第十七話 兄

「レグルス、二機。二機とも子供に……実力でだと?」


「オーリガ。お前は今までに何度も、軍人の立場を捨てては戻ってきた。それは決まって、敵味方問わず、子供が犠牲になった時だった。上官の

一部は、お前の精神の未熟さを責めたな。割り切って戦うことが必要なのに、それができないのだと。だが私には分かる、お前はこらえ性がないのではない。人の悲しみに、深く傷つきすぎるんだ。いつも本当に絶望し、立ち直れないほどのショックを受けていた。だから今まで、私はお前を無理に軍へ戻そうとはしなかった。だが、オーリガ、状況は変わりつつある」


「変わるだと? 何がだ?」


「今まで、戦闘機体ゾディアクスの戦闘というのは、大抵消耗戦だった。貴重な機体を失わないよう、小競り合いや、多くて数機が中破でもすれば、サントクレセイダもシヴァも部隊を引き上げるのが普通だった。だがこの二人は、会敵した戦闘機体ゾディアクスの敵部隊を、五機でも十機でも、言葉通りに全滅させているんだ」


 オーリガの口がぽかんと空いた。


「この子たちだけじゃない。つい昨日、この二人とカフィニッシュの部隊は、敵の新型機と交戦している。そして、我が方の接近戦用機体アクベーネが四機と、不可変戦闘機アレルシュカが一機、撃墜された」


「何だ……その消耗の仕方は……」


「そうなんだ。大陸中央の戦場でもこうなれば、今までとは戦争のペースが変わっていく。どんどん早まっていくんだ。もちろん恐ろしいことだ。より人が死にやすくなって、これまでを上回る戦禍の渦を生むだろう。しかし、ということは……」


 オーリガは武骨な椅子の背もたれに体を預け、


「戦争の終結も早まる……か」


「そうだ。お前が、幾度もカムバックしてきた理由――早期の戦争終結。それをさらに進めるために、まさにお前の力が必要なんだ。それとも、この子たちだけを最前線に立たせ続けるか? 天才だという言う理由で? 戦えるお前が、ここで林檎やぶどうを育てている間に、未成年を血煙にまみれさせて平気でいられる――そんなオーリガ・アリンガムではあるまい?」


「ふん。ずいぶん、煽ってくれるじゃあないか」


「変革の時が来ているのだ。私は、大陸の運命が変わる瀬戸際にお前を呆けさせておくほど、気が長くもなければ危機感も欠如していない」


 オーリガがコーヒーカップを傾ける。そして椅子から立ち上がり、


「君たち、ザクセンくんとアーリアルくんだったな。蜂蜜ヌガーは好きかね?」


「はい」と二人の声が揃った。


 オーリガが奥の棚から、ヌガーの箱を出してきて、テーブルの上に広げた。


「見たところ君たち、十五六歳かな?」


 これにはアーリアルが答えた。


「はい。十五歳です、二人とも」


「ふん、そうか。十五歳で、戦闘機体ゾディアクスに乗り、前線を駆って、敵を全滅せしめて来たのか。親は?」


「棄てられました」とアーリアル。


「殺されました」とザクセン。


「ほお。色々あったようだな。いやいい、それ以上言わんでいい」


 オーリガの目つきが険しくなった。


 何を値踏みされているのだろうかと、アーリアルは身を固くする。だが、この男に対するキーフォルスの信頼の大きさは肌で感じ取っていた。それはアーリアルとザクセンにとっても、信頼に値する材料だった。


 ややあった沈黙の後。


 オーリガが、


「……兄と……」


 と呟いた。


「え?」とアーリアル。


「俺のことを兄と呼ぶがいい、二人とも」


 意味を計りかねて、アーリアルがオーリガの目を覗き込むと、その目元にはいつの間にか、涙が湛えられていた。


「あのう……?」


 アーリアルのその呟きは、これまでにザクセンが聞いたこともないほどに弱弱しい。


「今日から俺が、君たちの兄だ。テジフの代わりではないし、君たちを憐れんでいるのでもない。ただ俺は君たちをどこまでも慈しみ、平和を迎えるまでともにあるだろう。妹、そして弟よ」


 オーリガの涙は今や、はらはらと頬から舞い散っていた。


「にっくきシヴァめ……むろん奴らには奴らなりの事情と、正義と、家族があるだろう。だがそれが免罪符となる理屈など、この天地の狭間のどこにもないのだ。愚かな選択と知りながら、再び死地に――敵が陥るべき死地に己から舞い戻る俺を嗤うがいい、神よ。この膝は、決して死屍累々たる地に着いたりはしない。勝利のその日まで」


 困惑したアーリアルとザクセンが、キーフォルスを横目で見る。それに応えるように、キーフォルスは言った。


「優秀な軍人なのだ――」


 そして言い訳するように、


「――ちょっぴり変わっているというだけでな」


 そう続けた。

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