第十八話 丘を去る車中にて
■
――準備を整え次第、今日の夕刻にはカフィニッシュ基地に行く。
オーリガの
ステアリングを握るキーフォルスの助手席にはザクセン。アーリアルは、リアシートでうとうとしている。
ザクセンが首を回して、アーリアルに告げた。
「寝ていなよ、アーリー」
「……着いたら起こして欲しい」
「うん」
「コーヒーも欲しい」
「アーリーがかい? いいとも、時には、熱いコーヒーが必要な時があるから」
そうして少女は、すぐに寝息を立て始めた。
「キーフォルス中尉。オーリガ氏は、よほどあなたの信頼を勝ち取っているのですね」
「まあ、付き合いが長いんでな」
「それだけで認め合えるものではないでしょう」
「気が合うのは確かだな。軍人だというのに、人の死が悲しいというのがいい。それも残酷なようだがな」
「……僕もアーリーも、いずれ平気になるんでしょうか」
「そうでもない気がするな。今の様子を見ているとだが」
ザクセンが微笑した。
「それにしても、中尉が彼を評価しているのは、人柄だけではないのでしょう?」
「ああ。私とも、君たちとも違う才能の持ち主だ。消極的ではない防衛に優れる。我々は今、君たちとレグルスに支えられている状態だ。これに加えて、オーリガの支えが欲しい」
「僕たち、危なっかしいでしょうか」
「どちらかというと、君たちに頼りっきりの我が軍が危なっかしい。ザックス、君の戦い方はまだ我々にとっては異質だ」
「異質?」
「これまでの戦いというのは、基本的に、敵よりもできるだけ多くの兵数を揃えることに腐心していた。それが成功すれば勝利したし、失敗すれば、カフィニッシュやマルチマイルがそうだったように、競り負けて後退した。だがそうした戦での損耗というのは、せいぜい全機体の一割から二割。これは、
上司の言いたいことを察して、ザクセンが苦笑する。
「だがザックス、特に君の戦い方は、いかに挟撃を成功させるかというところから始まるのだな。兵力が拮抗している状態でも、そこから圧倒的に勝ってしまえる。なんでわざわざ正面から行儀よく撃ち合わねばならないんだ、と説教でもされている気分だ」
「いえ、そんなつもりは……」
「敵もそう思っているはずだ。ただし早晩、お前の戦術に対抗し出すだろう。今のようには勝てなくなるかもしれないな」
「ええ、そうですね。僕一人なら」
「アーリー、か」
今度は、キーフォルスがザクセンの意図を察した。
「そうです。兵数が五分なら、必ずしも挟撃が有効になるとは限りません。アーリーの、
「君こそ、アーリーを充分に信頼しているのだな」
窓の外では、荒れ地に申し訳程度に生えた低木が後ろへ飛び退っていく。今少しで、この退屈だが平穏な風景は終わり、殺伐たる基地に到着するだろう。
「僕は、正面から戦闘すれば、たいていの相手になら十中の九は勝つ自信があります。けれどアーリーは、条件が整っていれば、十中の十を勝つ。あんな感性と順応性、現実離れしています。文字通りの天才であり、既にして達人です。今回イスピーサと戦わせなかったのは、その条件が悪かったからです。経験という条件がね」
キーフォルスが下手な口笛を吹いた。
「アーリーが、君の戦術の基本単位というわけだ」
「戦いに絶対はないでしょうが、絶対の信頼はあります。チェッカーチェスの駒に、『全ての駒に勝つ』なんて特性を持つものがあれば、まるで盤面が変わるでしょう。その駒が、僕の隣にいてくれる――」
「誰が駒だ」
「うわああああっ!?」
飛び上がるザクセンの後ろでは、半眼のアーリアルが頬を膨らませて腕組みしていた。
「お、アーリー起きていたのか。やかましいぞザックス、事故ったらどうする」
「じゅ、充分事故りましたよ、僕は。いや違うよアーリー、駒っていうのはもののたとえで」
「それはもう、王の駒がザックスなんでしょうねえ」
「あのね、アーリー。僕の信頼を信用してくれ。実際、君がいなければ、僕はガーナ基地進行に二路進行作戦なんてとらなかったんだよ」
キーフォルスが、ぴくりと片眉を吊り上げた。
「……ザックス、君は、何か無茶をするつもりだな。言っておくが、私の許可もなく、勝手に動くなよ? 今度の戦いは、ちとこれまでとは勝手が違う」
「分かってますよ。勝てるように戦うだけです。あのイスピーサのパイロットがいないなら、勝ち目は充分ありますから」
アーリアルが目をしばたたかせ、
「勝手が違う?」
ザクセンが首をねじって、肩越しに答える。
「単純に、敵が多い。今までの拠点はサントクレセイダ領を奪い返したものだけど、ガーナ基地は元々シヴァの領地だ。
「敵が多いって、戦力差にするとどのくらい?」
「こちらが、近隣基地の
「ふんふん」
「それに対し、現状把握できている程度で、向こうのガーナ基地には
「……ふー……ん」
アーリアルの顔面は硬直していた。それをバックミラーで見たキーフォルスが笑った。
「はっは、どうしたアーリー。珍しく青ざめているな」
「いや……中尉は、平気そうだな。勝てる確信があるんですね? 三十対百で?」
「確信と言えるほどのものはない。だが、今やらなければ、不利にこそなれ有利になる要素はない。こちらで打てる手ば全て打つ。それで負ければそれまでだ」
「ぐ、軍人としてそれでいいのかと言いたい!」とアーリアルがのけぞった。
「負ける気でいるわけではないぞ。百パーセントはない、ということだ。私とて、君たち二人がいなければ、こんな作戦は通さなかった」
アーリアルは口をとがらせ、
「だって、あのゴルデンとかっていう基地長が作戦に噛んでるんでしょう?」
「ザックスが立てた方針通りだと言ったろう。確かにゴルデン基地長からは色々発案されたが、私がその都度軌道修正したから間違いない」
「それにしたって……え?」
アーリアルは、前部座席に座る二人の、いたずらっぽい笑みを浮かべた横顔を交互に見た。
「もしかして……」
ザックスが、また後ろへ振り向いた。
「あの会議で僕が口にしたことが、僕の作戦案の全てじゃないよ。本当の作戦の骨子は、前もって、僕がキーフォルス中尉に伝えておいたんだ。内容には中尉も納得してくれた。九分通り、僕の思い描いたとおりに作戦は進みそうだ。勝てるさ」
「この私など、それこそザックスのための駒に過ぎんよ。役者に使い走りをさせられる、情けない狂言回しさ。基地長を適当におだてながら、ザックスの作戦を右から左に通すだけの役割だ。実際、これしかあるまいという戦略だったからな。私ではああまで思いきれん」
アーリアルは、ぷうっと頬を膨らませた。
「なんか私、仲間外れじゃないか!? なんだ、二人だけで!」
「あ、危ない! 危ないってアーリー、座って! たまたまだよ、たまたま!」
彼らの短い旅は、その後まもなく、カフィニッシュに到着して終わった。
その三人を待っていたのは、端的な、しかし少なからぬ衝撃を伴う報告だった。
昨日弟を戦場で亡くしたばかりの、トーキン・ワンスーンが死んだ。
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