグルスで、このムスペルヘイムなら」


「ばかな……今のは、ただの早撃ちクイックドロウでは……」


「ヒートカウンターを、私は高速で連射しても外さない。死にたくないなら、私を撃たないんだよ」


「せ……接近戦だ! お前たちアックスを抜け、奴を」


「――三連!」


 アーリアルが吠えると、紫色の三つの閃光のうち二発が、右手にいた接近戦用機体ハルディバン一機の頭部と胸部コクピットをそれぞれ撃ち抜く。外れた一発はADオートディフェンサーを攪乱するための撒き餌だが、いずれそれも必要なくなるかもしれないと、アーリアルは予感した。


 それを見たカルコークから、急激に戦意が喪失されていった。こうなると、脳波によってコントロールされているADオートディフェンサーは機能が鈍る。


 その様子を察知したアーリアルは、ビーム二発で、準エース機エンタリスの右足と右腕マニピュレータを撃ち抜いた。準エース機エンタリスは銃が失われたのに加え、スラスターが左足だけになり、機動性も大部分を削がれた。


「ばかな……ばかな。奴は、一機だ。小娘が一人だ。どうして……」


「法則が違うと言っただろう。私は、一人だからいなくならない。二人も三人もいると、いなくなるから……」


 残った接近戦用機体ハルディバンが一機、片手でビームシューターを放ちつつ、バトルアックスを振りかぶってアーリアルに接近してくる。


 カルコークははっとして、「や、やめろ! そいつに手を出すな!」と叫んだ。


 しかし、レグルススノウは、バトルアックスをかわして懐に高速で滑り込み、アームナイフをあっさりと胸部コクピットに撃ち込んだ。


 爆砕する接近戦用機体ハルディバンを蹴り飛ばし、アーリアルがカルコークを見下ろす。


「残り、一人か。カルコークとか言ったな。お前、偉いんだな?」


「何を……」


「多分、ザクセンはお前を必要とする。まだ何も聞いていないけれど、多分だ――」

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