<プロローグ 新たなる飛翔 後編>

「私が話しているのに、野育ちか!」


 アーリアルはそう叫んで、BBビーム・バレットシューターの銃口を当の二機に向ける。敵の攻撃は、バルカンの次はミサイルだろう、基地へ撃ち込まれる前に止めなくてはならない。


「くそっ、私って空に上がって、もう早速殺すんだ!」


 だがその前に、別の戦闘機二機が、牽制のバルカンを発砲してきた。


 アーリアル・キングスを前に牽制など、一年前ならば選択肢に入れるパイロットはいなかったが。


 アーリアルは、バルカンの射線をかわしてから、BBビーム・バレットシューターの引き金を引いた。


 白い機体から放たれた紫色のビームが二筋、蒼穹を駆ける。


 次の瞬間には、アーリアルに発砲した二機が撃ち抜かれて爆発、炎上した。浮遊フロートエンジンをビームシューターで撃ち抜かれると、条件次第で爆発を起こす。


 地上の基地コントロール室からそれをモニターしていたヒーシャが、悲鳴を上げた。


「二発で、二機落とした!?」


 キーフォルスがうなずく。


「バルカンの射程程度の距離なら、彼女はスコープも使わん。よく見ておけ、あれがワーズワース決戦を勝ち抜いたパイロットだ。アーリアル・キングス……」


「だって、敵の自動回避システムは……」


「無効化する方法はいくつかあるのさ。中でもあれは、一流の技だが」


 そして空では、レグルスが更にもう二発、ビームを放つ。


 寸分たがわず、基地攻撃のために下方を向いていた無防備な二機を撃墜した。


 アーリアルは、敵パイロットたちが脱出するのを見下ろしながら、


「あなたたち、バルカンの威嚇で降伏勧告なんてして、少しは人道的だったのに。でも、いつでも勝てると思ってるからすることなのかもな、とも思うよ」


 ただ一体残った敵の人型ロボットは、明らかに狼狽していた。


 シヴァ側の機体は、サントクレセイダ側と比べると、地上の獣のようなフォルムを持つ。それが、本当に窮地に追い詰められた動物のように、恐怖に駆られていた。


 アーリアルが、基地へ指向性通信を入れる。


「キーフォルス大尉、聞こえます? なんでこの敵、こんなに鈍臭いんです? 敵のAIは何してるの?」


「君がいない間に、AIジャマーも進化した。今の戦場では、AIはパイロットの単純な作業を手伝うくらいしかできん。言ったろう、だから君のように優秀な戦士が必要だ」


「言ったろうって、そこまで詳しく言ってないでしょう! ……昔、人間のパイロットなんてもういらないって言ってた偉いおじさん、たくさんいたのに」


「そういう奴らこそ元気に生き残ってるよ。AIジャマーの変遷期に、そいつらに戦場に押しやられた若者は大勢死んだがね」


 アーリアルは、通信機越しでもはっきり分かる舌打ちをした。


「それはそうとアーリアル、もう一体残っているだろう。なぜ撃たない?」


「この人、呆然としているよ。まさか自分の方が追い詰められるなんて思ってなかったんだ。うかつな奴」


「墜とせ。放っておけば、次の戦場で味方を撃つ奴だ。そいつの戦闘機体はウルシェダイ、シヴァの遠距離戦用の汎用戦闘機体ゾディアクスだ。君の敵ではない」


「……はいはい」と答えてアーリアルは通信を切り、「つまりは理不尽なんだ、やる方とやらせる方って」


 レグルスがBBビーム・バレットシューターを構える。慌てたように、ウルシェダイもそれにならった。しかし。


「撃つにも撃たれるにも、射線も読めないのか……だから死ぬんだよ、あなた」


 両機は同時にビームを放った。ウルシェダイの撃った火線は、レグルスの五メートル右脇をかすめて飛び去る。一方レグルスのそれは、寸分たがわずウルシェダイの胸部コックピットを貫いた。


「ほら……」


 うつむくアーリアルの正面で、火を吹いたウルシェダイが、地上へ落ちていく。


「何しに来たんだよ……偵察ついでに、死んでみなくてもいいんだよ」


 それをよそに、ベアトリクス基地は、歓喜に沸いた。


 ヒーシャは知らず、胸の前で拳を握りしめていた。


「凄い……五機を一方的になで斬りですよ……でも彼女、ずいぶん感情的みたい。味方と連携ができるでしょうか」


「空のアーリーを分かることのできるものなど、おらんよ。今はな」とキーフォルス。


 基地モニター上のアーリアルが、帰投の準備を始める。


「それにしても俺は、アーリーをどう出迎えていいか分からんな」


 嘆息するキーフォルスの横で、ヒーシャは、ただ首を傾げていた。



 戦闘の後、シャワーを基地で借りたアーリアルが、更衣室替わりの会議室で髪をタオルで叩いている最中に、キーフォルスは再びヒーシャを伴ってやってきた。


 ヒーシャは、木製のトレイにコーヒーとサンドイッチを載せている。


「アーリー、このサンドイッチのバゲットは柔らかいぞ。戦闘の後でも食べられる。浮遊エンジンが開発される前は、Gの後遺症で飲食どころではなかったろうがな」


 二人と一人は、コの字型に並べられたテーブルに適当について向き合った。


「着替えは終わっているな。ご苦労だった。さすがだ」


「どういたしまして」


「もっと、躊躇するかと思っていたよ」


「充分したよ。心の中ではもっとした。でも、ずっと考えてたことだから」


 アーリアルがコーヒーを舐めた。顔をしかめて、ミルクを注ぐ。


「考えていた? 何をだ?」


「私が軍から逃げて、そうすれば戦争とは私は縁遠くなって、いつか気がつけば終わってると思ってた。でも逆だ。戦線はどんどん拡大して、平和になんて全然ならない。戦争をやめたがってる人が、戦争をやめられる立場の人の中に少なすぎるんだ。どうせやめられないなら、もしかしたら、私が最前線に出続けて敵を撃ち落としまくっていれば――」


 ヒーシャは、もう少しで声を上げるところだった。アーリアルが、泣いている。


「――撃ち落としまくっていれば、殺されずに済んだ人が沢山いたかもしれない。それは前も同じだった。同じ答ばかりが出てくる。でもあの時は、どうしても嫌だった。それでも殺すべきだったのか、敵が全滅するまで。でもあいつは……」


「アーリー、私の聞き方がまずかった。すまない。そんな風には考えないことだ。君には、恨んでいる人間より、助けられた人間の方がずっと多い。今日のこの基地のようにな」


「……相変わらずね。あなただけですよ、私に謝ろうなんて人……フ、大きななりして……フフ、変な人……」


 肩を揺らして喉の奥で笑うアーリアルに、ヒーシャはつい身震いする。


「アーリー、率直に言うぞ。サントクレセイダの第四空軍に入れ。私が指揮する、常に最前線となる部隊だ。君に来て欲しい」


「そんな口説き方って、正気ですか」


「今のエース級機体レグルスに最も適した人材は君だ。他の誰でも、君ほどには乗りこなせまい」


「おだててるんだ、都合よく……」


「どうとでもとってくれ。もちろん色良い返事が欲しいがね。そしてこれももちろんだが、食事の後で構わんからな。ヒーシャも食べなさい」


「は、はいっ」


「アーリー、先に言っておく。このヒーシャは、君が戻ってきた際には、君を含む前線パイロットの世話係を任せるつもりでいる。気立てのいい子だ、君の妨げにはなるまい」


「……別にその子は、嫌じゃないよ。最初、怖い思いさせて、ごめんね。ただ、いきなりだと、どうもだめだったんだ」


 ヒーシャは、慌てて「そんなことありません」と頭を下げた。


 そこでようやく三人とも、バゲットを手に取り、同時にかぶりついた。


「どうだ、基地の中の食事にしては、いけるだろう」


 キーフォルスがそう言うと、アーリアルは口を動かしながら下を向いた。


「アーリー?」


「アーリアルさん?」


「このサンドイッチ……」


「うむ? なんだ?」


「塩ベーコンと、玉子が入っている……」


「あれ、君の好物ではなかったか?」


「フフフ……ベーコンと、玉子が……それにコーヒー……フフ……」


 ヒーシャが思わず、腰を引いた。


 だが、キーフォルスはまるで動じない。ただアーリアルを見守っている。


「私、誰かの入れてくれたコーヒーを飲んでる……レグルスに乗ってる時だけじゃない、逃げた時もマリィが入れてくれた……今は大尉が……」


「よく分かったな、アーリー。私がこれを入れたと」


 キーフォルスは、ひょいと自分の袖口を見た。コーヒーの飛沫が僅かに飛んでいる。今ほど、手ずからドリップした時のものだ。これを見つけたのだろうアーリアルに、神経が高ぶっているだろうによく見ている、と感心する。


 アーリアルが顔を上げた。


「戦うよ。戦う。恨みもあるし、希望もあるんだ。地上には何もなかった。私が決めるんだ。空を飛んで、希望を……」


「……アーリー。いいのだな」


「マリィのいる場所を、マリィに近しい人たちを、助けるために戦う。私にはもう、残されたものが少なくなりすぎたんです。それを守るために戦う……」


「薬は、使わずにだな」


「使わない。私以外の誰が使っても、私だけは」


 キーフォルスは何かを言おうとして、口をつぐんだ。


 ヒーシャは、かつて軍のライブラリで見た、アーリアルの戦績を思い浮かべていた。


 若干十五歳にして戦場に立ち、一年ほどの間に、この天才はいくつもの戦場に出て、誰よりも手柄を挙げていた。


 ヒーシャはそれを、記録と数字でしか知らない。マルチマイル突破戦。カフィニッシュ空戦。ガーナ基地の奪取。


 その後、中央戦線のメラ・メダ防衛戦を経て、以降は大陸中央最大の激戦区へ。天魔の死闘と呼ばれた、空前の規模の二国総力戦もあった。


 そしてアーリアルのキャリアが一度断絶した最後の戦い、一年前のワーズワース決戦。


 これから、正式な軍への復帰にあたり、アーリアルの身支度には少し時間がいるだろう。その間に、もっと詳しく、彼女の記録を調べてみよう。そう心づもりして、ヒーシャはコーヒーを飲んだ。


 湯気の向こうでは、ついさっき敵を一方的に五機屠った二つ歳上のパイロットが、子供のように両手でコーヒーカップを包んでいた。


 その唇が、誰かの名前を呼ぶように小さく動いて見えた。


 それから、アーリアルは、自身が乗ったレグルスの格納庫の方を見て、今度はヒーシャにも聞こえる声で言う。


「戻ってきてしまったよ。私の天魔レヴィヤタン

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