第33話 彷徨うサムライ その2
16
檜山は高元邸のそばを歩いていた。
両手には百貨店の大きな紙袋をぶら下げている。袋からは包装紙に包まれた箱が顔をのぞかせている。
昨日、檜山は恵理子に仕事の依頼を受ける旨を伝えた。
恵理子の対応は早かった。その日のうちに事務所のPC端末に屋敷の見取り図などが送られてきた。庭の警備状況なども見て取れた。とても素人の屋敷とは思えない厳重さであった。
琴美さんも善次郎さんもよくこんなところに忍び込んだもんだなあ……二人ともこの状況を分かってて忍び込んだのかなあ――。
善次郎はわからないが、琴美は間違いなく調べてはいないだろう。
――あたしがそんな面倒なことするはずないじゃない。
そんな声が聞こえてきそうだった。
はじめて真島の事務所で琴美に会ったとき聞いたことがある。
「――遺跡の中を歩くときなんかどうするんですか。地図とかないんでしょ? 迷っちゃうじゃないですか。歩き方とか何か特別な方法みたいなことがあるんですか」
「ないわよ」
「じゃあどうやって……」
「勘ね。女の勘」
残念ながら檜山に女の勘の持ち合わせはない。
今日は無理だが、屋敷の中は来週になったら調べることができるのだ。
恵理子が体調を崩して医者を呼ぶ、その医者に檜山が化けて屋敷内に入るという算段だ。
今はできることをやるしかない。
そこで檜山は実際に高元の屋敷を見ておこうとやってきたのだった。
前に来たときは夜だった。善次郎とあの黒マントに出会った晩だ。
たしかあのあたりで善さんと会ったんだよなあ――。
「――ん?」
人がいた。散歩の途中だろうか、犬を連れている。
ただ、それにしては妙だった。
着物に袴と最近では珍しい出で立ちの青年はしゃがみこんで連れている犬に何やら話しかけている。
真剣な気配が漂っていて、近づいていく檜山にも気がつかない様子だった。
「間違いないか、菊麻呂。よし、後を追うのだ! ぬかるなよ」
菊麻呂と呼ばれた柴犬は元気よくわん、と一声吠えると駆け出した。が、何メートルか進むとすぐに止まって、頭を垂れ、地面の臭いを嗅いでいる。
「おい、どうしたのだ、菊麻呂。そなただけが頼りなのだ! 善次郎に会えなければ今日も野宿なのだぞ。ここで見失ったら腹を切るぐらいの覚悟で探すのだ!」
励ましているのか脅しているのかわからないような口調だった。菊麻呂も必死のようだが、臭いはそこで消えているらしく、なかなか動けない。
檜山が声をかけたのはそんなときだった。
「あの……」
振り向いた顔は思ったより幼なかった。まだ高校生ぐらいかもしれない。はっきりとした眉と大きな目が意思の強そうな印象を与える。長めの髪は紫の紐で結わえられている。
和服の青年は一瞬訝し気な表情を浮かべたが、すぐに穏やかな顔に戻って訊いた。
「何でござろうか」
年の割りにはずいぶん古めかしい言葉を使う。
「何……してるの?」
我ながら間の抜けた質問だと思う。しかし、檜山はそれ以外の質問が思いつかなかった。
青年は
「御覧の通り人探しだ」
と輪をかけて間の抜けた答えをはきはきと返した。御覧の通りと言われても、端から見ればどう見てもただの散歩である。仮に本当に人を探しているとして、この広い帝都で犬を頼りに人探しなど、とても正気とは思えない。
青年は大真面目な顔で檜山を見る。
「何か問題でも?」
ありすぎて何から言っていいかわからない。なぜか檜山の方が狼狽えながら答えた。
「いえ、そういうわけじゃないんだけど……で、その探してる人は……」
「見つからぬ」
青年はきっぱりと言った。
「見つからぬからこうして探してる。難儀なことだ」
それはそうだろう。
すると険しい表情をしていた青年の顔がぱっと輝いた。
嫌な予感がする。そして、嫌な予感は当るようになっている。
「おお、そうだ! ここであったのも何かの縁。そなたも暇なら手伝ってはもらえぬか!」
「えぇ? 僕も?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます