第48話 エピローグ ――真島探偵事務所 その10――
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高元邸の事件から三日が経過した。
真島探偵事務所には気だるい空気が流れていた。
真島はいつも通りソファーの上でだらしなく横になったままテレビを眺め、檜山は事務机で背中を丸めていた。琴美はそんな男どもには目もくれず、コーヒーを飲みながら持ってきたファッション雑誌をめくっていた。
ちょっと気が抜けすぎているが、それもいたしかたあるまい。昨日までは事情聴取やら現場検証の立会いやらで、さんざん引っ張りまわされたのだ。
真島はようやく起きあがるとテーブルの上で湯気を立ち上らせているコーヒーに口をつけた。ついさっき深雪が持ってきてくれたものだ。
引き立てのコーヒーと深雪に感謝する。
と――、ドカリドカリという足音が戸口で聞こえた。
「真島ァ、いるかあ」
だみ声と扉を叩き壊すようなノックのあとに顔を出したのは新堂だった。
「お、なんだ。お揃いか」
部屋を見まわした新堂は、落ちてたぞ、と言って一枚のプレートをテーブルの上に放り投げた。
真島探偵事務所――よくよくかわいそうなプレートである。
真島が声をかける。
「お手柄だったじゃねえか、新堂。菓子折りでも持ってきたか」
「俺は無駄金は使わねえんだよ」
「公務員はギャラ安いからなあ。そろそろ転職する気にでもなったか」
「バカ抜かせ、俺はこの仕事に命かけてんだ。お前と一緒にすんな」
「いまどき刑事魂は流行んねえぜ」
「余計なお世話だ」
事務所の中にいつもの雰囲気が戻ってきた。
新堂は、真島たちと絡んだ事件が解決したあとには必ず事務所に顔を出す。彼なりに礼を言いに来ているのだが、そのくせまともにありがとう、と言った試しはない。だいたいが減らず口を叩き合って終わりである。
二人にとってはそれで十分だった。この二人は本人たちが思っているよりも仲がいいのだ。
そんな二人を見て琴美がくすりと笑う。
「なに笑ってんだよ、琴美。お前もあんまり悪さするんじゃねえぞ。あんまりひどいようだったら逮捕するからな」
照れ隠しに新堂が吠えた。
「あらぁ、それはあたしに対する恐喝?」
「温情だよ」
琴美は優しいじゃん、と言ってまた笑った。
それから新堂は事件の経緯を簡単に語った。
末充たちは全員逮捕。タカモトコーポレーションは外部から梃入れされて、まっとうな輸入業者になるらしい。娘の恵理子は精神衰弱のためしばらく入院生活を送り、保護観察処分になるだろうと言うことだった。
「あの侍たちはどうしたんだ」
新堂が逆に訊いた。
八波と川中島は住む家を探すため出掛けていた。真島はこのままいてもらっても一行に構わなかったが、主従ともども居候では何かと困るのであろう。
「おい、真島。檜山、どうしたんだ」
話の輪に加わらず、机に突っ伏したままの檜山を見て、新堂が訊いた。
「拗ねてるのよ」
琴美が答えた。
なるほど、今回の事件の展開を考えれば妥当な態度かもしれない。
むくりと起きあがった檜山は恨めしそうな目を真島に向けた。
「計画立てて、乗りこんで、高元追いつめたと思ったらいつの間にか追いつめられてて……おいしいところは真島さんが持ってっちゃって……これじゃ僕って……」
「ピエロだなあ」
真島がとどめを刺した。
「ははははは。檜山、気にすることはねえ。相手が真島じゃしょうがねえ」
「そうだぞ、檜山。俺より目立つのは三十年早い」
「
「バカだなあ。そのために一生懸命飛びまわってセッティングしてたんだよ。見せ場がないなら
自分でつくる。覚えとけ」
あきれた顔で新堂がつぶやいた。
「小ざかしいことばっかりしやがって」
「仕事熱心と言ってくれ」
「ケッ、口でお前に勝とうと思っちゃいねえよ」
立ちあがった新堂に琴美が訊く。
「もう帰るの?」
「お前らみたいに暇じゃねえんだよ」
じゃあな、といい残し新堂は帰っていった。
いつまで経っても不器用な男ねえ――。
琴美はかすかに湯気を立たせているコーヒーカップを持ち上げた。
今回はいろいろあったが、恵理子があの状態とはいえ約束の金は振り込まれたし、琴美は宝を手に入れた。八波たちは石こそ見つけられなかったが、高元の持っていた石の真偽は確かめられた。新堂も手柄を立てられたし、真島もデミ・ハーツを破壊、と概ね丸く収まったようである。
ぼんやりとニュースチャンネルを見ていた真島が
「おっ」
と、声をあげた。
画面には高速道路を猛スピードで逃げる車の空撮映像が流れている。
真島はコーヒーを飲みながら楽しなげな表情を浮かべて言った。
「誰かこいつに賞金かけねえかなあ」
――了――
ドロップアウト・ランナーズ 〜賞金稼ぎ 檜山進一郎の不本意な日常〜 武城 統悟 @togo_takeshiro
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