第十八話 丘を去る車中にて


 ――準備を整え次第、今日の夕刻にはカフィニッシュ基地に行く。


 オーリガの言質げんちを取り、三人はきた道を引き返していた。


 ステアリングを握るキーフォルスの助手席にはザクセン。アーリアルは、リアシートでうとうとしている。


 ザクセンが首を回して、アーリアルに告げた。


「寝ていなよ、アーリー」


「……着いたら起こして欲しい」


「うん」


「コーヒーも欲しい」


「アーリーがかい? いいとも、時には、熱いコーヒーが必要な時があるから」


 そうして少女は、すぐに寝息を立て始めた。


「キーフォルス中尉。オーリガ氏は、よほどあなたの信頼を勝ち取っているのですね」


「まあ、付き合いが長いんでな」


「それだけで認め合えるものではないでしょう」


「気が合うのは確かだな。軍人だというのに、人の死が悲しいというのがいい。それも残酷なようだがな」


「……僕もアーリーも、いずれ平気になるんでしょうか」


「そうでもない気がするな。今の様子を見ているとだが」


 ザクセンが微笑した。


「それにしても、中尉が彼を評価しているのは、人柄だけではないのでしょう?」


「ああ。私とも、君たちとも違う才能の持ち主だ。消極的ではない防衛に優れる。我々は今、君たちとレグルスに支えられている状態だ。これに加えて、オーリガの支えが欲しい」


「僕たち、危なっかしいでしょうか」


「どちらかというと、君たちに頼りっきりの我が軍が危なっかしい。ザックス、君の戦い方はまだ我々にとっては異質だ」


「異質?」


「これまでの戦いというのは、基本的に、敵よりもできるだけ多くの兵数を揃えることに腐心していた。それが成功すれば勝利したし、失敗すれば、カフィニッシュやマルチマイルがそうだったように、競り負けて後退した。だがそうした戦での損耗というのは、せいぜい全機体の一割から二割。これは、ADオートディフェンサーやサウザンズ鋼の進歩のせいもあるがな。そうして仕切り直して、また数を集めて戦う。多少の変化はあれど、おおむねこんなものだ」


 上司の言いたいことを察して、ザクセンが苦笑する。


「だがザックス、特に君の戦い方は、いかに挟撃を成功させるかというところから始まるのだな。兵力が拮抗している状態でも、そこから圧倒的に勝ってしまえる。なんでわざわざ正面から行儀よく撃ち合わねばならないんだ、と説教でもされている気分だ」


「いえ、そんなつもりは……」


「敵もそう思っているはずだ。ただし早晩、お前の戦術に対抗し出すだろう。今のようには勝てなくなるかもしれないな」


「ええ、そうですね。僕一人なら」


「アーリー、か」


 今度は、キーフォルスがザクセンの意図を察した。


「そうです。兵数が五分なら、必ずしも挟撃が有効になるとは限りません。アーリーの、一対一デュエルで必ず勝ちきれる技量があればこその、僕の戦術です。僕は、口幅ったいようですが、自分を上回るパイロットとこんなに早く出会うことになるとは思いませんでした」


「君こそ、アーリーを充分に信頼しているのだな」


 窓の外では、荒れ地に申し訳程度に生えた低木が後ろへ飛び退っていく。今少しで、この退屈だが平穏な風景は終わり、殺伐たる基地に到着するだろう。


「僕は、正面から戦闘すれば、たいていの相手になら十中の九は勝つ自信があります。けれどアーリーは、条件が整っていれば、十中の十を勝つ。あんな感性と順応性、現実離れしています。文字通りの天才であり、既にして達人です。今回イスピーサと戦わせなかったのは、その条件が悪かったからです。経験という条件がね」


 キーフォルスが下手な口笛を吹いた。


「アーリーが、君の戦術の基本単位というわけだ」


「戦いに絶対はないでしょうが、絶対の信頼はあります。チェッカーチェスの駒に、『全ての駒に勝つ』なんて特性を持つものがあれば、まるで盤面が変わるでしょう。その駒が、僕の隣にいてくれる――」


「誰が駒だ」


「うわああああっ!?」


 飛び上がるザクセンの後ろでは、半眼のアーリアルが頬を膨らませて腕組みしていた。


「お、アーリー起きていたのか。やかましいぞザックス、事故ったらどうする」


「じゅ、充分事故りましたよ、僕は。いや違うよアーリー、駒っていうのはもののたとえで」


「それはもう、王の駒がザックスなんでしょうねえ」


「あのね、アーリー。僕の信頼を信用してくれ。実際、君がいなければ、僕はガーナ基地進行に二路進行作戦なんてとらなかったんだよ」


 キーフォルスが、ぴくりと片眉を吊り上げた。


「……ザックス、君は、何か無茶をするつもりだな。言っておくが、私の許可もなく、勝手に動くなよ? 今度の戦いは、ちとこれまでとは勝手が違う」


「分かってますよ。勝てるように戦うだけです。あのイスピーサのパイロットがいないなら、勝ち目は充分ありますから」


 アーリアルが目をしばたたかせ、


「勝手が違う?」


 ザクセンが首をねじって、肩越しに答える。


「単純に、敵が多い。今までの拠点はサントクレセイダ領を奪い返したものだけど、ガーナ基地は元々シヴァの領地だ。戦闘機体ゾディアクスだけでなく、旧式とはいえ戦闘機や戦車、それ以外の兵器もたんと備えられている。ここを奪えば、この東部地区の情勢を塗り替える橋頭保きょうとうほになる」


「敵が多いって、戦力差にするとどのくらい?」


「こちらが、近隣基地の戦闘機体ゾディアクスをかき集めて、使えるのは三十機ほどかな。ビーム兵器も浮遊フロートエンジンも持たないこちらの戦車や戦闘機は前線に出しても意味がなさそうだから、頼りなくも防衛用にカフィニッシュに残す。だから実質その三十機で戦うことになる。ビーム砲を積んだ戦闘機はカフィニッシュ内にあるけど、これは敵基地侵攻時はともかく、戦闘機体ゾディアクス相手の空戦ではただの的だ。活躍してもらうのは、僕たちが敵の航空戦力を無力化してからだろう」


「ふんふん」


「それに対し、現状把握できている程度で、向こうのガーナ基地には戦闘機体ゾディアクスが百機。このうち、前線に押し出してくるのがどれくらい分からないけど、まずそれを打ち破る。しかる後にガーナ基地まで攻め込み、対空兵器と残りの敵戦闘機体ゾディアクス、及び雲霞うんかのごとき旧式戦車と戦闘機を一掃して制圧するんだ」


「……ふー……ん」


 アーリアルの顔面は硬直していた。それをバックミラーで見たキーフォルスが笑った。


「はっは、どうしたアーリー。珍しく青ざめているな」


「いや……中尉は、平気そうだな。勝てる確信があるんですね? 三十対百で?」


「確信と言えるほどのものはない。だが、今やらなければ、不利にこそなれ有利になる要素はない。こちらで打てる手ば全て打つ。それで負ければそれまでだ」


「ぐ、軍人としてそれでいいのかと言いたい!」とアーリアルがのけぞった。


「負ける気でいるわけではないぞ。百パーセントはない、ということだ。私とて、君たち二人がいなければ、こんな作戦は通さなかった」


 アーリアルは口をとがらせ、


「だって、あのゴルデンとかっていう基地長が作戦に噛んでるんでしょう?」


「ザックスが立てた方針通りだと言ったろう。確かにゴルデン基地長からは色々発案されたが、私がその都度軌道修正したから間違いない」


「それにしたって……え?」


 アーリアルは、前部座席に座る二人の、いたずらっぽい笑みを浮かべた横顔を交互に見た。


「もしかして……」


 ザックスが、また後ろへ振り向いた。


「あの会議で僕が口にしたことが、僕の作戦案の全てじゃないよ。本当の作戦の骨子は、前もって、僕がキーフォルス中尉に伝えておいたんだ。内容には中尉も納得してくれた。九分通り、僕の思い描いたとおりに作戦は進みそうだ。勝てるさ」


「この私など、それこそザックスのための駒に過ぎんよ。役者に使い走りをさせられる、情けない狂言回しさ。基地長を適当におだてながら、ザックスの作戦を右から左に通すだけの役割だ。実際、これしかあるまいという戦略だったからな。私ではああまで思いきれん」


 アーリアルは、ぷうっと頬を膨らませた。


「なんか私、仲間外れじゃないか!? なんだ、二人だけで!」


「あ、危ない! 危ないってアーリー、座って! たまたまだよ、たまたま!」


 彼らの短い旅は、その後まもなく、カフィニッシュに到着して終わった。


 その三人を待っていたのは、端的な、しかし少なからぬ衝撃を伴う報告だった。


 昨日弟を戦場で亡くしたばかりの、トーキン・ワンスーンが死んだ。


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